異世界領都誕生編 第9話 ターニングポイント
翌日。俺は有給休暇を使って、会社を休んだ。
欠勤連絡が前日になってしまったが致し方ない。どうせゴールデンウィークも過ぎたんだし、仕事もいささか暇になる。
今はそれよりもルルーナだ。視力が悪いルルーナを大切にしてやりたい。一刻も早く何とかしてあげたかったので、事前に調べておいた眼鏡屋へと向かった。
今回行く場所は、地元から少し離れたところにある眼鏡屋だ。
どうやら多数のフレームを取り扱っているらしく、在庫も豊富にあるらしい。値段もそこそこ安かったので、ここにさせてもらった。
正直、眼鏡屋なんてどこにでもある。今や自宅からでも眼鏡が買える時代だ。わざわざ郊外まで出る必要も無いし、ネットで買う方が安いだろう。
だが、俺が求めているのは『早さ』だ。
当日渡しが出来る眼鏡屋。これこそが俺の求める重要ポイントだった。
眼鏡の仕上がりに三日も掛かるようでは遅い。もしそうなったら恐らくルルーナと子供たちの間に疎外感が生まれてしまう。だからこそ当日渡しが出来る店を探してここまで来た。
事前に連絡して、眼鏡がすぐに出来るかどうかは聞いてある。
開店と同時に着くようにと、俺は急いで目的地へと向かった。
ややあって眼鏡屋まで到着する。店員に電話した者だと伝えると、すぐに席まで案内してくれた。個人情報やPD値、どの度数が欲しいかなどを受付表に詳細に書く。知らない用語も多かったので、事前に調べておいて本当に良かった。
眼鏡を掛ける対象者の同伴も勧められたが、丁重に断らせてもらった。細かい度数をチェックしたいんだろうが、まだまだ異世界の人間を連れてくるわけにはいかない。彼女へのプレゼント用だと受け答えして、適当に誤魔化しておいた。まぁ嘘は言ってないので大丈夫だろう。
あとは眼鏡のフレーム探しだ。
店内を歩きながらルルーナに合いそうな眼鏡を探してみるが、うーむ。どれが良いのか見当もつかない。女性用の眼鏡なんて買ったことが無いし、全部同じに見える。
とりあえず店員からオススメされたフレームを複数購入しておこう。他にも俺が直感で決めたフレームも一応買っておいた。
度数は昨日のうちに携帯アプリを使って調べてあるが、多少はピントにズレがあるはずだ。なのでピント合わせ用のメガネは、昨日のうちにネットで大量に購入してある。安いメガネは一個千円で売っているし、必要経費だと思って一般的な度数を三十本ほど買っておいた。これでも全部で三万円くらいで済む。あとはこれを使って片目ずつ視力検査をするだけだ。
発送が三日後なのでルルーナの正確な視力はまだ測れないが、今日来たのはあくまで繋ぎ用としての購入だ。正確な度数が見つかれば、ちゃんとしたレンズに交換してあげようと思う。もちろん繋ぎ用だとしても、昨日スマホで調べておいたルルーナの度数付近は多めに買っておいた。
眼鏡が出来上がるのに時間が掛かる。その間に他の用事も済ませておこう。寄りたい所は他にもあったし丁度良い。この近辺なら他の用事を済ませられると思って俺は店を出た。
そうして行きついた先が、近くにあるレンタルビデオ店だ。ここではDVDプレイヤーが安く売っている。ネットで調べた価格と同じだったので五個ほど購入しておいた。行商人がまた購入してくれるかもしれないし、予備として保管しておくことにしたのだ。
俺が前回買った時と同じDVDプレイヤーの在庫は無かった。色んなメーカーの物が混ざってしまうが仕方ない。操作は単純だし、すぐに覚えてくれるだろう。
他にも店内で中古のアニメDVDが売られているのを見かけた。時期が過ぎたレンタル落ちの中古は、全巻セットでも安い。大量に流通している中古アニメも安かったので、内容を見ずに購入しておいた。結構な量のDVDを買ってしまったが六人もいるんだ。好みも違うだろうし、あとは子供たちの判断に任せよう。
