異世界領都誕生編 第5話 日本語を覚えてもらおう


 あれから日本に戻った俺は、食料を大量に買い込もうと山麓にある幹線道路まで向かった。

 道路脇に車を止めてから、近くに食料品店があるかどうかをカーナビで調べてみる。

 どうやら車で五分の距離にコンビニがあるらしい。そこに進路をとって走行した。

 これ以上時間が掛かるようだと日が暮れてしまう。近くにコンビニがあって本当に助かった。流石に夜の山道を走るのは、俺としても勘弁願いたい。


 夕暮れになってきたので、急いでコンビニで食料を買い漁る。

 そうして異世界まで戻ると……森がさっきよりも薄暗く感じた。

 似たような時間帯の景色に切り替わったが、そういえば日本と異世界って『時差』はあるのだろうか?

 気になったので試してみる。時計が二つあれば判断できるだろう。

 まずはスマホを地面に置いて、数分待ってから日本を往復する。

 そうして異世界との時間差を測った。

 ……午後五時十八分。

 車内時計と一致したので、どうやら時の流れは一緒なようだ。

 異世界で一時間過ごしたら、日本では一日経っていた。そんな環境だったらこっちの生活まで変わってくる。

 日本と異世界に『時差』は無い。最初に気づけて本当に良かった。


 そうしてゆっくりと異世界の林道を進んで村まで戻る。

 入口に停車して、先ほど食事をした広場まで歩きだすと……声が聞こえてきた。

 直視してみると、なにやら子供たちが話し合っている。俺がすぐに戻ってくるとは思わなかったのだろう。俺が視認出来る距離まで近づくと、子供たちに驚かれた。

 遠くから見た時には、失望した表情を浮かべていた子供たち。食料不足を打開する解決策が無いのだろう。男性の姿も一向に見えないし、やはりこの村には子供しか居ないのかもな。

 とりあえず今日はもう夜も遅いし、二日分の食料を渡して帰るとするか。


 コンビニではパンやスナック菓子、弁当やら缶詰などを数多く買ってきた。

 インスタントラーメンはお湯を沸かして待たないといけない。それを教えるのに時間がかかりそうなので辞めておいた。森の中でカセットコンロを使わせるのも危ないのでまた今度だ。

 菓子パンや弁当は賞味期限は短いけど、まあこの量なら明後日までには食べるだろう。出来れば明日までに食べてほしいところだが、説明が出来ないんだよな。

 プラスチック包装は流石に食べないだろうけど、弁当の中にあるプラスチックゴミは一応取り除いておくか。


 食料を渡しておいてなんだが、ふと思ったことがある。

 もしこのまま、誰も村に帰ってこないようだと……この先、俺が子供たちの面倒を見ることになる。子供だけでは飢え死にしそうだったし、俺が見るしか無いだろう。

 そうすれば一番大変なのは、なによりも食費。エンゲル係数だ。

 五人分の食費を考えると、結構な金額になる。

 朝と昼は軽食で安く抑えるとして、それでも一人一日千円としたら五人で五千円。

 そうすると食費だけでも一か月で十五万くらいかかる。勿論もっと安くは出来るだろうが、食事は栄養が偏らないように、ちゃんとしたものを食べさせたい。

 そこから自分の生活費と交通費を抜いたら、どれだけ給料が残るだろうか。


 ……やはりタクシー運転手の給料だけでは、子供たちを養っていくのに限界がある。今は貯金があるから良いが、いずれ底が尽けばどうすればいいのか。

 かといって、このまま放置するわけにもいかないし。うーん、困った。

 いっそのこと日本に連れ帰って、子供たちを保護施設に預けるという手もある。国籍が分からなかったら、行政がなんとかしてくれるだろう。

 それが果たしてこの村より良いのかは分からないが、飢えて死ぬよりはマシなはず。ただ、それはあくまで最終手段だ。俺だって育児放棄はしたく無い。


 それにいきなり子供たちを日本に連れ帰っても、戸籍が無いとどこから連れてきたんだって話になる。それでもし異世界の存在が明るみになったら世界中で大騒動だ。

 いくら隠れて保護施設に連れ帰ったとしても、防犯カメラから簡単に俺までたどり着く時代だ。翌日の朝刊には、俺が犯罪者扱いされているのが目に見える。

 もちろん子供たちを黙って日本に放り出すつもりは無いが、俺の貯金が尽きるという最悪の事態は想定しておきたい。その為には……うーん。日本語だけでもマスターしておけば保険にはなるか。

 やはり日本語を教えさせるのを優先しよう。


 それともう一つ。野菜を育てて自給自足の生活をするという手もある。

 幸い村には畑もあったし、野菜を育てることは出来る。でもまぁそれも後回しにしよう。時期や季節も分からないし、栽培方法なんて今の段階で伝えるのは無理だ。

 なにより外に魔物が居たのが気になる。

 まさか俺が撥ねたゴブリンしか、森に居ないわけではないだろう。

 野菜を栽培したとしても、魔物に食べられてしまっては意味が無い。


 でも子供たちにゴブリンの写真を見せたけど……村には入ってこれないようなニュアンスをされたんだよな。

 塀や囲いも無さそうだけど魔物除けの対策でもしてあるのか?

