第二章 現実世界企業連合創立編 第49話 行商人との出会い
二乃の家から離れ、自家用車で異世界へと出向く道中。俺たちはさっきまで居た二乃の部屋について語らった。
二乃が出発前に一度、部屋の明かりをブラックライトにして見せてくれたのだ。
そうすることによって部屋に飾ってある牛の人形の目が妖しく光ったりする。
自慢するかのように部屋を見せてくれた二乃だったが、西園寺の反応はイマイチで。今も車内で悪趣味だったわねと嘲笑されたりしていた。コラコラ後部座席で喧嘩するな。
西園寺も今まで他人の部屋を見たことが無かったらしく、世の中の自室はあんなに個性で溢れているのかと俺に聞いてくる。
俺も他人の部屋なんてそこまで入ったことは無いんだが、まぁ部屋の模様や人形を置くまではあるんじゃないかと無難に答えておいた。二乃の部屋だけが個性に溢れている可能性もあるんだけどな。
そこら辺を織り交ぜつつも、時には俺も会話に加わったりして楽しく道中を運転した。
やがて山道を抜けて異世界に繋がるゲートをくぐる。すると景色が一瞬にして雑木林に変わった。毎回言ってるが、この瞬間だけはどうも慣れないな。
二乃も二回目ともなると軽いピクニック気分のようにはしゃいでいるし。まぁ毎回緊張感を伴っても疲れるだけだから今日だけは大目に見るか。
そうして雑木林に入って舗装されてない道を進むと、何やら人が近づいてくる気配があった。
「おい、あれってカエデじゃないか?」
俺は徐行しながら運転している車をゆっくりと停止させた。
後部座席に乗っている西園寺も、風魔法を使って器用に飛ぶカエデの姿に気づいたようだ。
「確かにそうね。急いでるのかしら?」
「ああ、村で何か異変でもあったのかもな。一旦降りて話を聞いてみるか」
俺はそう言ってシートベルトを外し、車外へと降車する。その頃にはカエデも、もう俺たちの前まで到着していた。
バタンとドアを閉じるとカエデが俺の前に立つ。
「おぉ、ちょうど良いところに来おったわ」
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「いやのぅ。今しがた見回り部隊から連絡があっての。どうやらルルーナが新しい村人を引き連れて、聖樹の森の端まで戻ってきたようなんじゃ」
「マジか! 予定ではもう少し先だったはずだろ?」
「うむうむ。まぁ小童らの移動速度を加味してのことじゃったから誤差はあるがの。それにあやつは少し、大雑把なところもあるゆえ……」
カエデが腕を組みながら、うーむと唸る。
あやつって誰だ? ルルーナのことか?
カエデが予想して日数を立てたんじゃ無かったのか?
疑問に思っていると、間があったからかカエデが言葉を継ぐ。
「……まぁ良い。それよりもこれから迎えに行くんじゃが、おぬしらも来るかえ?」
「あぁ。まずは行ってみて、どういう人たちが来たのか確認しないとな。このまま車で移動しようと思ってるんだが、カエデも一緒に乗るか?」
「……ふむ。ならばそうさせてもらおうかの。村長よりも目立つことは避けたいゆえ。あちらに着いたなら、おぬしに対応は任せるからの?」
「出迎えるくらいの対応なら俺にでも出来るって。それじゃあ急いでるようだから直ぐに出発するぞー」
後ろに居る西園寺や二乃にも聞こえるように言いながら、俺はドアを開けて再度車に乗った。
村の子供たちも、遅れて護衛と一緒に来るらしい。先陣を切るなら俺たちだけでも充分だ。
新しい住民が来たのなら、まずは村に行くよりも出迎える方が先だろう。
そうして俺たちは予定を変更して、聖樹の森の端まで車で向かうことになった。
ややあってカエデの案内のもとで、森の外れまで移動する。
聖樹の森の端がどうなっているのか分からなかったが、辺り一面に地平線のような平原があるだけだった。
たまに岩肌も見えるが、あるのはそのくらいだ。本当に何もない土地なんだなと実感する。
そんな森と平原の境目とも言えるような場所に、子供たちがわらわらと群がっている。
それこそタクシー待ちの行列のようにお行儀よくじゃなくて、それぞれがペアだったり集団だったりして固まっているダンゴ状態だ。
車に近づいてくる危険性もあったので、ある程度離れた場所で停車をしてから俺は様子を伺った。
うーん。ざっと見る限り、五十人くらいは居そうだな。
