異世界領都誕生編 第8話 行商人


 あれから十日が経過した。

 今日で異世界に来てから四週間が過ぎようとしている。もうすぐ一ヶ月目に突入か。早いもんだ。俺は相変わらず日本と異世界を行き来して、並行した毎日を送っている。


 タクシーの仕事も順調だ。時間が無いと思いながらも何とかやれている。

 絵カード作りも落ち着いてきたので、睡眠も充分とれるようになった。良い事だ。おかげで仕事中に仮眠をとる必要も無いので売上も安定した。

 事故も無いし、クレームも……といきたいところだが、あの目つきが悪い西園寺というお客がそうさせなかった。

 西園寺とはあれからもう会う機会も無いだろうと思っていたが、そんなことは無く。なぜか連日のように西園寺を迎えに行く日々が続いている。配車担当に俺を回さないでくれと言ったにも関わらずだ。

 何故だろうと思って配車担当に聞くと、どうやらここ最近の西園寺は、俺に対して指名依頼までするようになったらしい。そりゃ地元のお得意様に指名依頼をされたら会社だって断れない。

 ……あの西園寺って奴は、俺のことをサンドバッグと勘違いしてないか。そんなに俺に対して文句があるんだったら他に乗れよと。帰りまで頼んできやがって。そっちの方がストーカーじゃねぇか。

 最近では愚痴も入ってきたし聞き流すようにしているが。うーん、一度言い返してやった方が良いのかもしれんな。事故にあった人なんて世の中に沢山いるんだぞと。でもそれを言うと、泣かれそうで怖い。

 ……まぁ境遇は理解できる。そのうち西園寺も愚痴を言うのに飽きて、俺から離れていくだろう。仕事なんだから仕方がない。

 世間はゴールデンウィークだと言うのに、スーツ姿で毎日出掛けるくらいだ。どこかに働いているのだろう。御苦労なことだ。まぁ俺も仕事なんだけど。

 でもせっかく俺のタクシーを選んで乗ってくれるんだ。愚痴くらいなら聞いてやれるし、いつか立ち直ってくれる事を願おう。それまでは話し相手として付き合ってやるか。


 閑話休題。さて、今日は二日ぶりの休日だ。

 マキナやハルカたちも俺が来るのを待ってるはず。異世界にへと行こうじゃないか。

 車に必要な荷物を詰め込んで家を出る。用意はあらかじめ昨日のうちに済ませておいた。保存が利かない食料だけは途中のスーパーで買ったりするが、あとのものはネットで買って置き配にしてもらえば充分揃う。良い時代になったもんだ。

 村の子供たちも調理器具の使い方を覚えたので、料理に幅が出るようになった。一か月もあれば流石に仕組みも覚えるか。俺が居ない間はコンロを使って、簡単な料理を作っているようで扱いも手馴れている。うんうん。この調子でドンドンと、日本の文化を覚えていって欲しい。


 そうして車で小一時間かけて異世界の村に来たんだが、今日はいつもと様子が違った。具体的にはひぃふぅみぃ·····六人。少女が一人増えている。なんで?


 おかしいと思って近くにいたマキナに事情を聞いてみる。

 話を聞くと、どうやら行商人が来て子供を置いていったらしい。そういや今度、行商人が来るって言ってたか。西園寺のせいですっかり忘れていた。

 行商人も何を思ったのか知らんが、俺は別に孤児院とかやってるわけじゃない。この状況を見かねたから世話をしているだけだ。これ以上、子供が増えても困るだけだから辞めてくれと。

 でもまぁ、連れてこられた少女に罪は無い。不本意だけど仕方ない。状況も状況だし、面倒は一応見ておくか。相変わらず話し掛けても通じないので、他の子と一緒に勉強することを薦めておく。


 どういう交渉をしたら少女が増えるのか。疑問に思ったので、今度は一番日本語が上手いハルカに聞いてみる。と、なるほど。連れてこられた少女は行商人の娘なのか。

 名前は長かったので略してルルーナと決めておく。親からも同じ愛称で呼ばれるみたいだし、呼びやすかったので決定だ。

 そうしてルルーナを置いていった経緯をハルカに聞く。まだまだ拙い日本語だが、なんとなくイントネーションで伝わってくる。簡単に意訳すると、どうやら行商人と取引したせいでこうなったらしい。要するにDVDプレイヤーを売ったせいでこうなったんだと。そういえば行商人が欲しいとか言ってたんだっけ。

 まとまったお金が無かったらしく、担保として娘を差し出してきたんだとか。まるで時代劇のようだな……って。おいおい、ここは身売りするところじゃないんだぞ。いったい幾ら要求したらこうなるんだと思ってると、マキナが俺の肩をトントンと叩いてきた。