次に立ち寄ったのが養鶏場だ。ここではお手頃な値段でニワトリを買えるらしい。
ニワトリは世話も楽だし、子供たちでも育てられる。栄養価も高いし、是非とも飼育してみようと思ったのだ。
オスとメスの五羽を購入する予定で店員に聞くと、自分で選んで見ますかと言われた。なんでどこも選ばせるんだ。別にペットとして買うわけでは無いので、適当にポンポンと選んでおく。
そうして店員がニワトリをダンボールに詰めて、車まで運んでくれたのだが……これが結構うるさい。運転していると結構な頻度で鳴くのだ。
うーん。最後に買えば良かったか。まぁ時間が空いてたんだし目を瞑ろう。
レンタルビデオ屋、養鶏場と来て、最後に立ち寄ったのが大手のショッピングモールだ。ここには金貨を買い取ってもらえる質屋がある。昨日マキナから貰った金貨を鑑定してもらおうと思って来てみたのだ。買値がつけばそのまま買い取って貰う予定だ。
二階の奥に買取専門店の文字が見えてのでそこに入っていく。
中に店員が見えたので早速金貨を見てもらう。と、店員に見たことが無い金貨だと言われた。そりゃそうだ。異世界産だからな。むしろ見たことがあったら驚く。鑑定する資料にも載ってないので検査をしてもらうことになった。大手の貴金属店に行けばもっと精密な検査が出来るみたいだが、あまり時間を掛けたくないのでこの店に一任する。
そうして鑑定してもらった金額は――28万円。
丸い紋様の方が18万円で、菱形の紋様の方が10万円だった。意外と差があるな。
純度に違いがあるらしく鑑定額も違ったが、まぁ細かいことは気にしない。それでも今月の食費以上に利益が出たので、すぐに買い取ってもらった。そのまま流れ作業のように説明を受けて店を出る。うんうん。流石の俺もほくほく顔だ。非常に良い取引が出来たので満足だ。今後も行商人が何か欲しがったら、金貨で取引するとしよう。
そうして俺は意気揚々とショッピングモールをあとにする。
エンジンを掛けたまま駐車しておいたのでニワトリは元気だったが、車内に匂いが充満していたので窓を開ける。さすがにこの匂いには耐えられない。ニワトリもうるさいし、他にも色々買いたかったがまた今度にしよう。
最初の店で出来上がった眼鏡を取りに行って、俺は異世界の村へと向かった。
「おかえりなさいー」
「ああ、ただいま。ちょっと遅くなったな」
村の入口まで来ると、マキナが出迎えてくれた。家に居ても車の音なんて独特だし、聞こえてくるんだろう。
マキナの声も結構大きいから、他の子供たちも気づいたようだ。どんどんと集まってくる。気づけば子供たちが勢揃いしていた。
「今日は良いものを持ってきたって·····あっこら、マキナ。トランクを開けるのは良いが、ダンボールは開けるなよ」
俺が説教じみた声をだすが、マキナはお構いなしだ。
最近のマキナは出迎えてくれるのと同時に車のトランクの開け方まで覚えたらしく、荷物をトランクから出してくれるようになった。
その点は助かるんだが、中身が何なのか知りたいらしく、ダンボールまで勝手に開ける始末。ネットで購入した物を、俺が無造作に開けるのを見て覚えたのだろう。ダンボールは破って良い物だと思うようになったらしく、案の定マキナが勝手にダンボールを開けた。
「おおー、鳥さんだー。鳥さんがいるー」
開けてすぐに逃げようとしたニワトリを、マキナが捕まえる。
だから開けるなって言ったのに。まぁいいけどさ。
「ニワトリはあっちの小屋の中に入れといてくれー。五羽ほど買ってきたからな」
俺がそう言うと、子供たちが箱に入ったニワトリを丁寧に飼育小屋まで連れていった。あとは子供たちがなんとかするだろう。
