第34話 人らしく
夜が深くなってきた頃、俺は自分の家の屋根の上に居た。
すでに二時間近くここに居る。空を見上げると綺麗な星空が広がっているが、見惚れるわけにもいかない。俺の予想が正しければ、アイツはそろそろ出てくる。
カタ……と小さな音を立てて、俺の隣の家――ヴィヴィの家の扉が開かれる。
家から出て来た銀髪の少女はキョロキョロと辺りを見渡し、扉を閉める。
背には杖、腰には“ストレージポーチ”……確定だな。
「……こんな夜更けに、どこへ行くんだ?」
屋根の上からヴィヴィに声をかける。
「――っ!?」
ビクッ! と肩を震わせるが、声は上げない。大声を出せば近所のフラムやジョシュアが目を覚ましかねないからだろう。
俺は屋根から飛び降り、通りに出る。
「イロハ君……どうして」
「お前なら、1人で“シャインアクア”を採りに行くだろうと思った。プライドの高いお前がこのまま引き下がるとは考えにくかったしな。だからと言って、危険な場所に俺たちを付き合わせようともしない。お前は……意外に他人の痛みに敏感なところがある」
ヴィヴィは唇を噛みしめる。
「……要求は?」
近所に響かないよう、小さな声でヴィヴィは問う。
俺も声の調子をヴィヴィに合わせる。
「どうしてそこまで“賢者の石”を求めるのか、教えてくれ」
「それを答えてなんになるの?」
「もしも、その理由が納得のいくものだったら、俺と一緒に〈ノアヴィス洞窟〉に行ってもらう。もしも納得のいかない理由だったなら力づくで止めさせてもらう」
ヴィヴィは爺さんの手記を頼りに“賢者の石”を造るつもりだ。
もしもヴィヴィがそれを悪事に使った場合、手記の内容を教えた俺にも責任が出てきてしまう。
だから俺にはヴィヴィがなぜ“賢者の石”を求めるのか……知る義務がある。
「……どっちの選択肢も、私が望むものじゃないわね」
ヴィヴィは杖を構える。
「3つ目の選択肢、私が力づくで押し通る……っていうのはどうかしら?」
「お前らしくない無知な選択肢だな。お前と俺が戦ってどっちが勝つかは置いといて、お前の雷は目立つし音も立つ。落雷を使えばまずフラムとジョシュアは起きるぞ。別の手段を使って戦うにしろ、お前に交戦の意思が見えた時点で俺は大声を出す」
ヴィヴィは杖を下げる。
「このまま引き下がるなら、俺もなにも聞かず引き下がる。どうする?」
ヴィヴィは自分の家に足を向ける
「……入りなさい。ここだと、話し声が誰かに聞こえてしまう恐れがあるわ」
どうやら、“賢者の石”を求める理由を教えてくれるようだ。
◇◆◇
家の中……と言っても部屋に案内はしてくれず、玄関で止められた。
だが玄関でも、思春期女子特有の甘ったるい香りがするな。と感想を抱いたところでヴィヴィに睨まれた。鼻の動きは最小限に抑えたつもりだったが、こういう時の女子の勘の鋭さには驚かされる。
「なぜ“賢者の石”を求めるか……その理由を説明すると、きっとあなたは私に幻滅すると思う」
「心配するな。そもそも幻滅するほどの情もない」
「……それもそうね」
ヴィヴィはどこか安心したような顔をする。
「私がこれから話すことは、私の中で最大の秘密。絶対に他言しないと約束できる?」
「例えお前が何らかの重罪を犯していても、誰にも言わないと約束しよう」
「……誰かに言ったら、私、本当にあなたを殺しかねないから」
「本気の目だな……わかった。肝に銘じる」
ヴィヴィはジッと俺の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
「世間一般的に、グランデ伯爵――私の父が使役していたキメラは、父が1人で造ったと言われてる。けれど、それは誤り」
ヴィヴィは言いづらそうに唇を一度噛みしめ、
「私も、父のキメラ造りを手伝っていた」
