異世界領都誕生編 第33話 村での初会合
「それでは第一回目、初会合を開催するのじゃー」
カエデの号令と共に会議がスタートすると、一斉に全員から拍手が鳴った。
賑やかというか姦しいというか。
部屋の中心に座卓を置いて、ぐるりと囲むようにして座っているので、まるでお誕生日パーティーのように見える。
主催者であるカエデが、ホワイトボードで『はつかいごう』と書いて見せびらかすと、更に賑やかになった。
本当にカエデはホワイトボードが大好きだな。買っておいて良かったよ。
俺の両隣にはマキナとルルーナ。
カエデの方にはハルカとあゆ。西園寺の方には涼子とナナセが、それぞれ座っている。
子供たちは十歳から十四歳くらい。自由に座って良いと言ったが、ちょうど年齢が近い者同士で組まれた形になった。子供たちもパジャマに着替えたらしく、星柄や動物柄の着姿が可愛らしく見える。
それにしても西園寺の隣にも、子供たちが集まってくるなんてな。
まだ出会って間もないのに、一番の年長ペアが西園寺の方まで向かって行ったのには驚いた。着替えている間に打ち解けたのだろうか。
確かに西園寺と涼子は、傍からみると同じ黒髪で姉妹のように見えるし、相性が良いのかもな。なんだかカタコトの日本語で話し合っていて楽しそうだ。時々二人で俺の方を見て、コソコソと話しだすのが気になるが。
ナナセはその横で相槌を打って喜んでいる。三人とも実に仲が良さそうだ。
カエデの方に居るのは、ハルカとあゆか。二人は以前からカエデを慕っているもんな。
ハルカは今回は書記として参加をするようで、カエデが話す内容を逐一ノートに書き込んでいる。誰かが担当をしないといけないし、日本語に慣れてきたハルカがやるのが適任か。
対してあゆの方はと言うと、一人で絵を描いてはしゃいでいるな。まぁ補佐として足りない部分もあるだろうが、なんとか三人で頑張って欲しい。
そして俺の両隣には、マキナとルルーナが座っている。順当と言えば順当か。
ルルーナは俺が以前に眼鏡をやってからというもの、非常によく懐くようになった。
性格も明るくなり、今では誰とでも気さくに話すようになったが、何故か俺に対しては口うるさい委員長キャラみたく育っている。アニメでも見て触発されたのだろうか。
他方でマキナを見ると、紙とペンを持って俺に強くやる気をアピールしてくる。おそらく書記がやりたいのだろう。
ふんふんと鼻を鳴らして、いかにも頑張るような素振りを見せるが、書記は二人も要らないんだよな……。まぁ俺も必要なことがあったら書き込む予定でいるし、このまま放置しておくか。
ちなみに西園寺たちはメモを取らないのかと思ったら、どうやらスマホを使ってこの会議を録画するらしい。松葉杖を器用に三脚代わりにして、撮影の準備をしている。手馴れているので何度もしたことがあるのだろう。
三組のペアがそれぞれの役割を終えると、途端に場が静まりかえった。カエデから目配せも来たことだし、そろそろ会議でも開始するか。
まずは手始めに、村長である俺から村の抱えている問題でも切り出そう。えーと、何から話そうかな。
俺は一つ、コホンと咳払いをする。
「最初に衣食住の重要性を説くとして……なによりも大事なのは食だな」
この村には圧倒的に足りてないものがある。それは食糧だ。
養鶏のおかげで卵はあるんだが、まだまだ卵が孵化していないのでニワトリも五匹のままだし、まずはそれをどうするか。
あと畑だってあるにはあるんだが、全ての収穫物が持ち去られた後だった。おそらく憲兵が村人を奪ったついでに徴収したのだろう。
冬から春にかけては栽培出来ないので、今の畑には何も作物が植えられていない。つまり絶望的に食糧が無いと言える。
「まぁ今年の食糧に関しては、全部俺が調達する予定だから問題はない。どっちにしろ、この人数じゃ農業なんて厳しいからな。ただ将来的に食糧をどうするのか、この会議でみんなと話し合って決めようじゃないか」
「ふむふむ。とすれば……やはり村人を増やさんことには農業もままならんの。その辺りは、夕華嬢もどう見るかえ?」
カエデが新しい風が吹くようにと、西園寺に意見を求める。
