第24話 四季森の冒険③

 右からくる枝をジョシュアが弾き、左からの攻撃を俺が弾く。

 後ろからフラムがチャクラムを投げるが、チャクラムはトレントの幹に届く前に枝に弾かれてしまう。


「だめ……! こんな手前で防がれると、爆撃が使えない! みんなを巻き込んじゃう!」


 トレントの攻撃の8割ほどをジョシュアが捌いている。ジョシュアが攻撃に転じれば、その瞬間、このチームは崩壊してしまう。

 防御をジョシュアに委ねて俺が攻撃に転ずることはできるが、俺のパワーじゃ恐らくトレントは倒せない。

 

 そうなると、頼りになるのはヴィヴィの雷か。


「ヴィヴィ嬢! あとどれぐらいでチャージが終わる!?」


「トレントを焼き払える火力だと、あと20秒はかかるわ!」


 あと20秒……! 正直キツい。枝の動きはドンドン速さを増している。


――刹那、俺は気づく。微かに地面が盛り上がっていることに。


「ジョシュア! 下だ!!」


「なに?」


 下から、トレントの根が飛びかかってくる。

 俺はすぐに気付き、後ろに避けることができたが、ジョシュアは根に足を絡められた。


「しまった!?」


 トレントは枝を一束にして、俺でもジョシュアでもなく――後ろで雷を溜めているヴィヴィに矛先を向けた。


「くっそが!!!」


 俺は、捌き切れないとわかった上でヴィヴィの前に立つ。


「イロハ君!?」


 迫るくる枝の束。

 駄目だ、剣1本じゃ防ぎきれない!


「がっ――!?」


 トレントの枝が、脇腹と肩を掠める。

 血しぶきが、あがる。


「こんにゃろ!!」


 根から脱出したジョシュアが、トレントの枝を断ち切った。


「い、や」


 ペタンという音が背後から聞こえた。

 振り返ると、俺の血を浴びたヴィヴィが、尻もちついていた。


「ヴィヴィ!?」


「違う……私は、私はそんなつもりじゃなくて……!」


 ヴィヴィはなぜか、目を泳がせ、顔中に汗をかいていた。

 よくわからないことを呟き、ガタガタと震えている。


「なにしてんだヴィヴィ嬢!!」


「どうしたヴィヴィ! どっか痛めたのか!?」


「……私は……!」


 よくわからないが、ヴィヴィは完全にリタイアだ。

 頼みの綱であるヴィヴィがこうなった以上、手はもう1つしかない!


「ジョシュア! 死ぬ気で10秒耐えてくれ!」


「なっ!? 無茶苦茶いいやがんなオイ!!」


 俺はフラムの傍まで退却する。


「……フラム! チャクラムを片方寄越せ!」


「あ、うん!」


 俺は背から“虹の筆”を抜き、チャクラムを地面の色とまったく同じ色に塗色した。


「俺がトレントの意識を上に向ける。その瞬間に、下手投げでコイツを投げて、トレントを爆撃してくれ」


「わ、わかった!」


 俺はチャクラムをフラムに返し、剣を持って前に飛び出す。

 十分な距離まで近づいたところで、トレントめがけて剣を投げた。


「今だ!」


 当然、剣は枝に弾かれた。しかし、意識は上に向けられた。

 フラムから投擲されたチャクラムが低い軌道で、地面に同化しながらトレントに迫る。


「ジョシュア離れろ!」


「うおおおおっと!!」


 ジョシュアは大きく飛び退く。

 瞬間、チャクラムがトレントに接触し――大爆発が起きた。


 轟音と共にトレントの下半身が吹き飛び、トレントは絶命した。


「い、一体なにが起きたんだ?」


「フラムのチャクラムを地面と同じ色に塗ったんだ。保護色ってやつだな。トレントの視線の高さじゃ、チャクラムと地面は同化して見えていただろう」


「チャクラムが飛んでいたのか……俺も見えなかったぜ。

――ふーっ、ナイス機転だよ……それにしても」


「ヴィヴィちゃん!」


 ヴィヴィはまだ、尻もちついたまま体を震わせていた。


「……女王様に、意外な弱味発見だな」


 ジョシュアは肩を竦めて言う。嫌味が込められた物言いだ。


 俺はヴィヴィに近づく。


「違う……私は……!」


 ヴィヴィがこうなったのは俺がトレントの攻撃を受けてからだ。


――もっと言えば、俺の血を浴びてからだ。


 俺はヴィヴィの頬についた血を、袖で拭う。するとヴィヴィの震えが止まった。


「あ……」


 ヴィヴィはようやく正気に戻り、一言「ごめんなさい」と口にする。


「どうしたのヴィヴィちゃん、いきなり……」


「……」


 黙り込むヴィヴィ。だが、


「そりゃねぇだろオイ!」


 ジョシュアが怒声に近い声で言う。


「お前が使い物にならなくなったせいで、こっちは死ぬとこだったんだぞ! なにか訳があるなら言えよ!」


 女子に甘々だったジョシュアとは思えない発言だった。


「ジョシュア……?」


「ど、どうしたのジョシュア? そんな怒らなくても……」


 ジョシュアもジョシュアで様子がおかしい。

 ジョシュアはハッと我に返り、「すまん……」と顔を背けた。


「いいえ、あなたの言う通りよ。言うべきね……私は、他人の血が体に触れると、体が硬直して動けなくなるの」


「やっぱり、俺の血を浴びたからか。動けなくなったのは……」


「でもユニウルフの血とかは普通に触れてたよね?」


「ええ。人以外の血は大丈夫。自分の血も大丈夫。他人の血が体に触れると……駄目なの。見るだけなら平気なんだけど」


 なんだ……?


「うっ……」


 目の前が、ぼやける……!

 体に力が入らない。


「イロハ! どうしたの!?」


「イロハ!!」


「い、イロハ君……!!」


 血を、流し過ぎたのか……?

 いや、出血量はそこまでじゃなかったはずだ。


「フン。爆発音がしたから来てみたら……何事だ、ガキ共」


 知らない男の声が聞こえる。


「……ちっ。トレントの毒にやられたか。面倒だが……ここで見殺しにすると、給料を減らされる恐れがある」


 目の前が暗くなっていく。

 そうか、あのトレントの枝先には毒が塗ってあったのか……。



「――!? 貴様は……!!?」



 最後に、男の驚いたような声を聞いて、俺は気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る