第33話 夢魔草

 待ち合わせ場所である図書館の一階、窓際の机。

 すでにヴィヴィとフラムは席に座っていた……が、


 様子がおかしい。


 どっちも髪が乱れていて、しかも顔が赤いというか、火照っている?

 それになぜかいつもより席を離しているし、お互い目を合わせない。喧嘩している――っていう感じでもない。付き合いたての男女のようなギクシャクさを感じる。


「ヴィヴィ、フラム。“ハートの実”は手に入れたぞ」


 声をかけて、ようやく2人は俺とジョシュアに気づいた。


「あっ、よ、良かったわ。私たちもついさっき、“夢魔草”を手に入れたところよ……」


「あ、あはは……2人共、さすがだね~」


「「?」」


 俺とジョシュアは目を合わせ、首を傾げる。


「どうしたんだヴィヴィ嬢もフラム嬢も。妙に余所余所しいけどよ」


「なんか、俺たちがやらかしたか?」


「いえ、そういうわけじゃないわ」


「や、やらかしたのは、私というか……」


 フラムはヴィヴィをチラチラと見れば、顔を赤くさせていく。

 よくわからないが、とりあえず席に座る。


「……お前らがそのままだと話を進めにくいんだが」


「なにが起こったか話してくれよ、お二人さん」


 ヴィヴィとフラムは顔を合わせて、黙り込む。

 沈黙が10秒続いた時、ヴィヴィが諦めたようにため息をついた。


「……“夢魔草”はね、厄介な毒を持ってるのよ。毒を取り込んだ相手を、その……はつっ、発情させるの……」


 ヴィヴィは恥ずかしそうに語る。

 ジョシュアは「なんだと!?」と目をガン開いた。


「なるほど。それで女子2人で採りに行ったわけか。男子に握らせるのは危険だし、女子2人なら例え発情したところで、目の前には同性しかいない。問題ないじゃないか」


 同性相手ならそういった趣向を持たない限り、発情したところでどうこうしようとは思わないはず。


「私もそう思っていたわ。でも……甘かったわ。

 “夢魔草”を採集する時、フラムさんが誤って“夢魔草”の葉で指を切っちゃって、毒を取り込んでしまったの……」


 そういえばフラムの右手中指に包帯が巻いてあるな。


「……“夢魔草”の毒による発情作用は、思っていたよりも強力で……同性だとかお構いなしに……フラムさんが、私を襲――」


 口ごもるヴィヴィ。

 ヴィヴィは俺を睨みつける。


「これ以上言わせないで!」


 うん、事情は飲み込めた。

 毒を受け、発情したフラムがヴィヴィに性的アプローチをしたわけだ。どこまでやったかはわからないけど、それで2人はギクシャクしているわけだな。


 もしも、俺とジョシュアの2人で“夢魔草”を採りに行っていたら――考えたくもないな。


「それで、“夢魔草”はどこにあるんだ?」


 真剣な顔つきで聞くジョシュア。ヴィヴィの踵落しがジョシュアのつま先に炸裂する。

 痛みに悶えるジョシュアを他所に、俺は話を進める。


「とにかくこれで“ハートの実”と“夢魔草”は揃った。あとは“シャインアクア”だな」


「そうね」


「この3つ以外の素材は手に入ったのか?」


「もう全部揃えてあるわ。“シャインアクア”さえあれば、“オーロラフルーツの種”は作れる」


「……」


 ヴィヴィは黙り込んでいるフラムに目を向ける。


「――フラムさん、もう気にしなくていいから。あなたも話に参加しなさい」


「で、でもヴィヴィちゃん……だったんでしょ……?」


 初めて? 一体なにが……いや、やめておこう。詮索すれば俺もジョシュアの二の舞になる。


「それはお互い様だし……もう忘れましょう。アレはノーカウントってことで」


「そ、そうだね……うん、わかった!」


 フラムはようやく顔を上げた。


「“シャインアクア”の話だよね? 図書館に情報はなかったんだし、先生とかに聞いてみるのはどうかな?」


 俺が言おうとしていた意見をフラムが言ってくれた。


「まずはアラン先生から当たってみるか」


 俺が提案する。


「そうね。もしアラン先生が知らなくとも、その分野に詳しい先生を紹介してもらえばいいでしょう」


 話がまとまったところで俺たちは席を立った。



 ◇◆◇



「知ってるよ」


 〈モデルファクトリー〉の研究室で、アラン先生に“シャインアクア”のことを聞いたら、あっさりと先生は答えた。


「“シャインアクア”。太陽光を当てると金色に輝く水だね。ポーションの材料とかに凄く使えるから、結構人気がある水だ。樹海の中に“シャインアクア”が湧いている洞窟があるよ」


 フラムとジョシュアは頬を緩ませ、ヴィヴィはホットと肩をなでおろした。


 しかし、


「残念だったね」


 アラン先生のその一言で、暗雲が垂れ込める。


「残念って、どういうことですか?」


 冷静に、ヴィヴィが聞く。


「“シャインアクア”が湧く〈ノアヴィス洞窟〉は危険指定区域にあるんだ」


「なんですか? その危険指定区域って」


 俺が質問する。


「凶悪な魔物が生息しているため、生徒の出入りを禁止している区域だよ。生徒が無断で入ったら原則、退学処分だ」


 なんだと……。

 それじゃ、俺たちが採りに行くのは不可能じゃないか……。


「……“シャインアクア”がそこにしかないって、コノハ先生は知ってますか?」


 ヴィヴィが、怒りを込めた声で聞く。


「知ってるに決まってる。彼は僕より樹海のことには詳しいんだ」


 ドン! とジョシュアが壁を殴った。


「あんの野郎……!」


「ど、どういうこと? なんで、みんな怒ってるの?」


 フラムは理解が追い付いていない様子。


「“シャインアクア”が採取できない場所にあることをコノハ先生は知っていた。なのに“シャインアクア”を必要とする錬成物を課題に出してきた……つまり、コノハ先生は最初っからファクトリーの顧問なんてやる気はなくて、無理難題を吹っ掛けたってことだ」


 俺が説明すると、フラムは「ひどっ!」とヴィヴィやジョシュアと同じく怒りを顔に出す。


「その様子だと、彼におちょくられたみたいだね……はぁ、まったく、大人げないんだから……」


「アラン先生。“シャインアクア”の採取をお願いしちゃダメですか?」 


「ごめんねイロハ君。この時期は授業の準備で忙しくてね、あそこまで出かけるのは難しいんだ」


 アラン先生の言葉に嘘はない。なぜなら今もアラン先生は書類の山を相手にしながら話を聞いてくれているのだ。


「ちくしょう。せっかく“ハートの実”をゲットしたってのに……」


「また明日、コノハ先生の所へ行ってみようよ! もしかしたら知らなかった可能性だって……」


「それはないだろうな」


 俺は断言する。

 少ししかコノハという人物を見てないが、こういう意地の悪いことを仕掛けるような人物だと思う。


「……ダメ元で、コノハ先生の所へ行くしか、もう道はないでしょう」


 とヴィヴィは言った。


 結局この問題をどうすることもできず、時間も遅くなってきたので明日の待ち合わせ場所と時間を決めて、俺たちは解散することにした。


 落胆を隠せないジョシュアとフラム。その瞳の色には陰りが見える。



 しかし、ヴィヴィの目がまだ活きた色をしているのを、俺は見逃さなかった。

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