実はこの件は、前々からカエデと話し合っていた内容だ。
俺は語学の勉強を最優先にさせたいが、カエデは人員を増やしてでも農業を先に開始したいらしい。両者の意見が食い違ったので、決めかねていた内容だ。
今は一時的に、村長である俺の意見を採用してくれているが、第三者の意見も聞きたかったので丁度良い。
西園寺が、村に今まであった帳簿をパラパラとめくりながら答える。
「どの程度まで人数を増やすのかによるわ。三十人程度なら今年だけでも何とかなるはずよ。私も少なからず、資金を援助させて貰うわね」
「……おいおい。別に西園寺は、金を出さなくても良いんだぞ?」
「いやよ。折角こうやって脚を治して貰ったんだから、治療費くらいは村に貢献しても良いじゃないの。タダで治して貰うわけにもいかないでしょ?」
「そうは言ってもだな……」
「ここまで来させておいて、参加させないと言うのも酷い話よ? 私も是非、村の一員として参加させて欲しいわね。もちろん直接的には加わらないけど、あくまで金銭面でサポートするくらいなら構わないでしょ?」
西園寺が有無も言わさずに、俺の会話を阻害する。相変わらず押しが強い奴だ。まぁここまで来ておいて、何もさせないというのも可哀想か。
確かにお金の問題は、早急にクリアしたかった問題だ。
余所から人を連れてくるとして、三十人も養ったら単純に一人一日千円が食費としても三万円。一年で一千万近く掛かる。とてもじゃないが俺にそんな金額なんて持ち合わせていない。
村が軌道に乗るまでの融資としたら、申し分無い条件だ。
とはいえ、その資金はあくまで西園寺の持ち金。医療保険でそれだけの金銭を貰ったかもしれないが、それは西園寺の金であって俺たちの金では無い。だからあくまで借りるだけだ。
治ったからと言って全部使わせたりするのも気が引けるんだよな。個人の問題なので、あまりしつこくは言わないが。
「分かったよ。じゃあその辺りの問題は西園寺が決めて良いから、無理はしない範囲で頼むぞ。あと使った分は全部帳面に付けとけよ」
「懸命な判断ね。ここらへんは、私も引く気が無かったし、それで良いわ。それで話を戻すけど……来年の村の食糧はどうするのよ。全部、日本からの輸入に頼るつもりなの?」
「うーん。それをどうするかなんだよな。一応今年は農業を捨てて、来年から少しずつやろうとは思ってるんだが。農業なんて俺には分からないし、やることも手一杯だから後回しでも良いかなと……」
「――それでは遅いわよ!」
西園寺が座卓に手を乗りあげて、急に声を張り上げる。
前のめりになって顔を近づけてくるもんだから、思わず俺も「うおっ」とたじろいでしまった。
「なんなんだよ。いきなり……」
「マルチタスクでやっていかないと収束しないわよ。来年から本格的に農業をやるとして、日本の穀物が異世界でも通用するのか調べてみたの? 別に異世界産限定でやる必要も無いんだし、収穫量も変わってくるはずよ」
「そこまでは考えて無かったが……結構大変だったりするんじゃないか?」
「少しの耕作だったら、子供たちでも手間を取らせずに出来るでしょ。私も苗を買ったりして手伝ってあげるから、試してみたらどう?」
「うーむ。西園寺に言われると、そんな気がしてきたな……」
元々押しが強い性格だけど、仕事が関係すると更に押しが強くなるな。合理主義というか、なんというか。
日本みたく慎重に議論を重ねてからやるんじゃなくて、アメリカみたいに、やって駄目だったらスパッと切れば良いという考え方だ。確かにその方法だと成果は早いけど、コストがな……。
ただまぁ、流石にぶっつけ本番で、来年から植えるのは無理があるか。
家庭菜園レベルから始めてみて、ちゃんと育つのか試してみよう。四季や雨季もあったりするだろうが、そのくらいなら子供たちの勉強にも差し支え無いだろう。
「それに農業用具も足りてないわね。あとこの村に必要なものって住宅でしょ? 今後も人口が増えていけば、これだけの家屋じゃ足りないわよ」
まだまだ言い足りないのか、西園寺がまくし立ててくる。
こいつ自分が好きな事になると、マシンガンみたく止まらなくなるな。これが会議だと分かってやっているんだろうか?
