異世界領都誕生編 第16話 剣鉈
村に電力施設が出来た。
と言っても最大出力が2kWしかないが。家庭でいうと20Aだ。
せめて50Aくらいは欲しいところだけど、どうせアニメ鑑賞用だ。そこまで電化製品を使おうと思ってないし、今はこのくらいで十分だろう。
その代わり大画面でアニメを見られるようにと、大型の液晶テレビを買っておいた。
ちゃんと視野角が広い最新式だ。延長コードを電力施設にぶっ刺して、隣家からでも見られるようにしておく。
これで全員で同じアニメを見られるぞと子供たちに伝えると、大いに喜んでくれた。みんなで見るアニメは楽しかろうよ。
DVDだと大画面ではちょっと拙いので今度はBluRayでも買ってみるか。なんだか異世界の技術発展スピードが著しいが、気にしないでおこう。
電力施設の設置も一息ついたところで、村のみんなで集まって小休止をとる。まずは手始めに、追加で買ってきたアニメを一話から見てみようと言うことになった。
ルルーナも今ではすっかり眼鏡に慣れて、みんなと一緒にアニメを視聴中だ。何故かその横には、カエデも夢中になってアニメを見る姿がある。俺はどうせ見たアニメだし、一番後ろでくつろいで居るんだが。うーん。気になるな。
「カエデは俺と話せるんだから、アニメを見る必要も無いだろ?」
「いやじゃ! これからはわらわもずっとこの村に住むゆえ、日本語とやらを覚えるのじゃ! 今はなにを言っておるのか、さっぱり分からぬけどのぅ……」
「カエデはただ、アニメが見たいだけだろうに……」
子供たちも上機嫌で視聴してるから、別に良いんだけどな。
でもそれって……ロボットアニメだからな? ワゴンセールで安かったから買ったけど、子供たちにはまだ宇宙の概念なんて早いような。まぁ買ってきちゃったもんはしょうがない。俺には説明なんて無理だから、アニメが頑張ってくれることを祈ろう。
そういえば……ルルーナの親御さんって、いつになったら村まで帰って来るんだろう。ふと気になったので、鑑賞の合間にルルーナに聞いてみる。
ルルーナ曰く、親御さんは今、リコッツ王国で特産品などを売買しながら行商をやっているようだ。各地の村を回ったりして、恐らくあと少しで帰ってくるんじゃないかと言われた。
まだまだ日本語に不慣れなので、カエデを通して聞いてみたけど……そうか、もうすぐルルーナの親御さんが帰ってくるのか。娘さんを預かった身としては挨拶しておきたい。でも次こそは会えると限らないし、どうしたものか。
気掛かりとしては、カエデが新しく結界を張り直したせいで、ルルーナの親御さんが村まで入れなくなったことだ。まぁもし村に近づく気配があったら、カエデが直接会って迎え入れるようなので、俺が心配する必要も無いか。任せるとしよう。
それまでカエデはアニメを見て、のんびりと過ごすらしいが……。うーむ、このままだと本当に一日中アニメを見て生活しかねない。他にも何かやらせてみた方が良いのだろうか。
今もアニメに熱中しているカエデに向かって、念話で話しかけてみる。
『なぁカエデ、少し聞いてもいいか?』
『なんじゃおぬし。良い場面を邪魔しおって……』
『別にカエデなら、話を聞き分けられるから大丈夫だろ。行商人が来たら色々と商品を買い取ってもらおうかと思ってるんだけどさ。村にある物で一番高く売れそうなのって、どういう物か分かるか?』
『うーむ。ここにある物じゃと、調味料が一番高く売れるかのぅ。わらわも欲しいくらいじゃて』
『それなら俺が居ない間だけでも良いから、行商人と取引してくれないか? 材料は倉庫に入れておくし、値段も任せるからさ』
マキナやハルカに再度任せても良いんだけど、出来れば相場が分かる人にやってもらいたい。前回は金貨をもらったりルルーナを預かったりと反省点も多かったからな。
『わらわに、任せてくれるのかえ?』
『俺がここに居ない時は、村の全権を預けるから好きにして良いぞ。と言っても、必要な物まで売ったりするなよ?』
『ふむふむ。そこまで頼まれるなら仕方がないのぅ。それなら甘味がある物をたくさん持ってくるのじゃ! わらわがちゃんと売ってやるゆえにな』
振り返って床をバンバンと叩きながら「甘味、甘味」と主張してくるカエデだったが、すぐに視線を画面まで戻した。忙しないなこいつ。アニメを見るか、俺と話すかどっちかにして欲しい。
