第14話 建設とファクトリー
〈ランティス錬金学校〉の廊下には奇妙な存在が多くいる。
例えば中身空っぽの歩く鎧。
例えば翼の生えたライオンに跨り移動する生徒。
例えば
1つ1つに驚いていたらキリがない。
そんな奇妙な存在たちを避けつつ、ラタトスク組の教室にたどり着く。
並ぶ机と椅子。机それぞれに1個ずつ小さな錬金窯が乗っている。
「あっ! 同じクラスだね。イロハ」
元気いっぱいにフラムが挨拶してきた。
「知り合いがいて良かったよ」
「ホントだね~! 知り合いって言えばほら、ジョシュアも居るよ」
ジョシュアは一番後ろの席に座ってる。
「ちょっと。教室の入口で止まらないでくれる?」
知った声が後ろから聞こえる。
振り返ると、上目遣い睨みをするヴィヴィが居た。
「ようヴィヴィ。お前もラタトスク組か。よろしくな」
「うるさい。どいて」
ヴィヴィはそう冷たく返して、通り過ぎるかと思えば、なぜか俺の側で立ち止まった。
「……余計なことはしなくていいから」
「余計なこと?」
「新入生代表あいさつの時のことよ。気づいてないとでも思ってるの?」
……壇上からだと筒抜けだったか。
「礼は言わないわよ」
「期待してないよ」
ヴィヴィは教室に入っていく。
ヴィヴィが教室に入ると、教室に居る生徒の3分の2ほどが顔に緊張を走らせた。恐らく、ヴィヴィの父親のことを知ってるであろう〈アルケー〉出身の面子だろう。
ヴィヴィは一番後ろ、窓際の角っこに座る。するとヴィヴィから遠い席からドンドン埋まっていった。
「なんか、嫌だね。こういうの……」
「そうだな」
フラムに同意する。
俺は空席だったヴィヴィの隣の席に座る。
ヴィヴィは不満そうに俺のことを見る。
「あのね、さっきも言ったけど――」
ヴィヴィが言葉を言いきる前に、フラムがヴィヴィの前の席に座った。
「……あなたたちね……」
ヴィヴィは呆れた様子で言葉を引っ込めた。
ちなみに俺の右隣りはジョシュアである。
席が全部埋まったところで、教師と思われる男が教室に入ってきた。
恐らく、教室に居る全員がその姿を見て息を呑んだであろう。
その男は両腕が生身ではなかった。金属の腕だったのだ。鋼色をしている。
歳は20半ばほどか、少し気弱そうな面持ちの男だ。
「すみません、遅れました。僕がこのクラスを担当するアラン=フォーマックです」
生徒たちは先生の顔よりも腕に注目している。その視線にアラン先生も気づく。
「ああ、この義手が気になるのかい? 凄いでしょ~、僕が自分で作ったんだ。生身の腕より腕力もあるし、感覚の伝達も早いんだよ~」
自慢風に語るが、そういうことじゃないだろう……。
「さて、自己紹介も終わったことだし本題に入ろうか。えーっとね、まず授業の開始は一週間後になります。
「「花蝶の月?」」
俺とフラムは声を重ねた。
「……花蝶の月の38日はあなた達の国で言うところの4月8日よ」
「あっ、ごめんごめん。外部生にはまず月日の数え方を説明しないとだね」
ヴィヴィの声が届いたか定かではないが、アラン先生はこの国の月について説明を始めた。
なんでも〈アルケー〉は一年が六カ月で、一か月の長さが約60日だそうだ。
1月2月をまとめて
3月4月が
5月6月が
7月8月が
9月10月が
11月12月が
これが〈アルケー〉の月である。
「一週間授業がないと言っても暇ってわけじゃない。むしろこの一週間はとても忙しくなるだろう。君たちにやってもらう大きなことが2つあるんだ」
そう言ってアラン先生は紙をクラス中に配る。
紙に書いてあったのは俺の名前と、住所? のようなものだった。
『イロハ=シロガネ 〈ランティス〉城下町11番通り21号』
ふむ、これを配られた意味がまったくわからない。
「いいですか皆さん、この学園には寮はありません。だからと言って君たちに家、部屋を貸すこともない」
「え!? じゃあどこに住めばいいんですか!?」
フラムが聞く。
「住む家は
「「「えぇ!!?」」」
なるほど。じゃあこの住所にあるのは、俺に与えられた土地か。
「横暴だ!」
「聞いてねぇぞ!」
クラス中で動揺の声が上がる。
「静かに……」
「家作るとか、超めんどいんだけど……」
「た、大変そうだよね……今日中に作らないと野宿だし……」
「静か――」
「寮に入るって私聞いてたんだけど!」
「そうだよ! 事前に説明しておくべきでしょ!」
