異世界領都誕生編 第23話 日常
あれから車内で、西園寺からの追及を受けて散々な目にあった。
原因はもちろん魔法にある。魔法を見せて西園寺の目に活力が戻ったかと思ったら、そこからは追及の連続。さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、意外と元気そうじゃないか。
これなら俺が励まさなくても良かったんじゃないか?
それと俺に魔法がどういう原理なのかを聞かれても困る。もう家の前まで着いたんだから、早く降りてくれと言いたかった。
話している途中にも雨が上がって、ようやく西園寺が降りたところで「またな」と言って西園寺家を後にした。
やれやれ。やっと解放された。
これでようやく俺の肩の荷も降りたわけだが、あとは車内の惨状をどうするか。
魔法で水球を出したせいで座席の下が水浸し。おまけに砂まみれの状態だ。
何度も魔法を見せてくれとせがまれたからな。見せると喜ぶもんだから、ついつい調子に乗ってしまった。
だがまぁ、そのおかげで西園寺の表情も明るくなった。陰鬱な雰囲気も無くなったんだから良しとしよう。
俺もあのまま帰ったら西園寺が気になって夜も眠れなかったはず。それに魔法を自慢出来たんだから、俺としても満足だ。
良いことをしたんだから、気持ちを切り替えていかないと。家に帰ってさっさと寝るとするか。掃除はまた今度の休みにでもしよう。
そうして翌日。今日はタクシーの出勤日だ。
魔法を覚えるために連夜の如く異世界まで通ったが、もう初級魔法は覚えたので今度からは休日だけにしよう。流石に毎日は無理があった。
昨日は久しぶりにぐっすり眠れたので余計に実感した。
この十日間で菓子や調味料も充分に運ぶことが出来た。倉庫が在庫で溢れかえるほどだ。これでいつ行商人が来たとしても、カエデが対処してくれるだろう。
それよりも今は本業か。タクシーの仕事を優先させよう。
カエデの里のエンゲル係数は高いんだ。せめて生活費だけでも赤字が出ないようにしないとな。そう思って家を出る。
会社に出社して、まずは簡単な車両チェックを済ませる。そうしてタクシーに乗って出庫すると、すぐにカーナビから音がなった。
タクシーの配車メッセージ音だ。
画面の表示を見ると『指名依頼 西園寺』と書かれてある。
……やっぱりか。そうなるかと思ったんだよ。
昨日の今日だもんな。
すぐに西園寺家まで向かう。会社からはそんなに離れていない。
着く頃には家の門前に立つ西園寺の姿を見かけたので、停車後にドアを開いて応対した。
開口一番に西園寺が「駅まで」と告げてきたので、乗車したのを確認した後にすぐにタクシーを発進させた。
「遅いじゃないの。あなたが出社したら、直ぐに向かわせるように電話で言ったのに」
いつものように西園寺が愚痴を言ってくる。
良かった。これでこそ俺の知る西園寺だ。
「これでも急いだ方なんですけどね。それだったら他の運転手を呼んで下さいよ」
「嫌よ。だってあなたじゃないと聞けないでしょ? それとも他の人に聞いても良かったのかしら?」
バックミラーを確認すると、西園寺が不敵な笑みを見せてニヤニヤしていた。
うーむ。これはあれか。
俺を脅そうとしているのか?