どこが二十人くらい孤児を連れて来る予定だよ。倍以上居るじゃねぇか。
「果てさて。困ったことになったのう……」
車から降りたカエデが、どうしたもんかと天を仰ぐ。
ちょっと想定外の人数だよな。連れて帰ってくれとも言えないし。
増えた分に関しては人数調整して食料を補うしかないか。食料調達や農業も、急ピッチで進めないとな。にしてもだ。
「よくもまぁ、これだけの人数を集められたもんだ……」
俺は改めてどんな人たちが来たのかと確認する。
見ると子供たちが多いようだが、大人もちらほらと混じっている。エルフとか、冒険者風の格好をした人たちだ。
エルフの方は見回り部隊だと分かるんだが、あの赤いバンダナを巻いた海賊風の女性は一体誰なんだろうか。大人の集団の中でも一際異彩に見える。
冒険者なのか腰の両脇に剣を差し、威圧感バリバリのオーラを放っていて目立つことこの上ない。あれも移住者だったりするんだろうか。
もし異世界で最初にあんな人と出会っていたら、俺は即座に日本まで逃げ帰っていただろうな……。
その横には今回の長旅に参加したルルーナもいるようだ。
眼鏡を掛けた委員長風の女の子で、俺と視線があったからかブンブンと手を振ってくる。
俺によく懐くからか、どうしても贔屓目で見ちゃうんだよな。これが親心と言うものなんだろうか。
……そういえば近くに行商人の姿が見えないけど、何処に行ったんだろうか。会ったことが無いので、行商人がどういう姿なのかは知らないが。
俺のイメージだと、行商人の格好は恰幅の良い男性とかインテリ風の男性、はてまた猫商人だったりするんだよな。異世界系漫画やアニメでは定番の格好だし。
でもそういった姿を想像して辺りを探してみるも一向にそれらしき人物が見当たらない。せっかく初めて会えると思って期待したのに。馬車は見えるから幌の中にでも居るのだろうか。
これだけ巡り合わせが悪いと、避けられているような気もしてくるぞ……。
まぁ嘆いていても仕方がない。
とりあえずルルーナと話してみて、それから考えよう。長旅で疲れているだろうから、労ってやらないとな。
それに物騒な人がルルーナの横にいては俺の気持ちも休まらない。まずは統率を取らないと始まらないし、ルルーナをこっちに引き寄せるか。
幸い自動車に注目が集まっているからか、新しく来た住民も、俺の方に視線が偏っている。
今なら自然体にルルーナを海賊風の女性から引き離すことが出来るだろう。
行商人が雇ってきた冒険者かなんだか知らないが、俺の目が黒いうちはルルーナを悪の道には進ませんからな!
俺は意を決してルルーナの下まで歩いていく。
俺には演説なんか出来ないし、適当に喋ってあとはカエデに任せよう。
一歩一歩と進む度に、ルルーナがぴょんぴょんと飛び跳ねているのが見える。
「見てくださいっ! 見事やり遂げましたですよ!」
しばらくして近づいていくと、ルルーナが快活な声で俺に抱きついてきた。
元気なようで安心した。
ここまで子供たちを連れてくるのも大変だったろうに。人数は想定外だが、ちゃんと褒めてやらないとな。
「おお、そうか。よしよし、偉いぞ」
「エッヘンです!」
鼻を高くしたルルーナが眼鏡の端をクイッと持ち上げる。まだあどけなさが残る年頃だ。見ていてホッコリするな。
思わず高い高いの要領で抱き上げて、クルクルと回してやった。ルルーナも嬉しいのか笑顔でキャーキャーと叫んでいる。
何処にでもある光景だろう。ただ一つ違うところがあるとするならば、俺は徐々に回転数を下げながら、ゆっくりと後退しているってことだ。
このままこの場所から離れても不自然じゃないはず。
苦肉の策だが、短時間では俺にはこの方法しか思いつかなかった。
そうして俺はルルーナを抱えたまま、ゆっくりとその場から離れていこうとする。
隣にいる海賊風の女性と極力目を合わさないようにして、カエデのところまで戻ろうとしたが、数歩歩いたところで肩をガチっと掴まれた。
……やっぱり駄目か。ちょっと無理があったな。
俺がギギギと振り向くと、遅れて念話が飛んでくる。
『ちょっとアンタ。アタイを無視して、何処に行こうって言うんだい?』
中々に迫力のある声が頭に響く。
踵を返して海賊風の女性をよく見ると、帯刀している剣の柄に手をかけて、ルルーナに視線を向けているのが見えた。
おいおい、冗談も通じなそうな人だな。
冒険者ってみんなこうなのか?