「マキナ、頑張った!」


 そう言って、マキナが俺に皮で出来た小袋を渡してくる。開けてみると中には500円玉くらいの金貨が2枚入っていた。

 金貨にはそれぞれ別の絵柄が描かれている。丸っぽい絵柄と、菱形の絵柄だ。紋様のようにも見えるが、この国の通貨だろうか。ってなんだっていいか。それよりもだ。


「頑張るのは良いんだけど、子供まで預からないで欲しいんだけどなー」


 肩をげんなりとさせつつ、俺は金貨が入った小袋をポケットにしまった。

 育児には責任が発生する。面倒を見させる代わりに一時金として置いたんだろう。別にそこまでの交渉を求めてなかったけど……マキナだからな。相当ふっかけた可能性もある。まぁ終わったことだし、もういいか。

 金貨の色から見るに、おそらくこれは純金だろうな。日本円に換算しても売り物の差額としては破格になる。

 毎回これ以上の値段でDVDプレイヤーを売るのもどうかと思うし、今度からはもっと安く売るように言っておこう。


 その後も子供たちと話していると、どうやら行商人に『今後も行く先々で孤児が居たら、この村まで連れてこようか』と提案されたらしい。

 おいおい。やっぱり孤児院と勘違いされてるじゃねぇか。絶対に無理だぞ。流石にそれは止めるように強くお願いしておいた。

 村の責任者でもないので、そこまで言う権利なんて俺には無い。だが現状でも手一杯なのだ。せめて食料問題が片付くまでは待って欲しい。


 それにどうして村に大人が居ないのかも分からない。

 状況が不明では、なんとも言い難いのも確かだ。

 子供たちの会話からして他国と戦争をしているのだけは分かったが、細かな情報までは伝わってこない。多分少女たちもそこまで良く理解出来てないんだろう。思い出したくない事もあるだろうし、今はあまり追求しないようにしておいた。


 連れてこられた行商人の娘であるルルーナは、まだ他の少女とは馴染めずに一人でいることが多い。俗に言うぼっち状態だ。

 気を利かせてマキナも日本語を教えたりしているが、どこか遠慮しているように見える。

 まぁ行商人の娘だ。家業を継ぐなら日本語を覚えたところで、役に立つとも思えんからな。乗り気じゃないのもあるんだろう。でも郷に入っては郷に従えという諺があるんだ。俺の世話になる以上、そんな甘えは許されない。嫌でもルルーナに日本語の勉強をしてもらうからな。


 幸い『エサ』はある。今日借りてきたDVDだ。

 もうそろそろ普通のアニメを見ても伝わるだろうと思って、年齢的にも合いそうな作品を借りてきたのだ。これならルルーナも興味が湧くだろうと、DVDプレイヤーに借りてきたアニメをセットする。

 映像が流れてしばらく様子を見ると、少女たちにも食い気味にアニメを鑑賞していた。どうやら好評のようだ。まだ完全には理解出来ないだろうが、こういうアニメもあると思えば勉強にも精が出るだろう。

 六人で見るにはちょっと画面が小さいし、次の機会にでも液晶テレビを買ってやろうかな。ポータブル電源……最近では蓄電池と言うのか。それがあれば電力的にもいけるだろう。高い買い物になりそうだが、金貨という臨時収入が入ったんだ。こいつらのおかげなんだし、村のために使ってやろうじゃないか。

 そう思いつつ温かい目で少女たちの様子を眺めていると、何だかルルーナの行動がおかしいことに気づいた。

 途中までアニメを気に入ったのか、画面の近くで見るルルーナだったが、周りに迷惑が掛かると分かったのだろう。すぐに後ろまで下がり、三角座りでうずくまった。そのまま前を向くが目の焦点が合っておらず、とても映像が伝わっているようには見えない。

 状況から察するに……もしかしてルルーナは目が悪いのか?

 そう思ってルルーナを呼び出し、事情を聞いてみる。一緒にハルカを呼んで通訳してもらうと、やはりというかルルーナは目が悪かった。一定以上の距離がボヤけて見えるらしい。

 生まれつきではないようなので近視かな。もちろん遺伝や病気の可能性もあるが、何とかして対処してやりたい。眼鏡なんて存在は……この世界にはないか。小屋の木窓から想像出来る。まだガラス文化が発達してない証拠だ。

 他にも近視の子が居るのかとハルカに聞いてみたが、どうやらこの村には居ないようだ。この世界では近視自体が珍しいのかもしれない。

 とすると、行商人に対して恩を売るチャンスか。貰いすぎた分を返すために、明日にでも眼鏡を買いに行ってやるとしよう。

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