分かって言ってるんだろうが、念の為に注意しておくか。
「待った。西園寺さん。色々聞きたいのは分かった。でもな、タクシーは車内カメラが付いてるから下手な発言は控えて欲しいんだ。万が一でも誰かに見られる可能性があるんでね」
後部座席にいる西園寺に、心中を打ち明ける。
魔法のことなら昨日のように、自家用車で話すくらいなら構わない。もし他人に喋ったとしても、俺が魔法を使えるという証拠はないんだから。それに他人に言いふらしたところで手品だと思われて終いだろう。
だが、今はタクシーの車内。このあと万が一でも事故やクレームが起きれば、第三者が録画した映像を確認する。だから魔法の話は極力避けて欲しかった。
強い口調で言ったからか、後ろから「むー」と拗ねた声が響いてくる。
「冗談よ、冗談。助けてもらった恩人に、そんなことをする気なんてさらさら無いわ。誰にも話さないから安心しなさい」
「それなら良いんですけどね……」
「それとその接客口調もよ。気持ち悪いから、昨日みたいに素で話しなさいな。私のことは呼び捨てで構わないから」
気持ち悪くて悪かったな。これだって俺の素なんだよ。
「……それなら普段通りに話すけどな。それより昨日はあれからちゃんと眠れたのか? 風邪とかひいてないだろうな?」
「おかげさまでぐっすり――って眠れるわけ無いでしょ! それに昨日のことはあまり人には話したくないの。朝から話す内容でもないから。それでも聞きたいって言うのなら話すけど?」
「いや……軽率だったな。悪い」
まぁ心配したからと言って、人に聞くもんでもないか。
運転しながら話すと、どうも気が回らずに会話が疎かになる。余計なお世話だったか。
会話が続かなくなった俺を見てか、後部座席から西園寺の溜息が聞こえてくる。
「心配しなくても、私はもう大丈夫よ。あと『NAIN』を登録するからスマートフォンを貸してくれない? ほら、昨日は聞きそびれちゃったでしょ?」
「NAINか、うーむ……」
NAINとは電話番号で登録できるチャットアプリだ。俺も会社仲間や家族にメッセージする時に使うのでインストールはしてある。
西園寺と連絡先を交換するのは構わない。
魔法の話みたいに会社を通さずに直接話したいことだってあるだろう。ただ流石にな。
「ってかなんで、俺のスマホを西園寺に渡さなきゃいけないんだ。降りる時で良いだろ……ってそれもまた面倒か。まぁいいやもう。ほらよ」
そう言いつつも、俺はスマートフォンを西園寺に手渡す。運転中なので目視をせず、ポケットから無造作に差し出した格好だ。
別に見られて困るものは何も無い。
ゲームも一般向けのものしかインストールしてないからな。要求の幅としては大きいが、それで西園寺の機嫌が治るのなら良しとしよう。
「あら、素直にくれるのね。暗証番号は?」
「……120000だ。どうせ断っても結果は変わらんからな。あと変なところは見るなよ。絶対だぞ」
西園寺に念を押して注意しておく。
特にブックマークとかは男のプライベートだから覗かないで欲しい。
ダウンロードした画像も同じくだ。
あと余談だが、暗証番号は自分の名前からだ。
『蛭間 真』、呼び方としては『ヒルマ マコト』。
だから子供の頃のあだ名は逆にして『真っ昼間』と呼ばれていたので、12時ちょうどで120000にしてある。まぁそれは良いとして。
西園寺がNAINの設定を終えるのを、運転しつつもまだかまだかと待ちわびる。
人にスマートフォンのデータを見られるのは、ちょっと気恥ずかしい。
西園寺も真剣になって俺のスマートフォンを弄っているのか返事が無い。NAINの設定でそんなに時間は掛からないと思うんだが。
「そろそろ設定出来ただろ? まさかとは思うが、違うところなんて見てないよな?」
「……交友関係って少ないのね。奥さんや彼女らしき人も見当たらないわ」
「やっぱり見てるんじゃねぇか! 勝手に人のプライベートを見るなって」
「登録する時に見えたからたまたまよ。あと聞きたいんだけど、ロック画面の女性って誰なのかしら? 子供たちと一緒に写ってるみたいだけど」
「ロック画面? ああ、待ち受け画面か。それはだな。なんと言うか……」
