異世界領都誕生編 第30話 激突!西園寺VSカエデ①
鬱蒼と茂る森の中に、少し開けた空間がある。
テニスコートよりも狭い場所。その開けた中心に、三人の女性が佇んでいる。カエデとハルカ、それに西園寺だ。
それぞれが背中を合わせるようにして三方向から魔物を来るのを見張っていた。
ここはカエデたちが良く来る魔物討伐のスポットだ。
村の奥にある聖樹の森を抜けて二十分ほど。
薄暗い木々の隙間をハルカに支えて貰いながら歩き、西園寺もようやくここまで辿り着くことが出来た。
来る途中でハルカから簡単なレクチャーを受けたので、聖樹の森まで来た理由は西園寺も分かっている。
要約すれば寄生行為をしてレベルを上げる。
ただそれだけの理由で、西園寺もここまで来たのだ。
その行為がどういう目的なのかは知らないが、西園寺は部外者なので口を挟まなかった。
言われた通りにやるだけ。西園寺は終始それに徹することにした。
カエデと西園寺が淡々と狩りをこなす。
互いに寡黙でいて、必要な時はハルカを通じて話すほど。
戦闘中だからか、カエデは依然として威圧を放っている。
そうした剣呑な雰囲気の中で時が流れていった。
しばらくすると森にゴブリンの死体が溢れだした。
カエデが大雑把に風魔法を使って処理をするが追いつかない。順調に西園寺のレベルを上げようと、ゴブリンを倒す三人の姿があった。
カエデが異世界語で呟くと、すぐにハルカが反応する。
「えとえと。右前方、ゴブリン、一体です」
「ゴブリンね。分かったわ」
西園寺が右前方の茂みを注視すると、一体のゴブリンが姿を現した。ゴブリンも気が付いたのか、西園寺に向かって突進する。
一直線に向かってくるゴブリンに対して西園寺が石を投げつけた。当たったのを確認してから、カエデが風魔法でゴブリンを切り裂いていく。
こうすることによって倒したゴブリンの経験値が二人に分配される仕組みだ。まさに寄生レベリングといった手法。その合間にハルカが地面から石を拾って、西園寺に手渡している。
まだ戦闘を開始してから数刻しか経っていないが、見事に息のあった連携プレーだった。西園寺もゴブリンの討伐数が増えるにつれて、小石の命中率が上がっている。
何も知らないゴブリンからしたら、三人の女性が立ち止まっている姿など格好の餌食に見える。襲わない方が無理があるというもの。
カエデが通称ゴブリンホイホイと名付けていたこの方法だが、レベルアップの手段としては実に効率的なやり方だった。
ふと西園寺の脳裏に、ラジオの周波数が合ったような雑音が響いてくる。ややあって音がクリアになるにつれて、女性特有の柔らかい声が聞こえてきた。
『おっ、ようやく成長して魔力が溜まったようじゃの』
西園寺の脳裏に響いてくる声と同時に、目の前のカエデがたおやかに笑いだした。
西園寺もそこでようやく念話が出来るようになったと気がついた。試しに西園寺も意識を傾けて、カエデに念話を送ってみる。
『聞こえてるわよ。ここは地獄かしら? モンスターのスプラッター映像ばかり見せられて、気分が悪いのだけれど?』
「ふむふむ。それだけ話せれば上等じゃな。ようこそカエデの里になのじゃ。 歓迎するぞ!」
喧嘩口調で念話を送る西園寺とは裏腹に、カエデとハルカが揃って拍手をする。パチパチと鳴らすその様子に、西園寺は目を瞬かせた。
ハルカが胸に手を置いて、祝福するように唄を歌いだしたところで、西園寺が待ったをかけた。
『ちょっとちょっと! さっきまで歓迎されてないようなムードだったのにどういうことよ? あとハルカちゃんも森で無闇に歌わないの!』
剣呑な雰囲気を醸し出していたのはどこへやら。
初対面や道中でもピリピリとしていたのに、一転して拍手や喝采を浴びたので西園寺も困惑する。
「良い良い。初めて村に来た者に対して歌うのは、村の風習じゃからの。あと念話だけじゃと小童には通じぬので、声も出して話そうぞ」
そう言ってカエデがハルカの頭を撫でてやると、ハルカも自分の事を話題にされたと分かったのか、ニコッと笑って会釈をした。
その仕草や行動に西園寺も感服してしまい、思わずハルカに抱きついてしまった。
「ありがとうねハルカちゃん。とても歌うのが上手かったわ」
「おいおい、夕華嬢とやらも少し不用心じゃろうて。まぁ良いがのぅ。ちなみにカエデの里は、わらわが名付けたのでは無いからの? あやつが勝手に決めおったのじゃ……」
不満をあらわにしたカエデが嘆息をつく。