どれが売れるか分からないし、とりあえず異世界で売れそうな物を見繕っておこう。お菓子やら甘味も……まぁほどほどに買っておくか。どうせカエデに試食とか言われて全部食べられるだろうけど。
三十代も後半なので貯金なら少しはある。と言っても平均くらいか。全部使うのは怖いが、いざとなったら金貨を現金に変えられるんだ。全ての預金を使って、行商人に売り買いしても構わない。それで得た金貨はちょっとずつ換金すれば大丈夫かなと、軽い気持ちでいたりする。
税金はまあ、会社の年末調整でコソッと書いておこう。金貨を大量に売らなきゃ問題ないんだし、最悪こちらの世界の金貨があればなんとでもなるはずだ。
まだ出会って一ヶ月くらいしか経ってないが、子供たちのことは信頼している。異世界に持ってきた荷物を管理してくれたり、ゴミも分類してくれたりと。掃除当番兼、倉庫番か。最近では料理も手伝ってくれるし、実に頼もしく育ちつつある。
お金の管理も、カエデに全て任せる予定だ。
俺が村に居ない間は、誰かが管理しなきゃいけない。子供たちに大金を持たせるのは不安だし、大人であるカエデが適任だろう。
行商人と取引して得たお金も、カエデに全て預けるつもりでいる。村の発展のために使う時もあるだろうし、急な出費もあるはず。この際だから村の財政をカエデに担当してもらおうかな。
これでも何万人と客を相手にしてきたので、人を見る目はある。カエデや子供たちは、俺にとって家族同然と言ってもいい。安心して任せられる存在だから、これからもドンドンと頼っていこう。
……何だかカエデが、俺の方を向いてニマニマしてくるのが気持ち悪い。そんなに甘味が食べたかったのか?
まぁ保存も効くし置いといて困るもんでも無い。甘味は多めに買っておくとしよう。
あともうひとつ気になったものがある。
異世界にあって日本にないもの。
それは魔法だ。魔法を使ってみたい。
例えば風魔法を使って大空を飛んだり、火魔法を使って魔物を退治したり。
異世界や名作RPGの基本だろう。ファミコン世代なので、どうしても魔法に強く憧れを持ってしまう。うーん。それとなく話を聞いてみるか。ちょうどアニメもエンディングを迎えたことだしな。
『なぁカエデ。他にも少し良いか』
「……ふむ。なんじゃ? もう終わるから声に出して良いぞ」
「それじゃ、遠慮無く聞くが……。こないだカエデが帰る時に、宙に浮いたりしただろ。あれって俺でも頑張れば、使えるようになるのか?」
俺がそう言うと、カエデの耳がピクリと動いた。そうして静かにリモコンを持って、テレビの電源を切る。急に映像を消されたので、子供たちもどうしたのかとカエデを見る。
「……おぬしは、そんな大それた魔法が使えるようになると、本気で思っておるのかえ?」
「いやいや、そんなことは無いが。でも魔法が使えたら、便利だなと思ったり……」
「おぬしは平々凡々の男じゃて。そういう魔法が使える者は日頃から魔物を倒す連中か、貴族の一部しかおらんわ。身の程をわきまえるのじゃ!」
急に俺に向かって激昂するカエデ。
俺でも魔法が使えるかどうかと思って聞いただけなのに、まさか説教されるとは。続けてカエデが話しだす。
「おぬしの為に言っておるんじゃからな? こういうのは幼少の頃に英雄譚を聞いて、無茶をする者がおるので、うるさく言うのが常なんじゃ……」
そのあともカエデから容赦ない言葉が飛んでくるのを、俺はじっと耐える。どうやら軽い気持ちで魔法を使いたいと聞いたのがいけなかったようだ。そういうのが一番事故に繋がるんだとか。
安易な気持ちで村から飛び出して死んだ子も居るくらいで、特に思春期の子に多く見える一種の病気みたいなものらしい。魔法がどれだけ大変なのかとコンコンと説明された。
そうか、俺はこの年で中二病を患ったのか……。
異世界に来たから何でも出来ると思い込んでしまった。
どこの世界にでもいるんだろう。俺なら出来ると思っちゃう奴が。カエデの言い分も当然だ。
「悪かったよ。流石に軽率だったな……」
反省の意を込めて頭を下げる。
カエデも今までそういう奴をたくさん見てきたのか、親身になって叱ってくれたのが分かる。しかも俺だけじゃなく、子供たちの前だから怒ったのもあるんだろう。