――ズガンッ!! と、銀の影が教室の後ろの壁に突き刺さった。
それは人差し指だ。アラン先生の金属の指が発射され、弾丸の如き速度で壁にめり込んだ。
アラン先生は人差し指の無い方の手で、唇に人指しを立てる『静かに』ポーズをとる。
「静かにしようか」
笑顔でアラン先生は言った。その笑顔の先にはちゃんと殺意がある。
「「「「はい」」」」
クラスは静まり返った。
突き刺さった人差し指は煙を吹かしながら壁から飛び上がり、アラン先生の元へ戻っていった。
「これがまずやること1つ目ね」
家の建築に加えてやることがもう1つ……気が重いな。
「やること2つ目はファクトリーに入ること。この学校にはファクトリーと呼ばれる団体が多数存在している。授業とは別に、錬金術の追究をする場所だ」
ファクトリーって聞くと、工場や製造所などの物づくりをする拠点のイメージがある。
「例えばポーションを研究するファクトリー、例えば錬金術でお菓子作りに励むファクトリーとかね。ファクトリーに入ることで先輩や顧問の先生とパイプを持てたり、授業じゃできない尖った研究をできたりする。結構大事だよ。よーく考えて決めてね。
『家の建築』、そして『ファクトリーへの入団』。これがこの一週間で君たちがやることだ」
家の建築なんて普通に考えれば一週間で、それも1人で出来るわけがない。錬金術なら何とかなるか? 今のところ、俺の頭に一切プランはない。
それにファクトリー……これも見学とか色々しないとだし、一週間は短すぎる。
「ちなみに家の建築資材はすでに敷地に置いてある。一階建ての家ができるぐらいの木材とガラス、あとトイレ、洗面台、風呂の錬成・合成に必要な資材は置いてある」
最低限の設備を搭載した家は建てられるというわけか。
「もし他に資材が欲しければ学校の裏にある樹海や〈ユグドラシル〉で採取していい。ただし、〈ユグドラシル〉で採取を行う場合は必ず僕に許可を取ること。僕は大体自分のファクトリーである〈モデルファクトリー〉の研究所に居るからね。ファクトリーの場所はこの学校の一階南廊下だ」
〈ユグドラシル〉、あのでっかい樹か。
「最後にみんな知ってると思うけどこの地区じゃ〈アルケー〉の一般通貨であるべニーは使えない。使えるのは専用の通貨であるゴルドだけだ」
初耳です。
どうせべニーも持ってないからいいけど。
「まず10万ゴルドずつ支給するよ。ゴルドを増やしたい場合は錬成した物を売ったり、先生や城下町の人たちの依頼をこなすといいよ」
生徒全員に十枚の金貨が送られる。金貨一枚で1万ゴルドらしい。
「以上、これで登校初日の日程は全部終わりだ。解散!」
解散、と言ったがそのまま教室を去る者は少ない。
過半数の生徒がアラン先生に詰め寄り、質問している。
俺とヴィヴィとフラムはまだ席についている。
「ねぇねぇ、2人は住所どこだった?」
「俺は11番通りの21号だ」
俺が言うと、フラムは笑顔になり、ヴィヴィはため息をついた。
「私11番通りの22号! 多分隣だねっ!」
「私は11番通りの20号よ。どうやらクラスごとに固められているようね。はぁ、最悪だわ」
「正反対の反応ありがとよ。それなら3人一緒に行くか――」
俺の言葉を無視し、ヴィヴィは席を立って1人教室を出た。
「えーっと、イロハとヴィヴィちゃんって仲いいの? 悪いの?」
「どっからどう見ても仲良しだろ」
と言いつつ、未だにアイツとの距離の詰め方がわからない。
〈アルケー〉に入るまではもっと接しやすい感じだったけど、〈アルケー〉に来てからのアイツは……わざと俺に嫌われようとしているような気がするな。
しかし、嫌われようと仕向けられると逆に距離を詰めたくなってしまう。そう、俺は偏屈な男なのだ。
「フラム嬢!」
ヴィヴィが居なくなった後で、ジョシュアが飛んできた。
「住所どこだった?」
「え、えっとね……」
「教えない方がいいぞ、フラム。こういう奴はストーカーになる可能性がある」
「なるわけないだろ! 余計なことを言うなイロハ!」
「私は11番通りの22号だよ」
「おぉ! オレは11番通りの19号だ。近所だな!」
ってことはジョシュアの家はヴィヴィの隣かな。
ヴィヴィの言う通り、クラスごとに固められているみたいだ。
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