異世界領都誕生編 第6話 少女たちの命名
異世界に来てから二週間が経過した。
今日も俺は村まで来て、子供たちの勉強を見ている。
この二週間は何も問題が起きず、順調に過ぎていった。
強いていえば、生活の基盤を整えるのに苦労したくらいか。足りない物を日本で買ってきて、異世界に持ってくる。いわば調達か。この作業に一番手間取った。
まぁ初期費用は大分掛かったけど仕方ない。ゼロから始められる環境では無かったからな。この二週間は本当に大変だったと実感する。
まず最初に子供たちに教え込んだのは、時間の概念だ。
田舎の農村のような環境だけに、時間の概念も曖昧。朝と夜だけの感覚でいたようなので、昼を明確にさせるところからスタートした。
時計を渡して時間の概念を説明する。
数字はまだ分からないので、アナログ式の置時計をプレゼントした。
長針と短針の図表を作ってやったら、一週間もすれば何となくだが理解できたようだ。
これによって食料の保存期間も、俺がこの村に来るスケジュールも子供たちに伝わるようになった。今ではすっかり子供たちも時計が手放せないようだ。
一日の時間が分かれば、今度は日付だ。
これは日本のカレンダーを持ってきて対応した。カレンダーなら会社に腐るほどあるからな。なので異世界でも西暦基準。日付は今日と同じく4月27日にしておいた。
おそらくちゃんとした日付は異世界にもあるんだろうが、どうせ村には俺たち以外誰も居ないんだ。日本時間に統一しても問題無い。異世界の月暦なんて使う機会も無いので忘れてもらうとしよう。
あとの余った時間は、日本語教育に全振りした。
発音を教えたり、絵カードを使って語彙力を高めたりと、空いている時間は全て日本語の勉強に費やした。勉強に近道は無し。それはもう必死に教え込んだ。
息抜き用に図書館に行って童話本を借りたりもした。
それを子供たちに見せてやると、大変面白かったらしく喜ばれた。
どちらかと言えば、初めて見る文化や娯楽に興味津々と言ったところか。勉強を無理強いさせたく無いし、こういうのがあると興味を持ってくれたら、やる気にもつながる。ある程度覚えたら、今度は子供向けの漫画でも買ってこようかな。
こうやって段々と『エサ』を与えることによって、俺が居ない間も日本語の勉強をさせることに成功した。
それと日本語教材も安く手に入ったので、覚えが早い子から順に見せてやった。中古ショップ様々だな。
最近の日本語教材はDVDが付属している場合が多い。なので再生用としてDVDプレイヤーも複数買っておいた。内蔵バッテリー付きだし、モバイルバッテリーで充電すれば丸一日動画が見られる。俺が居ない間でも勉強が出来るって寸法だ。
息抜き用として百円ショップで童話DVDを買っておく。
習熟度に合わせて使い分けてくれるだろう。
あとは暗くなった夜にも勉強する子がいたので、LEDランタンも買っておいた。天井から吊るしてスイッチで点灯するタイプ。バッテリーと併用すれば半日は持つので、夜でも教科書が読める。
あまり遅くまで勉強して欲しくはないが、こればかりはな。
出来るだけやる気は削ぎたくないし放置しておいた。
ただ充電が切れたモバイルバッテリーを持ち帰るのが、結構手間だったりする。動画を見たり勉強を頑張るほど、モバイルバッテリーの消耗が激しいのだ。おかげで村のあちこちでモバイルバッテリーを見かけるようになった。
これ以上需要が伸びると充電が追いつかなくなる。なのでゆくゆくはこの村に電力施設でも作りたい。ソーラー発電とか風力発電とか。
現代科学において電力は不可欠だ。何とかしたいと思っているが、まだまだ先の事だな。気が早いし、今は生活基盤を整えるのを優先しよう。
住む環境もある。食事も問題ないときたら、あとは衣服か。
衣服はオークションで、フリーサイズの服を大量に購入しておいた。
傷んだ服をずっと子供たちが着ていたので、何とかしてあげたかったのだ。
幸いオークションサイトで、投げ売り同然で売ってる服があった。俗に言う一円スタートだ。安いと思ってついつい多めに落札してしまったが後悔はしていない。
どうせ売る方も引っ越しやら環境の変化で着られなくなったものだ。
何より子供服を買うために男が一人、店舗まで行くのもな。気恥ずかしいし、やっぱり服はネットで買うに限る。
余るくらいがちょうど良いかと思って段ボールに詰めて、子供たちにプレゼントしてやった。
子供と言っても、まだ十代のうら若き少女だ。
おしゃれをしたい年頃だろうし、取り合いでも起きるかな?