そういえば以前カエデにスマートフォンの説明をする際に、カメラ機能を教えようと写真を撮った記憶がある。子供たちと集まって中々に良い写真が撮れたので、待ち受け画面にしたんだったか。
カエデの耳は長いし、子供たちの髪もカラフルだ。コスプレ写真だと言って通用するとは思えない。
かと言って異世界だと言うのもな。タクシーの車内では言いにくいし、どうしたものか。
「ふーん……教えないんだ。なるほどね」
俺が返答に迷っていると、後部座席からカシャッと撮影音が鳴った。
バックミラーで確認すると、どうやら俺のスマートフォンで西園寺がなにかを撮影したらしい。
ちょっとでも放っておくとすぐこれだ。俺のスマホで遊ばないで欲しい。
「今度はなにやってんだよ。そろそろ駅に着くから返せって……」
運転中なので気が気じゃない。
たまに一般客でも後部座席で写真を撮る人がいるのでシャッター音は苦手なのだ。下手をしたら助手席の前に掲げてある乗務員証まで撮る人もいる。何に使うのかと言いたいくらいだ。
西園寺も飽きたのか、ようやく俺のスマートフォンを助手席に置くようにして返してくれた。
「電話帳の写真欄が空いてたから、自撮りで私の写真を設定してあげただけよ。それと私の事もちゃんと忘れないように、スライド形式で待ち受け画面にしておいたからね」
「そりゃどうも。嬉しすぎて涙が出そうになったわ」
「でしょでしょ? 感謝しなさいな。あと私のチャットが来たら、いつもとは違う音が鳴るように設定したから。だからすぐ確認するようにね」
「勝手なことをするなって……。仕事中はサイレントにしておくぞ」
「あなたに色々聞きたいことがあるんだから必要な措置よ。あなたは昨日、私に言ったわよね? 世の中捨てたもんじゃないって。まだ私はそれを証明してもらってないわよ?」
「そういうつもりで言ったんじゃないが、俺にどうしろと?」
「簡単なことよ。……私を見捨てたりしないわよね? 信じて良いのよね?」
後ろから西園寺の消え入りそうな声が届くが、何を心配しているんだか。見捨てるつもりなら、とっくの昔に見捨ててるっつうの。
まだ昨日のことを引きずっているのか?
「なにを感傷的になっているのか知らんが、まぁできる限り努力はするよ。……その脚のこともな。だから安心して出掛けてこい」
ちょうど信号待ちになったところだったので、振り向いて視線を交わしつつ答えてやった。ついでにスマートフォンも助手席から回収しておくことも忘れない。
魔法と言っても、西園寺が一番聞きたかったのは治癒魔法に関してだろう。治癒魔法があるか無いかで俺の必要性も変わってくるはずだ。
治癒魔法で脚を治せるかは分からないが、せめて脚が良くなるまでは面倒を見よう。これも何かの縁だしな。
俺の返答に満足したのか、西園寺が助手席のヘッドレストに身体を預けて流し目を送ってくる。
「そう。今はその発言だけで充分よ。あなたが私の心の支え。拠りどころなんだから大事にしてね?」
横顔で笑みを見せる西園寺に対して、思わずドキッとしてしまった。
……反則だろ、その笑顔は。
冷酷なイメージが強かったけど、こんな一面もあるんだな。
冗談なのは分かるが、心の支えだと言われるとちょっと照れ臭い。西園寺が姿勢を戻しても、上手く言葉を返せなかった。
信号機の表示が青に切り替わったので、タクシーを発進させる。
「それじゃあ私は行くわね。あとでNAINを送るから、ちゃんと見るようにね。良い? 分かった?」
「返事には期待するなよ。仕事中は画面を見るのも精一杯なんだから」
「それで良いわよ。それじゃあまた今度ね」
西園寺が精算用にタクシーチケットを渡してくる。
そうして目的地である駅前に着いたのでドアを開けると、西園寺が手を振りながら降車して、松葉杖をついて駅まで歩いていった。
最後になんとか降車時に「また今度な」と返事はしたが……正直これで良かったんだろうか。
正直、騙しているような気がしてならないが、まぁなるようになるか。
そうして西園寺の姿が見えなくなるまで見送ってから、俺はタクシーを発進させた。
……なんだか俺って西園寺に頼られてないか?
