第二章 現実世界企業連合創立編 第42話 三者三様


 そうして翌日。

 俺は早朝一番に西園寺の家まで行った。

 到着すると同時に、重たすぎる荷物を受け取る。


「じゃあ行ってくるよ。夜にはNINEで連絡する」


「ええ、行ってらっしゃい……」


 軽く別れの挨拶を済ましていざ出発しようとすると、西園寺の表情が浮かないことに気付いた。

 いつもならもっと口うるさいのに。

 さては昨日、酔って絡んできたのを思い出して恥ずかしがってるのか?

 しょうがない奴め。フォローぐらいしておいてやるか。


「別に大丈夫だぞ? 昨日のことは全然これっぽっちも気にしてないからな。じゃあまた夜になー」


 去り際にそう伝えると、突如として背中をバシンと叩かれた。

 何事かと思って後ろを振り返ると、そこにはあっかんべーとしている西園寺の姿があった。


「あなたはいっつも、ひとこと余計なのよっ!」


 そう言って、西園寺が玄関の中へと入っていく。

 肩を振るう様子から、相当怒っているように見えるが……何だ、結構元気があるじゃないか。

 まぁ西園寺なりの気遣いなんだろう。多少手荒い気もするが、気合いを入れてくれたと思うようにしよう。



 次に向かったのが二乃の家だ。

 二回目なので迷うことなくスイスイと来ることが出来た。高速道路の出口に近いおかげもあってか、道も覚えやすい。

 これなら異世界に行くためのちょっとした休憩スポットになりそうだな。


 時間通りに着いたので呼び鈴を鳴らすと、オーナーが家から出迎えてくれた。

 軽くリビングで老夫婦のオーナーと話し合う。


 どうやら二乃が働いていたところは、スタッフを新しく雇って補うようだ。だから安心して孫とデートしてこいと言われた。 

 いやいや。今日は一応、社会見学という事で連れていくんだが……まぁいいか。イチイチ異世界に連れていきますと言う必要もない。

 時間通りにお返ししますと言って、二乃が二階から降りてくるのを待った。

 

 そうして待つこと数分。

 二乃が二階から降りてきた。だが、俺は二乃の服装を見て驚いた。まさか昨日と同じゴスロリ服で出てくるとは。

 そういや服装を指定してなかったか。しまったな。これから異世界に行くと言うのに。


「おいおい、その服装で出掛けようっていうのか?」


「ん。今日は余所行きの服……どう?」


「悪いが、昨日と同じ服にしか見えんぞ」


「……むー」


 二乃がむくれっ面で俺を睨んでくる。

 あいにくと服のセンスは分からんからな。

 まぁ服装なんて何でも良い。牛の世話をする時も着ていたくらいだ。本人としては動きやすい服なんだろう。気にしないでおくか。

 そうして俺は二乃を連れて牧場を出て、異世界にあるカエデの村へと出かけることにした。


 


『して、その童女は誰なのじゃ?』


 村に着くと、カエデが仁王立ちで俺たちを出迎えてくれた。子供たちも御丁寧に、後ろに並ばせている。 

 恐らく村の結界で、知らない人が来たと気づいたのだろう。威圧感ありありで俺たちに鋭い剣幕を見せつけてくる。御苦労なこった。

 まぁ事前に連絡しなかった俺も悪いんだけど。


「ここが秘密結社……」


 二乃の方も、俺の隣でキョロキョロと周りを見て呟いている。

 いや、どっからどう見ても村にしか見えないだろ。初対面でいきなりエルフを見ても動じないとは。のんきなのか、大物なのか。

 あまりカエデを待たせるのも悪いし、俺が介してやるか。


「ほら。こういう時は、挨拶が先だろ?」


「……ん。一ノ瀬二乃。宜しく」


 カエデに向かって、ピースをする二乃。

 今風なのだろう。目元と口元にダブルピースをしている。それも決め顔で。

 ……こいつはのんきなんてもんじゃないな。将来大物になるのかもしれない。

 二乃の家からここまでは比較的近い。まだ平和ボケが抜け切って無いようにも見える。ここに来るまで何度も強く言ったんだが。

 

 カエデがピクピクと眉間に皺を寄せているが、果てさてどうするか。

 結構カエデは、礼儀を重んじる性格だからな……ってそうだ。


「ああ。そういえば西園寺に、カエデに会ったらすぐにでも、一言謝っておいてくれと頼まれたんだった」


『ふむ、どういうことじゃ? 夕華嬢はなんと言ったのかえ?』

 

「いや、なんていうか……ゴメンなさいだってさ。また今度、村に来た時に説明するとは言ってたけど、なんかあったのか?」


『……なるほどのぅ。今ので大体は察したわ。夕華嬢には委細承知したと伝えておいてくれんかの』


「ああ。分かった。けど……あんまり喧嘩するなよ?」


『おぬしが心配せんでも、仲良うやっとるわ。はぁ……まぁ良い。それよりもじゃ、二乃嬢と言ったかえ?』


 俺との会話も終わり、カエデが視線を向けると、すかさず二乃も反応した。


「これ……つまらない物」


『……なんじゃ、この箱は?』


「老舗和菓子屋の栗ヨウカンだってさ。甘くて美味しいと評判だから、カエデも多分気に入ると思うぞ。朝から並んで、カエデの為に買ってきたんだとさ」


『なっ! 栗ヨウカンとな?!』


 カエデが箱を受け取ると、すぐさま包装紙を破いて解く。そしておもむろに中から一つを取り出して、口に頬張った。

 途端にカエデが恍惚な表情を浮かべる。


『なんという美味じゃ……。これが夢にまで見た和菓子なのかえ……』


 ウットリとした顔つきで頬に手をあてるカエデ。

 どうやら和菓子を相当気に入ってくれたようだ。その表情を見て、二乃も黒い笑みを見せる。

 ……多分、西園寺の入れ知恵なんだろうな。

 自己紹介で手土産を使って好印象を持たせる。

 古くからある手法だが、効果はテキメンだったようだ。

 まったく、汚い大人にならなきゃいいが。

 