そんな風に思っていると、黙ってやり取りを聞いていたカエデが手をパンパンと叩いた。少し白熱しすぎたか。
「ふむふむ。だそうじゃ。手っ取り早く村人を増やすなら、まずは余所者を受け入れるか、奴隷を買って村人を増やすしかないのぅ」
カエデが話を、元の位置に戻す。
まぁ農業はそんなところか。とするとその次だな。農業をする為に、誰を連れてくるかだ。
労役をさせるなら、従順な奴隷を連れてくる方が勿論良いはずだが、出来れば普通に村人も募集したいんだよな。でもそれも難しい話になってくる。
「どこの国でも、スパイとか居そうだもんな。下手に村人を受け入れて、問題が起きてしまったら、今までやった苦労が全て水の泡になる。それだけは避けたいし……」
日本にもスパイが居るって言われるくらいだ。戦争が多いこの世界なら、どんな人物であっても油断は出来ないはず。
例えそれが子供であったとしても調教されたスパイかもしれないし、普通に受け入れるのだって怖い。そう考えると、やっぱり奴隷の方が良いんだよな。ううむ、悩む。
「まぁ、そちらの方は、わらわに任せよ。行商人もそろそろ来る頃じゃろうから、頼んでみようぞ。建築に詳しい奴隷も、おるやもしれんからのぅ?」
カエデがそう言って、西園寺に目配せをする。
西園寺も溜飲が下がったようでうんうんと頷いている。さすがの進行役だ。俺も宿題として、手帳に書いておこう。
えっと、実験栽培と新しい住居をどうするかと。農業はてんで駄目だから、西園寺に任せられる物は全て任せておこう。
「じゃあ他に村に必要なものって有るか? 足りない物が多いのは分かるけど、今すぐ必要なものが有るならば教えてくれ」
他には無いのかと、全員に意見を聞いてみる。
必要なものと言っても難しいか。カエデなら風魔法を使って自分で買って来るだろうし。
とすれば必然的に、子供たちの意見になるだろうなと思っていたら、またまた西園寺が挙手をしだして目線を向けてきた。
俺が指し示して「どうぞ」と言うと、そのまま西園寺が言い放つ。
「まず最初に……生活用品が足りてないわね」
「生活用品? 石鹸やシャンプーなら結構多めに買ってあるけど、それでもまだ足りないって言うのか?」
ホテルに置いてあるアメニティグッズを参考にして、歯ブラシやバスタオルも一応取り揃えておいたんだが、まだまだ足りない物が有るのだろうか?
「あなたねぇ……女性にはそれだけじゃ足りないって、分からなかったの?」
そう言って、西園寺が隣にいる涼子を指し示す。
今日も一段と俺を睨んでいるな……。
そう思ってよく見ていると、何故かお腹をさすっているのが判断出来た。気付いてじろじろと見ると、恥ずかしそうにして、プイっと視線を逸らされる。
……なるほど。月の物だったのか。衣食住のことを考え過ぎていて、それ以外のことはすっかり忘れていた。
こればっかりは、完全に俺が悪い。
「……すまなかった。男で独身だから、そういうのに疎くてな」
どうしても買うものが食料に偏りがちだったので、そこまでは気が回らなかった。
最近ではネットスーパーで頼むことも多かったし、足を運ばなかったのもある。それも言い訳か。でも言ってくれれば良かったのに。ずっと涼子に嫌われているかと思ったんだぞ。
まぁ話したところで異世界ではそういうものだと思って、カエデには伝わらなかっただろうな。
「あなたでは買いにくいだろうし、私が買っておくわね。あと医薬品も必要だと思うわ」
「そうだな。それは至急用意しよう」
西園寺の隣にいる涼子やナナセが、顔を綻ばせる。
年長ペアの意見だったのか。全員を見ているつもりだったが、どうしても年齢が低いハルカやマキナに目線が行きがちだったからな。気をつけよう。
他にも乳液やら細かい化粧品の名前が出てきたが、そういうのは全て西園寺に任せることにした。
