第26話 顧問と課題

 なんで昔のことを思い出したかわかった気がした。

 この部屋、この空間の匂いは、爺さんの匂いに似ているんだ。

 きっと、それは目の前の男が爺さんの息子だからだろう。


 俺とは違って、正真正銘爺さんと血のつながった子供だ。


「ほらよ、お前の服。ヴィヴィ嬢が合成術で修復してくれたぜ」


 ジョシュアが服を渡してくる。たしかに、トレントの攻撃を受けて破れた箇所が修復している。


「サンキュー、ヴィヴィ」


「いいから早く服を着なさい!」


 俺が服を着ると、ようやく女子2人が俺の方を向いた。


「良かった~! 無事で本当に良かったよ! イロハ!」


「ああ。体のどこも痛くない……」


 凄い。これが爺さんの息子の錬金術。


「ラビィ。こいつらを追い出せ」


 男――コノハ先生が言うと、ツインテールの女性は「了解しました。ご主人様」と俺たちに近づいてくる。


「待ってくださいコノハ先生。私たちはあなたに話があってここまで来ました」


 ヴィヴィが前に出て言う。ラビィと呼ばれたツインテールの女性は動きを止め、コノハ先生の方を見る。


「俺はお前らに話などない」


 問答無用で俺たちを追い出そうとするコノハ先生。


「ここに居る彼は、あなたの義弟にあたる人物ですよ」


 ヴィヴィは交渉の手札として俺を切った。だが、


「イロハ=シロガネだろう? 校長から話は聞いている。親父の養子だとな。俺は親父が大嫌いでな、その養子であるお前には不快感しかない。しかも……お前の眼は親父に似ている。とことん気に食わん」


 アラン先生が言ってた通りだ。俺に対し、敵意しか見えない。言葉も、目つきも。


「しかし……さっき、興味深い名を聞いた」


 コノハ先生はヴィヴィに目を向けた。


「そこの女、ヴィヴィと呼ばれていたな?」


「は、はい」


「ならばお前は、あのグランデ伯爵の娘……ヴィヴィ=ロス=グランデということか?」


「……はい、そうです」


 ヴィヴィは消え入りそうな声で言った。


「グランデ伯爵は優秀な錬金術師だったな。あの人の研究のおかげで今の俺があると言っても過言ではない。その娘であるお前にも期待している」


 その発言は、この場にいる全員が予想していなかったものだろう。

 街を滅ぼした大罪人であるヴィヴィの父を、コノハ先生は純粋に褒めたのだ。


「気に入らねぇな」


 ジョシュアが声を上げる。


「グランデ伯爵は多くの人間を殺した大罪人だぞ。それを褒めるなんてどうかしてる」


 ヴィヴィはいたたまれない表情をする。


「悪党であることと優秀であることは、相反するモノでもないだろう」


「どんなに凄い技術があろうと、それを悪用した時点で優秀とは呼びがたいと思うがな」


「俺は人格に対する評価ではなく技術に対する評価を口にしている。奴の造ったキメラを見たことがあるが……あれは素晴らしかったな」


「そんなはず! ――ないでしょう」


 ヴィヴィが珍しく声を荒げた。


「錬金術師を名乗るならば善悪に囚われず、冷静なる観察をおこたらないことだ。あのキメラは多くの医療錬金術が応用されて造られている。あの技術を盗めれば、医療は大きく発展するだろう。

