第二章 現実世界企業連合創立編 第41話 騒動後


「信じられない! 信じられない!」


 タクシーの車内にて西園寺が声を上げる。

 帰り道の高速道路にて。時刻は夕方をすぎ、メーターを回して絶賛帰宅中の俺たちだったが、西園寺がこの通り、ご立腹状態だ。

 もうこれで叫ぶの何度目だよ。


「だーかーら。俺が悪かったって言ってるじゃないか」


「悪かったじゃないわよ。なんで見ず知らずの子に魔法をみせるわけ? もう本当に信じられない!」


 西園寺が後ろから、ずっと声を張り上げてくる。

 同じように西園寺にも魔法を見せたような気がするが、覚えてないのだろうか?

 それを言うと、また話がループしてしまいそうなので黙っておくが。

 子供に夢を持たせるのは大人の役目だろうに。

 なんで西園寺も、それを分かってくれないかな。



 二乃が勝手に結婚宣言をしたあと。

 商談どころの話では無くなったのは言うまでもない。

 何故、二乃の部屋まであがったのか。何をしていたのかを、二乃の祖父母からトコトン追求された。

 そりゃ他人が、勝手に人ん家まで上がり込んだら誰だって糾弾するだろう。

 二乃のやつめ。どこが誰でもウェルカムだよ。

 俺が説明するのにどれだけ苦労したか。


 祖父母の方も「もちろん責任を取るんだろうな?」とか「まさか生きてるうちに、曾孫の顔まで見れるとは」とか言ってくるので、誤解を解くのに大変だった。


 いやいや、手なんて出してませんからね? むしろお宅のお孫さんに拉致られた方なんですよと言いたかったが、そんなことを言えるはずもなく。

 二乃との遊びに付き合ってあげたら懐かれたと釈明するしか無かった。

 隣で西園寺が必死になって弁明してくれたので助かったが。

 その西園寺だが、後ろで何か喚いている。


「とにかく! 私は絶対に、二乃ちゃんとの結婚には反対だからね!」


「分かったって。じゃあもう俺はこっちの世界では結婚しないから。それでいいだろ?」


「どうしてそうなるのよ! 結婚は大事よ? 相手なら居るじゃないの。結婚しなさいよ、馬鹿!」


「どっちなんだよ……」


 もう面倒なんで、空返事で放っておこう。

 西園寺は夕食の時に、お酒を御馳走になっていたからな。

 酔いが回ってきたのもあるんだろう。


 話が脱線したが、何の話だったかな……。

 ああ、二乃との結婚の話だったか。


 まぁ牧場オーナーでもある二乃の祖父母も、ある程度は二乃の性格を理解しているのだろう。ちょっと面白がっている風潮があったからな。

 じゃないと普通なら警察沙汰になっていてもおかしくはなかった。


 二乃の方はというと、どうしても俺との繋がりを持ちたかったらしく、最後まで結婚について食い下がることは無かったが。

 でもなぁ……、こういうのはお互いの気持ちというか、俺には全くその気がないからな。二乃としては不服そうだったが、まだ結婚出来る年齢でも無い。それにどうせ魔法を見せたことによる一時的な気の迷いだろう。

 また数年後に気が変わらなかったらということで、とりあえずは話を収めておいた。それよりも商談の話だったか。



 その後にM&Aの話をしたんだが、これがトントン拍子に話が進んだ。


 具体的には、二乃が成人するまで牧場を連結子会社にして、最終的には親会社の夕華コーポレーションの株券を二乃に割り振る。それまでは共同出資という形で決着した。

 ただし、家畜を購入する際の費用は、別途夕華コーポレーションで受け持つことにする。そうしないとずっと赤字になってしまうからな……。


 世間は物価高だ。飼料代や光熱費が上がって経営が苦しいのもあるんだろう。

 そこら辺も加味して、こちらが使った分の牧場使用料も毎月支払うことにした。

 西園寺としては、異世界に輸送するための倉庫として使用したいんだそうだ。


 そこまで資金提供をする必要があるのかと思ったが、西園寺曰く、会社が倒産するのが一番怖いんだそうだ。免許の問題があるので、なんとしても黒字にもっていきたいんだとか。

 まぁこんな立地条件が良い場所は、他には無いだろうからな。


 ただ、契約書には余計な条件も一つ加えられた。

 それは二乃との関係だ――。


 最終的に二乃を五年間、俺が責任を持って面倒を見てやることを条件に、商談は成立となった。これだけはどうしても二乃が譲ってくれなかった。

 俺も毎日面倒を見るのは無理だと答えたんだが、それなら休日だけでも会ってやってくれと言われたので根負けした形だ。

 