確かにそんな英雄譚のアニメを多く買ってきた覚えがあるからな。子供たちにも聞こえるように言って、強く自重させようとしているのが見て取れる。
「そうやってすぐ省みるのが、おぬしの美点であるけどの。じゃが魔法か。確かに使いたい気持ちは分かるんじゃが、こればかりはのぅ。初級魔法なら教えてやれんこともないが……」
「おお、そんな魔法があるのか」
初級というくらいだし、簡単に覚えられそうだ。もうこの際だから魔法ならなんでも良い。使えるだけで満足だ。
「せっかくじゃから小童らも一緒に、魔法を教えてやりたいのじゃが、小童らはまだ初狩りを終えとらんからの。魔力も微々たるものじゃ」
「そういえば子供たちって、まだレベル1だから魔力も無いんだったか。なんで親御さんも、実戦経験とかさせなかったんだろうな?」
「おそらく武器の問題かのぅ。魔物を倒すにも武器がいるんじゃが、初狩りは安全策をとるゆえ普通は弓矢を使うのじゃ。弓を射るにも力がいるからの。小童らでは厳しかったんじゃろうな」
カエデが難しそうな顔で唸る。
なるほど。武器の問題か。
確かに非力だと弓は使えないし、ましてや女子だからな。弓を引くのも限界がある。もう少し大きくなるまで待ったのかも知れないな。
だとすると他に使えそうな物か。魔物を倒すのに最適な武器。
「それなら良い物があるぞ。ちょっと取ってくるから待っててくれ」
そう言って俺は外に出て、自家用車の方に向かった。車のドアを開けて助手席の下に隠していた物を取り出す。
使う機会が無かったから箱にしまってあった物だ。中身を確認してから、またカエデが待つ家まで戻る。待っていたカエデに、箱を開けて中身を手渡した。
「ほぅ·····。これは見事な短刀じゃのう」
「そりゃ本物の刀匠が打ち込んだ作品だからな。切れ味も抜群だろうよ」
カエデの持つ『剣鉈』の刃先が光り輝いている。
お値段五万円以上もする代物だ。村から日本を往来する道中に、万が一と思って買っておいた物。自分の命が掛かっている以上、金を惜しまなかった一品だ。
普通のナタでも良かったんだけど、市販のナタは刃先が枝などを切るために作ってあるので、片面しか刃先がついてない。
一方で剣鉈は両面が刃で出来ていて先端も尖っているので、まさに鹿や猪を仕留める為に作ったものだ。刃先も鋭く光っていて日本刀と同じ鍛接製法で作られている。
日本ではボウガンや日本刀とかは免許が無いと所持できない。持てるものが限られてくるので、合法である剣鉈にした。キャンプ用品とセットにして車にしまってあったので問題ない。
「あともう一つあるんだ。それがこれだ」
そう言って俺は、胸の内ポケットからスタンガンを取り出した。
小型タイプなので持ち運びに便利だし、子供にも使いやすい。大型の警棒タイプは倉庫にしまってあるので後で取ってこよう。使うとしたら火力が強い警棒タイプがメインになりそうかな。
電源を入れて使ってみるとバチバチと音が鳴った。
「この電気に当たると、大抵の生き物はしばらく麻痺して動かなくなる。剣鉈とスタンガン。この二つがあれば、たとえ非力な子供でも魔物に通用するんじゃないか?」
戦闘行為なので絶対に勝てるという保証は無いが、少なくともこの二つがあれば優位性を保てるだろう。
剣鉈は刺すだけだから弓よりも力が要らないし、スタンガンで麻痺したところを剣鉈でズドン。体重をかけて剣鉈を押し込めば、大抵の魔物は死ぬはずだ。
「なるほど、考えたのう。これなら小童らでも何とかなるかもしれんの。それじゃあ試しに行ってみるかえ。ちょうど腹ごしらえにもなるじゃろうて」
「えっ? 今から行くのか?」
「初狩りなんてすぐ終わるものじゃ。日にちを決めてやるもんでも無いわ。安心せい。わらわが結界魔法で守ってやろうぞ」
カエデが立ち上がって背伸びをする。
全くもって気が早いエルフだ。飛びっ切りの笑顔で守ってやると言われたが、普通は立場は逆だろうに。
子供たちも今から出発するのが分かったのか、慌てて準備をしだした。
そうして俺は魔物を狩るために、子供たちを連れて村の外まで出掛けるのであった。
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