「なんだと……!」
それはつまり、ヴィヴィは父親の悪行に加担していたということだ。
父親が大罪人であることはヴィヴィ自身の罪ではない。だからこれまでは父親のことで責められるヴィヴィに対し、同情の余地はあった。けれど、父親に手を貸していたのなら……話は別だ。
「――言い訳になるけれど、私にキメラを造っている自覚はなかったわ」
「よく、意味がわからないな」
「私はね、医療錬金術の研究をしていたの。錬金術を医療に活かす研究をしていた。例えばあらゆる血液型に対応できる血液を開発したり、他生物の臓器を体に入れた際に起こる拒絶反応を無効化する薬を開発したり、他にも色々ね」
きっと、ヴィヴィがかなり次元の高い話をしている。
それこそ、医療の根本を覆すレベルの話だ。
「9歳だった私はその開発結果を父に渡していた。父は医療錬金術のスペシャリストだったから、私の研究を医療に活かすと信じてね」
――そういうことか。
話を全部聞かずとも、俺にはその後の話の流れが読めた。
『あらゆる血液型に対応できる血液』、
『他生物の臓器を受け入れられるようにする薬』、
これらはある存在を造る際にも、役に立つ。
「だけど父はそれを、キメラの錬成に応用させた。人を助けるために作り出した私の理論や錬成物を使って、あの人は人を殺した……! 多くの、人を……!!」
ヴィヴィの声が震える。
人を助けるため、純粋な善心で作り上げた物を人殺しの道具に使われた。しかも悪用したのが実の父親だなんて……どれだけ屈辱だったか、どれだけの絶望だったか、考えたくもない。
俺はコノハ先生の言葉を思い出していた。
――『あのキメラは多くの医療錬金術が応用されて造られている。あの技術を盗めれば、医療は大きく発展するだろう』。
「……そういうことか」
「これが私の大罪……私はあの大虐殺の一因なの。子供だから罪を免れただけ。本来なら死刑でもおかしくない」
「それでお前は一体、『賢者の石』でなにを拒絶する気だ?」
「私の大罪、私の生み出した研究成果すべてよ。そうすれば、あの大虐殺はなかったことになるはず……“賢者の石”は過去にも作用するから」
ヴィヴィは腕を組み、いつもの高飛車な様子で、
「それで? あなたの判定はどうなの?」
「そういうことなら……わかった。止めない。〈ノアヴィス洞窟〉へ行こう」
「……あなたもついてくるのよね?」
「もちろんだ」
「バレたら退学よ?」
「承知している」
「……どうして」
ヴィヴィはまた声を震わせる。
「どうして、そこまで私に付き合うの……?」
「俺はお前を友達だと思ってる。だから、とことん付き合うさ」
「友達……私の過去を知ってもまだ、私のことを友達だって思えるわけ?」
「ああ。お前の過去も罪も認識した上で、俺はお前のことを友達だって思ってるよ」
「さっき、私に対して情はないと言ってなかった?」
「今の話を聞いて情が湧いた。やっと……お前という人間を理解できた気がする」
ヴィヴィは驚いたような顔をして、その後に呆れたように笑った。
「……あなたもあなたで、おかしい人間ね」
ヴィヴィは真っすぐ俺を見据える。
「……ありがとう……」
そう、声を絞り出した。
怯えていたのだろう。自らの罪を暴露することで、俺が軽蔑しないか。
ヴィヴィは今、深い絶望の海の中に居る。その海から脱出するための希望、それが“賢者の石”なのだ。でもきっと、1人じゃその希望は掴めない。なんとなくわかるんだ。あの手記にある錬成物を造るためには、俺のこの眼が必要だと。
もう、溺れている友達を見捨てたりしない。
『人らしく』、俺は友達を助けたいんだ。
ただ、それだけだ。
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