西園寺もあやつという単語で、誰が決めたのか容易に想像がついた。抱擁をやめてハルカに向かって一礼をすると、すぐにカエデの方に向き直る。
「それはなんと言っていいのやら。でも私は良いと思うわよ、呼びやすいから。それよりも、私に対して怒ってるんじゃなかったの?」
当惑しながらも西園寺がおずおずと口を開く。
事の発端は、マコトのスマートフォンを利用して西園寺が宣戦布告を仕掛けたのが切っ掛けだ。
そこまで意識した行動では無かったが、あのあっかんべーという写真はマコトに対してではなく、マコトを取られまいと第三者への挑発行為として西園寺が仕向けた写真だった。
マコトと色々話していくうちに送る相手を間違えたかと思ったが後の祭りだ。写真に載っている誰かなら気づくだろうと思って西園寺も不安になったが、村に招待されたと聞かされて遠からず誰かに知られたのだと悟った。
更にその村が異世界にあることを知らされて、西園寺は喧嘩を売ってしまったことを少し後悔もした。
村に入る時やこの森に来るまで、いつ怒られるのかと内心で冷や冷やしていたが、会話が出来るようになったと思ったら一転して歓迎ムード。西園寺が疑問を抱くのも当然だろう。
カエデがさも余裕があるぞという表情で西園寺を見やる。
「なぁに。あやつが女狐に誑かされたと思うたから、試しておっただけじゃよ。弱い者ほどよく吼えると言うからのぅ?」
「……手厳しい態度なこと。普通なら心が折れているわよ?」
「この程度で折れたり擦り寄ってきたら、あやつを信用してない証拠じゃて。そんな奴とは口も聞きとうないわ」
「それなら私も同感ね。まぁ洗礼だと思って有難く受け止めておくわ。それで……私はカエデ姉のお眼鏡にかなったのかしら?」
「うむうむ。想像以上じゃったのぅ。気品もあるようじゃし度胸もあるようじゃ。夕華嬢は貴族に連なる者かえ?」
「今の日本に貴族制度は無いわ。名残や風習は有るけどね。私の家も元々は貴族だったけど解体したし、今はどちらかといえば商家の娘ってところかしら」
「ふむふむ。そうじゃったか。と、左前方にオオカミ三体じゃ」
カエデの声に反応して、すぐさま西園寺も臨戦態勢を整える。
目標はオオカミ三体だ。オオカミとはこれが初めての戦闘になる。
群れを成している上にすばしっこいオオカミ。小石が当たるだろうかと西園寺が内心で不安に思っていると、ハルカが数歩前にトコトコと歩いていった。
すぐにしゃがみこみ、近くに落ちている小石を拾っている様子を見せるハルカ。そうしている間にオオカミの群れが現れると、たちまちハルカに目掛けて突進した。
目線が合わずまだ気づかれていないと思ったのか、オオカミの群れが同時にハルカを照準にして襲いかかる。
ハルカがボーッとその光景を眺めているのを見て、西園寺が思わず危ないと手を伸ばす。そうしたのも束の間、オオカミたちがギャンと鳴いて何かにぶつかるように倒れだした。
――結界魔法によって守られる光景だ。
西園寺も結界魔法があるから安全だと道中で教えられたが、実際にはどんな使い方をするのかまだ見ていなかった。
初めての光景に戸惑いを見せるが、続いて松葉杖がコツンと倒れる音がして、ようやく西園寺も自身の身体の支えが無いことを知った。手を前に伸ばしすぎたのだ。
為す術もなく西園寺が前のめりに宙に浮く。咄嗟のことだったので手に持っていた小石も地面に落としてしまった。
西園寺が転びそうになった寸前で、カエデが手を前に出して抱きかかえる。
「――っと。小石を当てるなら今じゃぞ。夕華嬢よ」
カエデの声に反応して、ハルカがサッと飛び退いて射線をゆずった。
西園寺も支えられながら真正面にオオカミが倒れていることに気付くと、体勢を整えてポケットに入れておいた予備の小石を投げつける。
当たったと判断したら、すぐにカエデが魔法でオオカミを薙ぎ倒す。
そうしてようやく周りに魔物が居なくなったところで、西園寺が安堵の息を吐いた。
それを見て、カエデがカッカッカッと盛大に笑う。
「どうじゃ異世界と言うところは。ちょっとでも油断すれば一瞬で命取りになるであろう?」
「ええ。嫌というくらいに分かったわ。それに私が、この世界でどれほど無力なのかもね……」
「魔獣なんぞ素人が狙って当てられるものでもないゆえ、そう落ち込まんでも良い。とまぁここで一旦休憩にするかの。夕華嬢もいらぬ神経を使ったし、疲れたじゃろ」
「……下手な気遣いは無用よ。大丈夫。まだやれるわ」
そうは言いつつも西園寺の脚は震えている。