それに最後は良い雰囲気だったような気がする。最初は嫌われていると思ったのにな。
そんな風に考えながら走行していると、不意に『ペケポン』と気が抜けるような音が鳴った。聞き慣れない音だったので、近くの小道で停車してスマートフォンを確認する。
音の正体は、さっき別れたばかりの西園寺からのNAINだった。こんな音に設定したのか。
仕事中に目立つような音は辞めて欲しいのに。
それと……待ち受け画面を見てビックリした。
西園寺が自撮りした画像がそこには映っていたのだが、問題は被写体だ。
まさか西園寺が舌を出してあっかんべーとしている写真を撮って、待ち受け画面に設定してくるとは思わなかった。
最後に良い雰囲気だったのは、冗談だと言う当てつけか?
……まぁなんにせよ、まずはメッセージを読んでみるか。
西園寺から来たメッセージの内容は、俺の仕事が何時に終わるのかの確認だった。
別に俺の仕事がいつ終わろうが、西園寺には関係無いだろうに。
既読が付いたのを確認したのか、その後も頻繁に西園寺からメッセージが届くようになった。
いわく、俺の仕事が終わったら、西園寺の家まで迎えに来て欲しいだの。その後はどこか落ち着いた場所で話したいだの。
よほど魔法のことについて聞きたいんだろう。抑えられない気持ちが伝わってくるが……明日も俺は仕事なんだよな。
だから今日は難しいと適当に返事をしておいた。
それにタクシーの仕事は勤務時間が長いから、西園寺家に迎えに行ったとしても夜遅くになる。
また別の日に改めても良いかと再度メッセージを送ると、西園寺からどうしても今日が良いとの返事が来た。どうやら俺の仕事が終わるまで待ってくれるらしい。
難儀な奴だ。明日も仕事なんだぞと。限られたインターバルの中でどれだけ休息するかがタクシーの大事なところなのに。
まぁ良い。先週はその時間を魔法の修行に費やした俺だ。早く魔法が知りたいし聞きたいんだろう。その気持ちも分からんでもないし、今日だけなら西園寺に付き合ってやるか。
あと昨日のことについても少しだけ返答が来た。
なんでも西園寺が働く会社で人事異動があったらしく、西園寺が隅に追いやられたらしい。
他の会社で働くとか退職のことで相談にのってやろうかと送信したら、新しい就職先は見つかったから心配しないでとの返事が来た。
どうやら転職先も上手く決まったようだな。
俺も助けたかいがあったというもんだ。
そうして他愛もないチャットを繰り返しつつ、今日の待ち合わせの時間を決めていった。
西園寺としてはやはり魔法について聞きたいらしく、個室があるところで話したいとメッセージが来た。
最初はホテルとかを提示されたが、それは俺が断固として断った。
普通の高級ホテルを借りるつもりだろうが、誰かに見られたりしたら誤解を生みかねないし、会話目的で使うには高すぎる。
それと個室がある酒場も断った。ああいうのは壁が薄く、他の部屋の声が筒抜けだったりする。
高級料亭も深夜に空いてないので論外だ。
俺と西園寺には経済力で差があるのは分かるが、流石に俺も男だから半分はお金を出したい。
そうして紆余曲折を経て、最終的に決まったのはカラオケ屋だった。
カラオケ屋なら近場で済むし経済的。何より防音にも優れていて飲食も出来る。会話をする条件としてはこの上ない場所だ。
西園寺としては不服そうだったが、他に気軽に話せる場所なんてどこにも無いからな。
そうして俺は多少早めに仕事を終わらせてから、西園寺の家まで向かうのであった。
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