――覚えておけ、人に罪はあっても技術に罪はない」


 ヴィヴィは、複雑な表情をしていた。

 驚きと、悲しみと、微かな安堵が混じった顔だ。


「……さて、話を戻そう」


 コノハ先生は椅子に座り、コーヒーを啜る。


「グランデ伯爵の娘には興味がある。話ぐらいは聞いてやる」


 まずヴィヴィが話を切り出した。


「私は、これからファクトリーを作ろうと思っています。コノハ先生には、その顧問になってほしいのです」


「手土産もなしに俺がその話を受けるとでも? 代償はなにを払う?」


「……先生の研究を手伝うというのはどうでしょうか。僭越せんえつながら、私はそれなりの腕はあると思っています。助手ぐらいなら務まるかと」


「そうか。それはいいな。ならば早速、キメラを造ってもらおうか」


「――っ!?」


 ヴィヴィは顔を青くした。

 同時に、ジョシュアの表情が小さく歪んだのを、俺は見逃さなかった。


「グランデ伯爵の技術を多少なりとも受け継いでいるのだろう? ぜひその腕を見せてくれ」


「それは……できません。私は、キメラだけは絶対に造りません」


「ふんっ。ならばお前に助手の価値はないな。そもそもの話、お前のような嫌われ者がファクトリーの規定人数である4人を集められるのか?」


「それは……」


「論外だな――」


「ここに居ます!」


 ここまで口を閉ざしていたフラムが前に出る。


「フラムさん……?」


「ここに居る4人がファクトリーのメンバーです!」


「え……?」


 ちょっと待てフラム。なにを突然……、


「そうそう。オレたちがメンバーだぜ。なっ! イロハ」


 ジョシュアが俺に肩を組んで言った。

 コイツはそもそもヴィヴィとフラムと同じファクトリーに入りたがってたから乗るだろうな……。


――仕方ない。


「そうだ。俺たちがメンバーだ」


 俺が口を開くと、コノハ先生は眉をひそめた。


「あなたたち……」


 ヴィヴィは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに開き直る。


「この通り、メンバーは揃っています」


「ほう? それで、お前らはなにを目的にファクトリーを作るつもりだ?」


 全員がヴィヴィに視線を集める。



「お金儲けです」



 ヴィヴィは堂々と言い放った。


「金儲け……だと?」


 ヴィヴィのあまりに直球な返答に、コノハ先生も戸惑い気味だ。


「内容で言うと、ゼネラルストア……つまり、何でも屋を作ろうと思っています。ジャンルに依らず、多種類の物品を町の人や生徒、先生方に売ります。そしてその利益の2割を、コノハ先生に献上することを約束しましょう」


 恐らく、ヴィヴィはアラン先生に『“賢者の石”を目指す』というコンセプトを否定されてから、ずっと新たなコンセプトを考えていたのだろう。本命である“賢者の石”の錬成、その隠れ蓑として思いついたのがゼネラルストアか。


 うん、悪くない手だ。

 ゼネラルストアならジャンルが寄らないから、爺さんの手記にある錬成物を造っていても誤魔化しやすい。


「面白そう! それ、すっごく面白そうだよヴィヴィちゃん!」


「メンバーの癖に、まるで今はじめてコンセプトを聞いたかのような反応だな」


「あっ……いや、えっと」


「まぁいい。ふむ……さすがはグランデ伯爵の娘、良い所を突いてくる。研究費用は多いに越したことはない……だが、本当にお前らが店を開き、収入を確保できるか疑問が残るな」


 ヴィヴィは苦い顔をする。


「なぜこれまでゼネラルストアを開くファクトリーがなかったか、わからんわけでもないだろう? 〈ランティス〉には様々の分野に特化したファクトリーが存在する。ポーション、武具、料理、建築、その他多数。例えばお前らの店でポーションを売るとして、他にポーションの専門店があるのに果たしてお前らの店でポーションを買う者はいるだろうか? ゼネラルストアを開くことは、つまるところ現存する〈ファクトリー〉のほとんどに喧嘩を売るに等しい」


 言いたいことはわかる。


 例えばアラン先生の〈モデルファクトリー〉だ。ウチで義肢を作ろうとなって、あの数々の義肢を超える物を作れる気がしない。そうなれば、義肢を求める人間はあちらに流れる。


「ヴィヴィ嬢とフラム嬢が水着で接客すりゃ、客は集まると思う――ごはっ!!」


 空気にそぐわぬ発言をしようとしたジョシュアの腹筋に、フラムの肘鉄が炸裂する。


「……なにか1つ、オンリーワンの品があれば……」


「そうだな。1つ看板商品があれば、成立するかもしれない」


 コノハ先生は部屋の本棚から、一冊の本を出し、ヴィヴィに見せる。


「この本の120ページを見てみろ」


 ヴィヴィは本を受け取り、ページをめくった。

 ヴィヴィの元に俺たちは近寄り、一緒にそのページを見る。


「“オーロラフルーツの種”?」


 いつもの如く、聞いたことのない名前だ。

 俺だけじゃなくてフラムとジョシュアも知らない様子。しかしヴィヴィは思い当たる節があるようだ。


「“オーロラフルーツ”。たしか、〈グレイパロス〉という砂漠地帯で夜にのみ採れる果実だったはず」


「そうだ。その果汁で作ったジュースは実に甘く美味であり、口に入れてから喉を通るまでに3度味が変わると言う。滋養強壮の効果があり、これを飲めば眠気が吹き飛び活力に満ちるそうだ。その本に載ってるのは“オーロラフルーツの種”のレプリカ、その素材と錬成方法だよ」


 レプリカ……つまりは複製品だ。


「これを錬成し、種から木に育て上げ、“オーロラフルーツ”の実を量産できればその実で作ったジュースを看板商品にできるだろう。ま、実際の“オーロラフルーツ”に比べて味や効果は数段落ちるが、それでも十分なはずだ。

――これは課題だ。今日からファクトリーの入団期間の終わりまでにこの“オーロラフルーツの種”のレプリカを錬成してみろ。それができたのなら、お前らのファクトリーの顧問になってやる」

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