前のめりに倒れることで、階段から突き落とされた光景がフラッシュバックしたのだ。
精神に起因するものは長い年月を掛けなくては治らない。脚をガクガクと震えさせる西園寺を見て、カエデも少し追い込みすぎたかと洞察する。
「ふむふむ、わらわが言うのもなんじゃが……、夕華嬢は少し焦りすぎじゃの。それに流れに身を任せすぎておる。そういった者は大抵周りが見えておらぬからな。夕華嬢も経験があるじゃろうて」
「余計なお世話だって……」
最後まで言い切ろうとする前に、西園寺がハッと我に返った。魔物を警戒しつつ辺りを見回すと、ハルカの気落ちしている姿が視界に飛び込んできたのだ。
消え入りそうな声で「ゴメンなさい」と呟くハルカを見て、西園寺は自分の醜態にようやく気がついた。
ハルカは従者として、オオカミに対して油断を誘う任務をこなした。
だが今しがた西園寺が転びそうになったこと。それにカエデと言い争っている所作の責任は、従者として何も伝えずにオオカミに先走ったハルカのせいだと思い込んでしまっている。それが西園寺の目から見ても、ありありと伝わってくるほどに落ち込んでいた。
西園寺が慌ててハルカに近づいていく。
「ごめんね。ハルカちゃん。私が勝手に躓いちゃっただけだから気にしないでね」
必死に慰めているがこれでいいものか分からない。
どうしたら良いのかとオロオロとしている西園寺に向かってカエデがたしなめる。
「良い良い。何事も経験じゃて。小童どもにはある程度の自主性を持たせておるからの。失敗も経験のうちじゃ。今回は互いに協調性が欠けておったゆえハルカも邁進すると良いわ」
まだ出会って間も無く、言葉が足りない状況なので仕方がないのもある。それでもカエデが慎ましくもヨシヨシと優しく諌めている。村の子供に対して愛情をもって育てているのが垣間見える。
「夕華嬢もこれでわかったじゃろ? 流れに身を任せるものでは無い。慢心は悲劇を生むからの。それだけは西園寺よ、ゆめゆめ忘れるで無いぞ? まぁわらわが言える立場でも無いゆえ、助言として聞くが良いわ」
カエデが遠い目をして、村がある方角に視線を送る。
数ヶ月前に村を襲った悲劇。それをカエデは未だに引きずっている。
全権をマコトに譲ったので、本来は西園寺に向かって異議を唱える権利は無い。カエデが連れてこいと言った手前、無下に扱うわけにもいかなかった。
だが、マコト主導で村の再建を図っているところを、西園寺個人の利得で邪魔されたくは無かった。
だからカエデは一言だけでも、西園寺に文句を言わずにはいられなかったのだ。
「……分かったわ」
その一方で、説教を聞いた西園寺も苦虫を噛み潰したような顔で首肯する。
全てを見透かされている。そんな感覚に陥ったのだ。
確かに西園寺のこれまでの人生は、流れに乗りすぎていたきらいがある。
決められたレールの上を走行して、そのレールが壊れたら辺りが真っ暗になって何も見えなくなった。先行きが見通せなくなった不安から、心が蝕まれていったのが西園寺だ。
カエデの里まで来る経緯だってそうだ。
いくら治癒魔法の存在が知りたかっただけだと西園寺が言ったところで、結局はマコトのことを道具として利用しているに他ならない。
言い訳をしたところで通用する相手でも無い。西園寺も少し自分本位で焦りすぎている感覚があったので、黙ってカエデの意見を受け入れることにした。
重苦しい雰囲気になったところで、カエデが手をパンと叩いて笑みを見せる。
「うむうむ。わらわも少し試しすぎておったから、これでおあいこじゃな。夕華嬢の境遇も理解しておるし馬鹿にしておるわけでも無いゆえ、誤解をせぬようにの」
「こちらこそ、勝手にカエデ姉のテリトリーに入ってしまってごめんなさい。洗礼を受けるのは当然よ。村に来る途中でも、何となくこうなるんじゃないかと思っていたのよ」
西園寺とカエデが互いに顔を見合わせて謝っていると、どちらからともなく笑みを見せた。そうしてそのまま互いに背を向けて戦闘体制に戻る。
森の中では油断をしない。カエデが徹底的に教えこませた異世界のルールを、西園寺もようやく掴めてきたようだ。
カエデがちらっと後ろを振り返るが、そこには真剣な表情で森を見つめている西園寺の姿があった。
これなら今後も大丈夫かと、カエデはここでようやく本題に入ることにした。
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