そう思ったんだが、争いなどは起きず、着る服を話し合って決めていた。
衣服は既にあるし、そこまで必要でも無いようだ。
正直着られれば何でも良いんだろう。まぁ無地の服が多いし、適当に買ったので冬服も混ざっている。状況を見て判断して欲しいところだ。異世界に四季があるのか知らないけどな。
「マコト、ごはん、ある?」
時刻は午後五時を回った所で、赤髪の少女が話しかけてきた。
それぞれの勉強を見ていたら、もうこんな時間か。
考えごとをしたせいで、すっかり食事の準備を忘れていた。急いで作ってやるとするか。
「ああ、ちょっと待ってろよ。材料は切って用意してあるからな」
俺は立ち上がると同時に、軽く背伸びをした。
流石に薄暗くなってきたので、屋根にぶら下がったランタンを灯す。
子供たちが集まったこの広場には、公園にあるような屋根付きのテーブルとベンチがある。初日からずっとここで食事をとっているが、空気が綺麗で心が落ち着く。勉強するにもってこいの施設だ。今日の夕食もここでするか。
今日の献立は、鶏肉が入った味噌鍋だ。
市販で売っている味噌スープに、野菜や鶏肉を入れるだけの簡単な鍋料理。食べ終わった後にうどんを混ぜると腹も膨れるという優れもの。
……エンゲル係数を考えたらこんな物しか作れないんだよな。うどんは本当に庶民の味方だ。
カセットコンロの上に鍋を置いて、みんなで箸をつつきながら食べる。
ある程度食が進んだところで、以前から考えていたことを切り出した。
「食事中だけど悪いな。今日はみんなの名前を決めたいと思う。な・ま・え。難しく考えなくていいぞ。呼び名だと思ってくれたら、それで良いからな」
そう言って、俺は持ってきたメモ用紙に文字を書き込んだ。
個人の名前が無いと、呼ぶ時に苦労する。なので暫定措置として名前だ。食事の途中だが、あらかじめ考えてきた名前をここで発表しようと思う。
時間を割いて命名することも考えたが、畏まられるのはあまり好きじゃない。村に来た時に発表すると勉強に身が入らなくなるし、食事中に命名する方が子供たちにとっても気が楽になるはず。そう思ってこの時間にさせてもらった。
子供たちにも今までの名前は勿論ある。だがこっちの世界の名前はちょっと発音しづらい。頑張って呼ぼうとしたが俺にはちょっと限界があった。
だからあくまで俺と一緒にいる時、その時間だけでも日本語の名前で呼ばせてもらおう。まぁ愛称みたいなもんか。
そう思って考えてきた名前を順次発表していく。
まずは一番最初に出会った赤髪の少女だ。
良く隣に来るし、この子が一番俺に懐いているっぽく感じる。ちょっと天然な所もあるが、なんでも一生懸命に頑張るところをみて「マキナ」と名付けておいた。
次におっとりして幸が薄そうな水色髪の少女だ。しょぼくれて落ち込んでいるように見えるが、これが普通なんだとか。この子が一番日本語の習熟度が早いし、一人でずっと勉強することが多いので「ハルカ」と名付けておいた。
あとの三人は常に一緒にいる場合が多い。
髪色はそれぞれ違うが、顔は似ているので姉妹なんだろう。
常に無口で俺のことを見ているが、こちらが振り向くとぷいっと目を背ける黒髪の少女には「涼子」。
感情の起伏が激しく、童話を見ると感動して泣いたりする金髪の少女には「あゆ」。
おっとりして上品そうにしているが、実は一番日本語の習熟度が遅い桃色髪の少女には「ナナセ」と名付けておいた。
それぞれに名前を書いたメモ用紙を渡す。
各自受け取った紙を見ながら、もぐもぐと御飯を食べている。あまり深く考えてないようだ。少女にも親からつけてもらった名前があるから、日本語の名前なんてこの程度の認識で良い。
やはり食事中に話して正解だったようだ。
互いに少女たちが名前で呼びあっていると、一人だけハルカと話していたあゆが「私、魚、違う」とぷくーと怒りだした。
べつに魚からとったわけじゃない。強いて言えばゲームのキャラクターからとったんだけど、分かるわけもないか。