 まぁ異世界に道理を求めても仕方がない。

 心配しなくて良いなら気にしないでおくか。

 とりあえず最初の予定通り日本語教育を軸に。それを子供たちの余っている時間に全振りしよう。問題が起きれば、その都度考えればいいや。


 明日は仕事があるから、俺は異世界には来れない。なので来るとしたら明後日だ。

 説明するのも面倒なので、とりあえず適当な紙に太陽が二回落ちる絵を描いた。

 そこに俺が車でやって来る絵を付け足して、子供たちに渡してみる。

 うーむ。俺の絵が下手なのか、子供たちが苦笑いしているな。子供たちの反応が芳しくないので伝わったかは疑問だが、まぁ食料が二日分あるので心配いらないか。

 幾分か子供たちの表情も柔らいだので、この村を出よう。

 そうして俺は手を振って帰宅の途についた。



 帰り道では本屋に立ち寄った。地元にある遅くまで営業している大型の本屋だ。

 ここなら品揃えが豊富だし、教育目当ての本も見つかるだろう。

 そう思って店内を歩くが……うーん。

 日本語の教科書を探そうと見回ったが、どれが良いのか分からない。外国人向けの教科書ならあるが、ゼロから日本語を学習する教科書が見当たらないのだ。

 子供向けの教科書なら勿論あるが、最初の説明からして平仮名が書いてある。

 平仮名やカタカナを学ばせたいのに、本には最初から平仮名で書いてあるという矛盾。……昔の俺は、どうやって日本語を覚えたんだ?

 頭が混乱しそうになったので、帰ってインターネットで調べることにした。


 食事を取りながらインターネットで調べてみると、分かった事がある。

 まずはカタカナから覚えて、発音をマスターする。

 次に平仮名、更に単語と来て、最後には文法を覚える。

 そのあとに待っているのは漢字だ。その初期段階を知育というらしい。

 俺は独り身だから子育てなんて経験がない。

 どうやって子供が日本語を覚えるのか分からなかった。

 その知育段階は、人を介さないと教えるのは難しいらしい。


 一般的に日本語をマスターするのに2200時間も掛かるようだ。

 1日8時間勉強したとしても275日。長いようで短いような。ただ簡単に話せようになるまでなら、1500語から2000語くらい覚えさせれば充分なんだとか。英語の教科書でも単語を1900個覚える本があった。語彙力なんてそんなもんで充分か。

 日々の暮らしでも四歳で平均1700語を覚えるようで、その辺りからコミュニケーションが取れてくるらしい。大体話せるのは幼稚園児くらいからか。あくまで個人差はあるようだが、まずは単語一辺倒で覚えさせるとしよう。


 あとは日常生活での会話も重要らしい。

 最初は分からない単語が頻発するので、その都度教えてやるのが大事なんだとか。

 そのあたりの知育は数週間で済むみたいだし、そこら辺は休日に時間を取って対応しよう。

 それに子供たちはとっくに異世界語を話せるんだ。手っ取り早く済ませるなら発音から覚えさせて、あとは単語を日本語に置き換えれば良い。まぁ文法の問題はあるだろうが、まずは語彙力から養ってもらわないとな。

 表現だけなら二語文。「私、寝る」や「魚、美味しい」とかでも言葉は伝わる。

 最低でも対話が出来るようになるのを目標にするか。平仮名や発音などの知育が終われば、あとは自分たちで勉強してくれるだろう。その為には『エサ』も必要か。

 なにも地球の魅力は食事だけじゃないからな。

 日本の文化がどれだけ素晴らしいか、『エサ』として教えてやろうではないか。


 そうと決まれば、まずは『絵カード』を作成するか。単語と絵が一緒の紙に書いてあるもの。子供に日本語を教えるにはこれが一番最適らしい。

 幸いにして簡単な絵カードならインターネット上に転がっている。

 あとは国語辞典で調べて、絵カードが無いものを作成すれば良いだけだ。

 写真なら検索すれば見つかるし、それでいこう。印刷、印刷と。

 でも飛行機の絵カードを作ってる時に思ったが、異世界に飛行機なんてあるのか? ……まぁ深く考えないでおこう。とりあえず全部覚えさせると決めたんだ。


 どういった境遇で五人の子供が飢えるようになったのか分からない。

 でもせめて村人が戻ってくるか、生活環境が整うまでは面倒を見よう。すぐに村人が戻って俺がやった事が無駄になるかもしれないが、それでも良い。

 俺としては異世界人と交流を持ちたい。どんな冒険譚があるのかも知りたいし、あの場所を拠点にして、異世界を知り尽くしたいとも思っている。

 なんならあの場所を拠点にしてスローライフを送ったって良い。その為にはまずは出来ることからやっていかないとな。

 そう思いつつ、この日は夜遅くまで絵カード作りに没頭した。

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