第35話 シャインアクア①
「早く出ましょう。夜が明けたら樹海の監視が厳しくなる」
「いーや、待った。そのままの姿で外に出るつもりか?」
「いけない?」
「危険だろ」
23時以降、生徒は外出禁止だ。
現時刻は23時40分。外出してはいけない時間帯。当然、城下町には先生の見回りはあるし、城下町に住む人たちの目もある。
俺もヴィヴィも制服は着ていない、私服だ。でも顔はそのままだから、見られたらすぐに生徒だとバレる。
「お前の顔は多くの人間に認知されている。その顔を晒して行くのはどうかと思うぜ」
「でも変に仮面でも被ったら、それこそ目立つわ」
「――俺に考えがある」
俺は背中から“虹の筆”を抜く。
「……なにをするつもり?」
「化粧」
「はぁ!?」
ヴィヴィは俺がやろうとしていることを全部理解したようだ。頭を抱えている。
「まさか……“虹の筆”で私の顔を塗りたくるつもり?」
「お前だけじゃない。俺の顔も一応メイクする。普通のメイクじゃなくて、特殊メイクみたいなものだ。顔つきを丸々変える。あとその銀色の髪も目立つから、黒に染めるぞ――ほれ、早く座れ」
ヴィヴィもこれが最適解だと思ったのだろう。諦めて座り、目を瞑る。
“虹の筆”で、ヴィヴィの口元に触れる。
「――んっ! ……ふふっ。あっ!」
「おい、変な声出すな。手元が狂う」
「し、仕方ないでしょ! くすぐったいんだから!」
それから10分でヴィヴィのメイクを終わらせ、さらに10分かけて髪を黒色に染める。
俺の顔も10分くらいでメイクして、準備完了。
俺とヴィヴィは互いに顔を合わせる。
「……なんて言うか、大人っぽくなったわね。ダンディー、って言うのかしら? ちょっとコノハ先生に似てるわ」
『コノハ先生に似てる』……か、あまり嬉しい言葉ではないな。
「そういう風にメイクしたからな。お前も、色気がいつもの3倍増しだぜ」
「さっき鏡で見て驚いたわ。あなた、錬金術師じゃなくてメイク師を目指した方がいいんじゃない?」
「『理想の女』を造った後なら、それもいいかもな」
町に出る。
深夜だけあって、人の数は少ない。もちろん、生徒は一切いない。
俺たちは城下町の大人のフリをして歩いていく。
「……見回りの先生よ」
石階段に足を掛けたところで、階段の先から下りてくる男性教員に気づいた。胸に教員であることを示すバッチが付いてるから間違いない。
心臓を冷やしつつ、すれ違う。チラリと、目が合った。
しかし俺の特殊メイクが効いてるみたいで、教師はまったく俺たちに反応を示さなかった。ちょっとばかりヴィヴィの顔をジッと見ていた気がするが、それは多分ヴィヴィが美人だったからだろう。
「よし、第一関門突破だな」
そのまま樹海まで堂々と歩いていく。
周囲に誰もいないことを確認して、俺とヴィヴィは草陰に飛び込んだ。樹海には整理された道もあるが、そこを使うのは教員と会うリスクがあるためやめておいた。
「……ヴィヴィ、もう一回時間をくれ」
俺はまた“虹の筆”を抜く。
「今度はなにをするつもりよ?」
「全身を迷彩色に塗る。この樹海にある草木の色と完全な同色にするんだ。樹海も見張りが居てもおかしくないし、動物相手の目くらましにもなるからな。念には念をだ」
「……どこまで」
ヴィヴィは胸と股間を隠すようなポーズをとった。
「ど、どこまで塗るつもり……?」
質問の意図を理解する。
そうか、そうだよな。例え筆で間接的とはいえ、男に胸や股下を触られるのは年頃の女子にとってはかなり恥ずかしいものだ。
しかし、状況が状況だ。
俺が『そんなこと気にしている場合か!』と怒り気味に言えば、押し切れると思う。
だがしかし、
「……まぁ、この暗さなら、塗らなくても大丈夫か」
2人っきりで気まずい空気になりたくはない。だからやめておいた。
『普通の男』なら、女子の胸に触れるこのチャンスを無駄にはしないだろうな……。
◇◆◇
足音を気にしつつ、草木をかき分け、樹海を進む。
「さすがに暗すぎるわね」
「そうだな……先が見えなくなってきた」
「
ヴィヴィは“ライトニングロッド”から小さな電光を放出し、辺りを照らす。
「へぇ、そういう使い方もできるんだな」
「電気の汎用性を舐めない方がいいわ」
ヴィヴィが先導して歩く。
「この辺は魔物がいないから気楽でいいな」
「魔物はいなくとも動物がいないわけじゃない。熊とか、イノシシとかは居るのよ。気を張りなさい」
「わかってるって」
と言っても、夜は他の生物にとっても休憩時間だ。
何の障害もなく、俺たちは危険指定区域の前までたどり着いた。
「この橋を渡った先が危険指定区域よ」
50メートルはある橋、橋の先には金属の両開きドアが道を塞ぐようにある。
「あの扉、鍵付きみたいだけど、まず開いてないよな」
「でしょうね」
「どうする?」
「これを使うわ」
ヴィヴィは“ストレージポーチ”から布を取りだした。
それはカーペット――“風神丸”だ。
「“風神丸”? なんでお前が持ってるんだ?」
「ジョシュア君の敷地に干してあったから、拝借したまでよ」
「そういうの盗難って言うんだぜ」
「借りただけよ。操縦はあなたに任せるわ」
俺は“風神丸”にマナを込め、空に浮かす。
ヴィヴィが乗り込んだところで、崖の先へ飛び立つ。
“風神丸”の上から、崖の下を見る。
――底が見えないほど深い。真っ暗だ。
俺もヴィヴィも同時に喉を鳴らした。
ここにきて、自分たちがとてつもなく危険な場所に来ていることに気づいた。
俺とヴィヴィは危険指定区域の森の中で、“風神丸”から降りた。
危険指定区域の森は背が高い。爺さんのアトリエがあった大木林を思い出す。その分、木の数が少なく、月光を遮断する葉も少ないため、見晴らしは良い。
俺とヴィヴィは言葉を一切発さず、歩き始めた。
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