 合意した時に、祖父母と二乃がサムズアップしていたのが強く印象に残っている。

 二乃のやつめ。随分と家族仲が良いじゃねぇか。

 俺の心配を返しやがれ……って後ろが、うるさいな。


 西園寺がまだブツブツと文句を言ってくるが、どうやら余程腹に据えかねているらしい。俺が悪いのは分かったから、そんなに態度に出さなくたっていいじゃないか。

 頼むから防犯ボードを叩かないでくれよ? 高速中なんだからさ。

 

「まぁ、結果オーライだったから良いじゃないか。M&Aだって上手くいったんだろ?」


「……私だけでは無理だったわよ。なんとか話だけでもと思って伺ったけど、オーナーの方が素っ気なかったもの」


「あぁ……。まぁ多分あれだ。押しが強すぎて引かれたのもあるんだろうよ。あの年代ならセールスの相手なんて、百戦錬磨だろうし」


「どうかしらね。そうなら良いんだけど……。あーもうなんだか、自信無くしちゃったわ。あなたが美味しいところを全部持っていくんですもの!」


 怒気を孕んだ口調で、西園寺が返事をする。

 結局は全部、俺のせいかよ。

 俺が手柄を全部横取りしたから、不本意だと言いたいんだろう。


 まぁ西園寺には押しが強かったせいと言ったが、最終的には二乃に任せるような雰囲気があったからな。いずれにしても、この案件の鍵を握っていたのは二乃だったんだろう。

 あのまま西園寺だけに任せていたらポシャっていただろうな。

 

 かと言って俺だけでも、この案件は成立しなかった可能性も高い。西園寺が行きの運転中に、内容を上手く落とし込んでくれたからこそ、5W1Hの対応が出来た。

 質問や異議が出そうなところも、全て別紙で添付資料として押さえてあったし、素人の俺でもしっかりとした書類だと分かるくらいだ。


 情熱を持って牧場買収に取り組んでくれたからこそ、老夫婦も納得したんだろうさ。まぁ余計な一文は付け加えられたけどな。


 それにしても……、明日から休日どうしようかな。

 カエデ村の管理もあるし、二乃の世話だってある。

 両方こなしていくのはちょっと無理なような気もするぞ。

 どちらか一つくらい、西園寺が受け持ってくれれば良いんだが。


「西園寺もおじいちゃん子だから、二乃とは気が合うと思ったんだけどなー」


「どこがよ。気が合うわけないじゃないの。敵よ、敵!」


「また、すぐそうやって言うんだから……」


 現に今だってNAINで、二乃とやり取りしてるじゃねぇか。

 後ろでピコピコと音が鳴っているので、西園寺が何をやっているのかは運転中でも想像がつく。全くもって素直じゃない奴め。

 最後に二乃と連絡先を交換しておいて良かったよ。


 しかし、ようやく異世界で俺がやってきた作業を分担してくれたというのに、ここにきて更に二乃の面倒まで増えるとは。

 明日の午前中には二乃とも会わないといけないし、村の子供たちの勉強も見なくちゃならない。二乃には確実に魔法のことについて聞かれるだろうな。

 また来るからと言って今日は誤魔化せたが、明日はどうなるか。

 はぁ……。前途多難だな。村長なんか引き受けるんじゃなかったか。

 そうして俺が思惟に浸っていると、後ろから「ねぇ、ねぇ」と声がする。


「話は変わるけど……、明日はカエデ姉の村に行くのよね? それなら行く前に、少し私の家まで寄ってってくれない? 渡したい物があるのよ」


「それは別に良いんだが……、西園寺は行かないのか?」


 西園寺も海外から帰ってきたばかりだし、一週間ぶりに連れて行ってやろうと思ったのに。


「私は手続きとかで忙しくて行けないのよ。本契約書だって作らないといけないし」


「ああ、そうなのか。参ったな……。一人で全部、こなせるかな」


「あなたが撒いた種なんだから、あなたが責任取りなさいな。それにそれだけ悩むのなら、私じゃなくて二乃ちゃんを連れてってやれば良いじゃないの」


「二乃かぁ……。早過ぎないか?」


「うちの社員になるんだから、早すぎることも無いわよ。それにもう一人の副社長にも挨拶をしておくべきでしょ?」


「もう一人の副社長って?」


「――カエデ姉のことよ」


 西園寺が語気を強めて言ってくる。ルームミラーで確認すると、したり顔で俺との視線を交わしてきた。


 ……ああ、そういうことか。要するにバトンタッチと言いたいんだろう。

 今まで散々怒られてきたのは、まさか前哨戦に過ぎなかったとは。

 俺はこの時ばかりは、二乃に魔法を見せたことを後悔するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る