第25話 色は白銀
俺が爺さんに拾われたのは3歳の時のことらしい。
なぜ『らしい』と曖昧な言葉を使うかと言うと、俺には拾われた時の記憶がない。3歳以前の記憶がまったくないのだ。別におかしいことではない、3歳以前の記憶がある方が稀だ。
俺が捨てられていた場所は帝都の道外れだったそうだ。
俺の最古の思い出は、5歳の時のこと。爺さんに連れられ、美術館を訪れた時の記憶。
爺さんは白いドレスを着た女性の絵を見て、こう言った。
「白の数は1つじゃないんだ。『白』と分類される色だけで100種類あるとも200種類あるとも言われているんだ」
爺さんからその言葉を聞いた時、俺はこう返した。
「もっとあるよ」
爺さんは俺の返しを聞いて笑った。
その爺さんの笑顔は鮮明に覚えている。
それから暫くは――あまり良い記憶がない。
「イロハ。なぜローレン君が溺れているのを見過ごした?」
ローレンとは、同じ絵画教室に
8歳の時、一緒に川遊びに行った時、ローレンが川で溺れかけたのだ。俺はそれを静観していた。
結局、偶然通りがかった大人がローレンを助けたのだが、爺さんは俺が何もしなかったのを責めているようだった。
俺は、思ったことをそのまま言った。
「どうでも良かったから」
自分が飛び込んだところで、自分まで溺れてしまう恐れがある。だから入らなかった……わけでもない。そんな打算的理由もなにもなく、俺はローレンが溺れているのをただただ眺めていた。
ローレンが助けを求めても、まったく応えなかった。
どうでも良かったから。
9歳の時、飼っていた猫が死んだ。
だから俺は、庭に火を焚いて、猫の死体を突っ込んだ。そのことも強く咎められた。
「イロハ。どうして、ラルを燃やした?」
「だって、人は死んだ時、火で燃やすって聞いてたから……猫も同じだと思ってた」
爺さんの、俺を哀れむような顔を覚えている。
10歳の時、俺の世話係をしていたおばちゃんが倒れた。
でも俺は、おばちゃんの見舞いにはいかなかった。
「イロハ。カナさんの見舞いには行かないのか? 私が面倒を見れない時、いつもお前の面倒を見てくれていたのに……」
「僕が行って病気が治るわけじゃないでしょ。それに、もう僕は1人でも留守番できる。もう、カナさんは必要ないよ……例え死んだってかまわないさ」
そして13歳の時。
爺さんが息を引き取る直前のことだ。
俺は爺さんが横たわるベッドの前で、今際の言葉を待っていた。
「ふふっ。私が死ぬその時になっても、お前は、涙1つ流さないのだな……」
息も絶え絶えに爺さんは言う。
「お前の心は――無機質で、何色も寄せ付けない」
爺さんは嘲るような声で、
「――
そう言い残して、爺さんは死んだ。
愛情も友情も、俺の心にはない。
自分も他人もどうでもいい。
だけど、この爺さんの言葉を聞いた時に思ったんだ。
――このままは嫌だと。
初めての感情だった。
こんなにも一緒に居てくれた人が死んで、涙1つ流せないような人間のまま生きたくない。
白銀色の心を、溶かしたい。
だけどどうすればいいのかわからない。
誰かを愛することができれば、俺の心は別の色を出すのだろうか。
しかし、この世にきっと、俺の愛せる存在はいない。
人らしく在りたい。
人間らしく生きたい。
普通の心が欲しい。
この灰色の世界はもう嫌なんだ……。
この時から、俺の心がもう1つ生まれたように感じる。
人造で人らしく
◇◆◇
気づいたら、俺はシャボン玉に包まれプカプカと浮かんでいた。
「イロハ君!」
「「イロハ!!」」
3人の声が聞こえる。
俺はシャボン玉の中で態勢を変え、声の方を向いた。
「みんな、無事だったか!」
「ちょっ!?」
「わわわっ! こっち向いちゃダメ!」
なぜか女子2人が顔を赤くして顔を背けた。
シャボン玉が地につき、地上に降り立つ。
「お、おい。なんで目をそらす?」
「……イロハ~。自分の恰好見てみろ~」
ジョシュアの言葉通り、体に視線を落とす。
――全裸だった。
一切フィルターのない、生まれたままの姿だ。
「うわっ!? なんで全裸なんだ俺!?」
「お前に錬金術をかけるためには服とかは邪魔だったからな」
「錬金術? 俺、いま錬金術をかけられたのか?」
「お前が失った血液とかトレントの毒に対する解毒剤とかを錬金術で一気に体にぶっこんだみたいだぜ。さすがはホムンクルス研究の第一人者、人の体に関しては詳しいみたいだな」
そう言ってジョシュアはある人物に視線を送る。
真っ黒の髪、真っ暗な瞳。
白衣を着崩した三十路ほどの男性……その顔は、どこか爺さんに似ている。
男の隣にはメイド服を着た、ツインテールの女性もいる。
「コノハ、シロガネか……?」
「気安く呼ぶな。気安く見るな。その眼は心底腹が立つ……」
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