 子供たちも羨ましそうに、カエデが食べる様子を眺めていると、すぐさま二乃が駆け寄っていった。

 効果があると分かったんだろう。先ほどと同じ様に、つまらない物だと言って手渡しているが……あーあ、よりによってマキナに手土産を渡しやがった。その判断は悪手だぞ。


「……一ノ瀬二乃。宜しく」


「イチノセ……ニモ?」


「……二乃は魚じゃない。二乃は二乃」


「イチノセ……ピノ?」


「……二乃はアイスでも無いし、盗塁も上手くない。二乃は二乃」


 マキナが首を傾げているのを見て、二乃が必死に答えている。訂正すればするほど、深みにハマっていくんだよなマキナの場合。

 最終的に『ニーノーっ!』と呼ばれて抱きつかれているが。二乃も諦めたらしく、ぐったりとなすがままにされている。

 カエデもその様子を、モグモグと栗ヨウカンを食べながら見て、苦笑を浮かべている。


「それにしても……、また変わった者を連れてきたのぅ。わらわの気迫に耐えおるとは、よっぽど図太い性格をしておるわ」


「二乃のことか? まだ年端もいかない少女だからな。あれでも本人としては真面目にやってるつもりなんだ。許してやってくれ」


 俺も遠巻きに眺めながら返事をする。 

 あーあ。二乃が子供たちに連れていかれてしまった。まぁいいや。二乃のことは子供たちに任せよう。


「危ないから、村から絶対に離れるなよー!」


 子供たちに聞こえるようにして大声を出す。

 「分かったー」という返事が木霊してきたので多分大丈夫だろう。


「……あれでいいんだよな?」


「良い良い。午後には狩りに出掛ける予定じゃったからな。話せんことには何も始まらんじゃろ」


 カエデが栗ヨウカンを食べ終わったのを見て、俺は空間魔法でペットボトルのお茶を出してやった。

 口が渇くだろうからな。カエデが受け取ったのを見て本題を切り出す。

 

「まぁ今更連れて来ておいてなんだが、その……俺に対して怒らないのか? 黙って二乃を連れてきたこととかさ」


「なんじゃ。怒ってほしいのかえ?」


「いや、そういうわけじゃ無いんだが……」


「安心せい。お主の決めたことに関しては、もう口出しはせぬ。それよりもじゃ。気づかんかえ?」


「……何がだ?」


「わらわが日本語を喋っておることにじゃ」


「お? 言われてみれば……」


 今までカエデとはいつも、異世界語と念話で会話をしていた。だが今に限っては日本語と念話で会話をしている。

 なんで日本語と日本語なんだよ。ダブルで被せられたらそりゃ気づかんわ。カエデの会話は念話をメインにして聞いてるんだからな。でもこれには心底驚いた。


「凄いじゃないか! こんな短時間で覚えるなんて」


「ふふふん。まぁの、まぁのう! わらわの知力は高いゆえの。ちっとも苦にならんかったわ。これで心置き無くアニメとやらを見られるというものじゃ」


 褒められて上機嫌なのか、カエデが鼻を高々と上げる。ああ、なんだ。アニメのおかげなのか。自分の趣味に没頭すれば覚えるのも早いよな。


 それと恐らくカエデの言う通り、知力が関係しているのもあるんだろう。カエデが定期的に『体育』と称して子供たちを狩りに連れて行ってやってるが、その度に子供たちの習熟速度が早くなってるような気がするのだ。

 地頭の良さもあるだろうが、レベルアップは賢さにも密接に関わってくる。それが日本語の習熟速度にも影響するんだろうな。


「それでも、まだまだ教える側には至っておらぬからな? 情報が圧倒的に不足しておるからのぅ」


「はいはい。また追加のアニメを持ってきますよっと。でもそれなら、二乃とも話してやればよかったのに。さっきは異世界語で話していただろ?」


「……お主は本当に、女心というものが分かっておらぬのぅ。別に誰とでも話せるからといって、日本語を覚えたわけでは無いぞえ?」


「分かってるって。アニメの為だろ?」


 カエデの問い掛けに、俺も瞬時で答えてやった。

 さっきも追加のDVDを催促されたくらいだ。どうせカエデの出資金から捻出するんだし、誰の懐も痛まない。それに教材用としても使えるのが分かったからな。

 そう思ってニコニコとカエデの方を見ると、違ったのか呆れ顔で口をぽかんと開けていた。そしてカエデが不貞腐れたようにして、プイッと明後日の方角を向く。


「……もぅ良いっ! お主とは金輪際、話さんっ!」


「なんでだよっ!?」


 カエデが急に態度が変わったのを見て、戸惑いを隠せない俺。

 なんだよ。人がせっかく買ってきてやるって言ったのに。

 西園寺といい二乃といい、どうして今日の女性陣は俺に対して機嫌が悪いんだ。


 そうして俺は、カエデの御機嫌を取るために、相当数の時間を費やすのであった。


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