ハルカに名前の由来を教えてもらったんだろうが、まさかもう魚の名前まで覚えているとはな。覚えるスピードが早いのは嬉しいが、あまり根を詰めてやるのもな。
今はそれ以外にやることが無いのも原因だろうが。
「魚からとったんじゃないぞ。それぞれに深い意味は無いから気にするな」
説明するのも面倒なので、笑って誤魔化す。
ハルカの方を見ると、慌ててあゆに弁明しているように見えた。どうやら間違ってあゆに教えてしまったことを恥じているようだ。日本語って、単語ひとつで複数意味があるから難しいんだよな。俺も思わず声に出して笑ってしまった。
これからどんな風に少女たちが育っていくのか楽しみだ。名付け親しか出来そうにもないが、それでも『親』としてちゃんと見守ってやらないとな。
そうして赤面したハルカを見ていると、ふと急に……何かを思い出したような顔をした。そう言えばと思わず言いそうな表情。ハルカが首を傾げながら俺に向かって話しかけてくる。
「朝、あきない、会った……。あきない、会う?」
「あきない? 朝? なんだそれは。まぁハルカが国語辞典で、ア行から覚えたのは伝わってきたけどな」
ハルカが必死に何かを伝えようとしているが、思うように単語が思いつかないのだろう。こちらでもある程度推測するが、商いとすると……商売。物売り、うーん行商人か?
身振り手振りで右から左に運ぶような仕草をすると、ハルカがうんうんと頷いた。
「なるほど。俺が居ない間に、この村に行商人が来たのか。出来れば会って話したかったけど、俺では上手く伝わらないだろうな」
どうやら朝に行商人が来たらしい。
前日の仕事が夜勤だったので、今日は昼から村に来たのが悔やまれる。少し残念がっているとハルカが机の端に置いてあるDVDプレイヤーを持ってきた 。
「行商人、これ、欲しい。また今度、会う?」
「また近いうちに来るのか? いつ来るのか分からないし、どうするかな」
おそらく動画が見られるDVDプレイヤーが欲しいのだろう。
そりゃ異世界からしたら珍しいからな。
そんなに高いもんじゃないし、百均のDVDとセットなら売ってしまっても別に構わない。どうするかな。こっちの通貨も知りたいし、一つくらいなら売ってもいい。けど、面倒事に巻き込まれそうな感じもするんだよな。
まぁ今更隠しても遅いか。行商人にはもう出処が伝わっているだろう。それなら試しに売っちゃおうかな。
「あげるわけにはいかないが、一つくらいなら別に売っても構わないぞ。ただし、お金と交換な。お・か・ね。分かるか? 値段は相手に任せるよ」
こちらの相場なんて分からないし、初めての取引だ。
相手に値段を任せてみるのも有りだろう。
不当に安かったらもう売らないが、こんな辺鄙なところに来るような行商人だ。
真っ当な性格をしているはずと予想する。
「分かったー! お金ー、頑張るー」
隣に居るマキナが、勢いよく挙手をして答える。いやいや違うぞ。
マキナじゃなくてハルカに任せたんだからな? マキナだと微妙に伝わらないような気もするから、出来ればハルカに任せたい。ただやる気になっている子に、面と向かって違うと言うのもな。まぁ他の子も居るんだし、任せておくか。
ああ、それと行商人にソーラーチャージが出来るモバイルバッテリーを渡すように伝えておこう。これなら移動中にも動画が見られるはずだ。
あとは日本に帰ったら、またDVDプレイヤーを注文しておくか。予備に何個か置いておこう。
「はぁ……、貯金がみるみる減っていく。こうなったら行商人に期待するしかないな」
そう言って溜息を吐きつつも、マキナの頭を撫でておく。
楽しく会話する少女たちを眺めていたら、いつの間にか日が沈もうとしていた。
もう帰る時間か。そろそろ帰宅の準備をしないとな。
そうして食事会を終えて、いつものように見送られながらこの村をあとにしたのだった。
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