俺は宙ぶらりんになっているルルーナを一度降ろして、カエデの下まで向かうように指示を出した。ルルーナも不思議そうにしていたが、俺の言うことをちゃんと聞いてカエデのところまで走ってくれた。
これでルルーナが巻き込まれる心配は無くなったか。あとは目の前の問題について対処するだけだ。
まずは代表者同士で話し合いたかったけど、行商人の姿も見えないから、もうこの人でいっか。この人が冒険者集団のリーダー格っぽいし。
俺は襟を正して、ひとまずお辞儀をする。
『長旅お疲れ様でした。ここから先は結界内となりますので、軽く審査をしてからの入村となります。歓迎などの儀式は、村に着いてからとなりますので、あともうちょっと御辛抱願えますか』
と、丁寧な言葉で接したが、肝心なところが抜けていた。
いかんな。どうも緊張している感じがする。もう普段通りに接しよう。
俺は深呼吸して、もう一度言葉を継ぐ。
『申し遅れたが、俺は聖樹の森で村長をやっている蛭間真だ。宜しくな』
そう俺が念話を送ると、海賊風の女性は値踏みをするかのように顎に手をかけた。鋭い目つきで俺を睨み、何かを考えているようだ。
『ふぅん、アンタがあの村の村長ってわけかい』
『……そうですけど、あなたは?』
『見て分からないのかい? アタイは――』
そう言いかけて海賊風の女性がはたと止まる。
視線が俺と合ってない。どうやら後ろにいるカエデやルルーナたちに視点が行ってるようだ。
振り返って後ろを見ると、どうやら遅れて村の子供たちがやってきたらしい。ルルーナと子供たちが合流して抱き合っている様子が伺えた。
感動して泣いてる子もいるようだ。無理もない。安全が保証されない世界での旅だ。命を落とす危険性もあっただろう。それを買って出たルルーナは本当に偉いと思う。
カエデもヨシヨシと頭を撫でているし、ルルーナはもう村には欠かせない存在になっているな。
『……あの子が気になるんですか?』
『いや、余所者なのに、あんだけ歓迎されてるとは思ってなくてよ……』
微笑ましい光景を見てだろうか。海賊風の女性が照れた表情で頬をポリポリと掻く。
ああ、なるほどな。長旅でルルーナに情が移ったのだろう。
どうやらルルーナが突破口になりそうだ。
正直、異世界人と何を話したらいいのか分からなかったし、まずは共通点から攻めていくか。
『余所者なんてとんでもない。ルルーナはもう立派にうちの村の一員ですよ。元々は視力が悪くて目が見えない子だったんですけど、俺が眼鏡を与えてやったら、途端に明るくなってね』
『へぇ。話しには聞いていたけど、アンタがあの眼鏡をやったのかい。連れてきたガキの中には目が悪い子もいてよ。重宝させてもらってるぜ』
『ああ、ルルーナにやった予備の眼鏡ですか。お役に立てたなら良かったです』
そういや検査用で使った眼鏡が余ってたか。
新しい住人になる子供たちを見ると、眼鏡を掛けた子がチラホラといた。応急用に掛けているんだろうが、ここに来た以上、ちゃんとした度数の眼鏡を渡してやらないとな。
『けどよぉ……、本当に良かったのかい? あんな高価なモンを貰っちまってよ』
『眼鏡ですか? それだったらお気になさらずに。困ってる時はお互い様ですよ。俺もルルーナの笑顔が見たくて買っただけですから』
『ルルーナの笑顔……?』
海賊風の女性が感銘を受けたのか、驚きの表情を見せる。
やはりルルーナが攻めどころで間違いなかったようだ。
今後のことも考えて、更に一歩踏み込んでみるか。
『そうですそうです。いやぁ。そのおかげもあってか、俺もルルーナにはだいぶ懐かれましてね? すっかり俺も娘を持った気分ですよ。まぁ今では実質、ルルーナの親代わりみたいなもんですかね。はっはっはっ』
『へぇ……。ルルーナの親代わりねぇ……』
俺が笑うと、海賊風の女性も頬をヒクヒクとさせながら目を細める。
愛想笑いのつもりなんだろう。
どうやらルルーナの話題が功を奏したようで、人格者だと思われたようだ。