子供のうちから肌の手入れが大事だと言われたが、俺に化粧のことなんて分かるわけがない。それに電化製品の名前も出されたが、言い出したらキリが無いので必要最低限の物だけ買い揃えるということになった。
カエデもそういうのがあるのかと興味津々だったが、別に使わなくても大丈夫なんだけどな。電気に頼り過ぎると、後々怖いんだよ。特に電力がな。まぁそれは良いとして。
「他には無さそうだな。じゃあ必要なものはそのくらいにして、最後の問題に移ろうか。最後の問題は――資金だ」
一番重要な課題を最後に持ってくる。
資金がないと物も買えないからな。俺の預金残高もどんどん目減りしていく一方だったので、正直ここら辺で何とか金策を打ちたかった。西園寺が出してくれると言っても、それはあくまで繋ぎの資金。出来れば半恒久的に増える仕組みを作りたい。
具体的に言うと、物を作ってお金を得る――交易だな。
ただ、産業や農業はまだ駄目だ。出来れば既製品を売って儲けたい。
まだまだ子供たちには勉強に専念させてやりたいし、せめて算数や理科ぐらいは完璧にマスターさせてあげたい。
戦時中なんだし、いざと言う時に日本に逃げられる可能性も残しておきたいのが親心だ。日本語は大分上達してきたので知力はあるはずだし、もう少しだけでも勉学に対する時間が欲しい。
それにどうせなら、新しく来る村人にも日本語を教えてやりたいからな。
言葉が通じないのがどれだけ不便なのか、みんなも身に染みて分かったはずだ。
その為には、先に子供たちが率先して日本語をマスターして、それから先生役としてやってもらうのが最適だろう。
これからが子供たちにとって一番忙しくなってくる時期だ。
その為には早く資金を作って、村を安定させないと。
ぶっちゃけ金さえあれば何でも出来るんだ。だから早急に日本の商品を持ってきて儲けようじゃないか。
「手っ取り早くお金を増やすとしたら、交易だな。予定では行商人に頼んで、日本の物を売ってもらうつもりでいる。とりあえずお菓子や調味料からスタートかな。他には意見がないか?」
俺の問い掛けに、西園寺も手を挙げたくてウズウズしているようだが、どうやら自重してくれたようだ。同じ人の意見ばかりだと会議にならないからな。やっと分かったらしい。
誰も意見を出さないのかと思ったら、今度はカエデの方から手が上がった。
「物を売るのは良いんじゃが、商いで得た金をどうやっておぬしの世界で使うつもりじゃ?」
カエデが俺にだけ見えるように片目を瞑って尋ねてくる。合図のつもりだろう。
カエデには以前にチラッと話したが、今回は西園寺も居ることだし、おさらいしてみるか。話の流れを作るのにも最適だからな。
「この世界での金貨や銀貨は、俺たちの世界でも交換出来るんだよ。レートというか、割合はそれぞれ違うんだけどな」
ただし不可逆で、日本の紙幣をこっちで使うことが出来ない。
それに金貨を換金しまくっても問題になる。それをどうするかが鍵だが、カエデも「ふむふむ」と言いながら腕を組みだした。
「おぬしの世界で金貨が売れるとは聞いたが、それはどのくらいの価値なんじゃ?」
「どのくらいの価値と表現するのは難しいが、確か菱形マークの金貨で十万くらいで、丸いマークの金貨はその倍だったかな。そこに転がってる四角いチョコに換算すると……約四千個だよ」
言って俺がチョコレートを指し示すと、ちょうど距離的にナナセが近かったのか、そのまま拾ってカエデに手渡していた。
チョコレートを持つカエデの手が震えている。
「こんな高そうに見えるチョコレートとやらが――四千個もじゃと?!」
受け取ったチョコレートを見て、カエデが驚嘆の声を上げる。
その代表的なチョコレートが、二十円弱で買えるんだから安いよな。確かに一個ずつ包装してあると高そうに見えるし。
この際だから、この辺の価値観も照らし合わせておこう。
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