基本的にニワトリは雑草を好んで食べるので山にはいくらでもエサがある。雑草なんてそこら中に生えているし飼うには困らない。
今後はニワトリが増えて、安定して卵が食べられるようにしたいところだ。
ニワトリ小屋は、今は使っていない空き家を拝借させてもらった。あらかじめ小屋はもう作ってある。空き家の玄関前を扇状に杭を打って、鳥用の網をぐるっと巻いただけの簡易的な小屋だ。
玄関前を網で囲ったせいで、ニワトリ小屋には入口が無い。なので子供たちは家の横にある板張りの窓から中に入っていく。今後もニワトリ小屋の入口は、窓からになりそうだな。夜は小屋の中に入れておけばニワトリが逃げ出すこともないだろう。
そうしているうちにニワトリを運び終えた子供たちが戻ってきた。
他にも何かあるのかと期待しているように見えるが、めぼしいものはもう無い。ああ、そういえば一つだけあったな。一番重要なモノが。
「そうだ、ルルーナ·····いたいた。おいで、渡したい物があるからさ」
ルルーナを手招きして呼び寄せる。
声で反応したのか、首を傾げながらルルーナが近づいてくる。
なんてったって今日のメインだからな。この日の為に会社を休んだんだ。
紙袋から眼鏡ケースを取り出して、ルルーナに渡した。
「開けてごらん。ルルーナの為に買ってきたんだよ」
眼鏡の掛け方が分からないだろうから、手伝ってあげた。眼鏡のツルを伸ばして、ルルーナにそっと掛けてみる。大きさも丁度良かったみたいだ。安物の割には良く似合ってる。
ルルーナが遠くを見たり、手のひらを見たりしている。
はしゃぐ素振りも見せないので、もしかしたら度数が合わなかったのか。そう思ってルルーナを見ていると、感極まったのか泣き出した。よほど気に入ったのが俺に抱きついてくる。
まだ細かな調整が必要だけど、今はこれで良しとしよう。マキナが俺の服を引っ張って、自分のは無いのかとしきりにアピールしてくるが放置しておこう。
少し時間が経つと、ルルーナも落ち着きを取り戻したようだ。目が見えるようになったと他の子に説明している。ルルーナが話すたびに、ハルカが翻訳してくれるので助かった。
あとは度数が合ってるかの最終チェックだ。臨時用として五本ほど買ってきた。
他の眼鏡を使って片目ずつ確かめていくと、ちょうどピッタリの度数があったので、今はそれを着用することにした。スマホの視力検査も伊達じゃなかったか。
これならピント合わせ用の眼鏡は要らなかったな。最初に掛けた眼鏡の方がルルーナにとってはお気に入りのようだが、こればっかりはどうしようもない。今度また度数を合わせて持ってくるので待ってほしい。
注意事項として最初のうちは頭がクラクラしたり眠くなったりするが、時期に慣れてくるから安心してくれと伝えておいた。
あとは今週分の食料を保管庫に入れて、今日のやる事は完了だ。買ってきたDVDプレイヤーも子供たちに渡しておく。
大量にアニメDVDを買ってきたので、子供たちがそれぞれ別の作品を鑑賞出来るようになった。それは良いんだが……またバッテリーの消費が増えそうだ。
毎回モバイルバッテリーを持ち帰って充電するのも大変だし、そろそろ本気でなにか良い方法を考えないとな。液晶テレビと蓄電池も購入する予定なんだし、この機会に太陽光発電とかも真剣に考えてみるか。
アニメを見ている子供たちを見ながら、俺は未来のことを思い描く。
ちょうどその時――心地いい春を予感させるような風が吹いた。木の葉を舞わせてそっと音もなく近づく気配に、このときの俺はまだ気づくことが出来なかった。
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