……なんだよ。気さくに話せるじゃないか。
やはり人は見た目で判断するもんじゃないな。
ルルーナという共通点が見つかって良かった良かった。
俺が談笑しているのを見て、カエデたちも歩いてきたようだ。
「どうやら、歓迎は上手くいったようじゃの」
「あぁ。だから言っただろ? 俺でも歓迎くらいなら出来るって」
「それにしては、物騒なものを持ち出そうとしておったがのぅ……」
カエデからの鋭い指摘が飛んでくるが、なんとでも言うが良い。今の俺は気分が良いからな。
それはそうと、カエデにもこの冒険者の方を紹介してやらないとな。えっと、そういえば名前を聞いてなかったな。俺としたことが大失態だ。
『あのー、すみませんが名前を伺っても……』
社会人として、あるまじき行動をしてしまった俺だったが、失礼のないように訊いてみる。
すると、海賊風の女性が合点が言ったかのように手をパァンと叩いた。
風船が破裂したかのような甲高い音が辺りに響く。
ビックリしたなぁ、なんだよもう。
『決めた。アタイは決めたよ!』
『……決めた? 何がです?』
名前を聞いたのに、何を決めたと言うのか。
どうやら伝わって無いようだと思い、改めて念話を送ろうと思ったら、海賊風の女性が俺の肩をガシッと掴んできた。
そして次に、とんでもない言葉が飛び出す。
『アタイは今日から、アンタの愛人になるってことさ! 覚悟しときなっ!』
そう言って、海賊風の女性がいきなり顔面を近づけてキスしようと迫ってきた。
すんでのところで首を曲げて回避したが、避けられるとは思ってなかったのか、今度は俺に抱きついてくる。
ちょっと待て。急にどうしたんだ。
まさか酔っ払ってるんじゃないだろうな。
というか抱きつくというより、これじゃまるでサバ折りだよ! 痛いから!
振りほどこうとすると、横から声がする。
「なーにやっとるかえ!」
カエデが鬼の形相で怒号を飛ばしてくる。
俺も言い訳したかったが、抱きしめる力が強いからか声も出ないくらいに苦しい。
助けて欲しかったが、俺の意に反してカエデと海賊風の女性とで会話は進む。
《なーに、ルルーナがこれだけ懐くんだ。それだったらもう一人くらい、ガキをこしらえてみるのも悪かねぇなと思ってよ》
《そなたは何を言っておるのじゃ……、駄目に決まっておるじゃろうに!》
《固ぇこと言うなって。愛人枠なら構やしねぇだろ?》
《良くないから言っておるのじゃあぁぁ!》
カエデが地団駄を踏みながら不満の表情を浮かべる。知り合いなのか?
異世界語で喋ってるからか内容が分からんが、カエデが怒ってくれているのは伝わってくる。
そうこう話している間にも拘束も緩んだので、俺はすかさず海賊風の女性から離れてカエデの後ろまで行った。
隣で二乃が「カッコ悪い……」と野次を飛ばしてくるが気にするもんか。
俺は頼れるものは、何でも頼る性格だぞ。
「おいおい、一体どういうことなんだカエデ。悪いが説明してくれないか。こいつは敵なのか?」
俺は小物感を出しながら、カエデの後ろでコソコソと隠れるようにして問いただす。
カエデも俺を見て、うっとおしそうにしながらも答えてくれた。
「ああ、うむ。お主には言わなかったのも悪かったかの。この者は――」
と、カエデが言おうとしたところで海賊風の女性が手を前に出して制止をさせた。そのまま海賊風の女性がくるりと手を軽く敬礼するかのように掲げて、歯を見せた笑みを浮かべる。
『ヨッとっ! 返事が遅れたな! アタイがルルーナの親にして、行商人のララーナだよ! 以後ご贔屓になっ!』
ララーナと答えた女性が、チーッスと言わんばかりに愛想良く俺に返事をした。
こうして新しい住民を巻き込んだ一連の騒動が幕を上げたのであった。
タクシー運転手ですが、異世界で領主になりました 三芝フィード @minyaiminyai
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