第4話 “虹の筆”③


 出来損ないの筆が新たに5つできました。


 出来損ないと言っても、普通に売りに出せるぐらいの完成度ではある。まぁこのぐらいの大きさの筆を、使う人がいるかどうかはわからないが。


「なんだ……なにが足りない? なにが違う!」


 結局素材の量を増やしても減らしてもあの色味にはならなかった。


「量の問題じゃないのか……?」


 駄目だ、頭が回らない。もう7時間ぶっ通しで錬成してたからな……。

 もう夕方だ。家に帰ろう。



  ◇◆◇



「はぁ」


 ベッドに転がりため息をつく。

 帰ってから夕食を食べている時も解決案を考えていたが……結局わからなかった。


――次の日。


 朝食を食べに近所の喫茶店に出向く。


「マスター、いつものメニューお願い」


「あいよイロハちゃん」


 老紳士風のマスターが料理を始める。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ここのマスターは爺さんの友達で、爺さんの養子である俺には格安で朝食を作ってくれるのだ。


「お待たせ」


 朝食のメニューはトースト、目玉焼き、牛乳、ヨーグルト、そして特製ブレンドコーヒー。

 これを超える朝食はきっとこの世に存在しない。


「いただきます」


 俺はまずコーヒーを啜る。


「イロハちゃん、なんだかアゲハに似てきたね」


「え? いや、俺と爺さんは血のつながりはないから、外見が似ることはないと思うんだけど……」


「いいや見た目じゃなくてさ、匂いだよ。今日のイロハちゃんの匂い、どこかアイツに似てるなぁ」


 爺さんのアトリエに出入りするようになったから、爺さんの匂いが移ったか。


「まぁでも見た目も似てるけどね。アイツの髪の色、目の色とイロハちゃんの髪の色、目の色はよく似てる」


「爺さんの目の色は俺と同じブルーだったけど、髪の色は俺は黒で爺さんは白だったでしょ」


「いやいや、アイツも昔は黒髪だったよ。歳を取って、髪の色が変わったのさ」


 そうなんだ。爺さんは元は黒髪だったのか。

 そうだよな……歳を取って髪の色が変わる人間は珍しくない。いや髪に限らず、時間が経てばほとんどの物体は色が変わる。


「……」


 ふと、視線が食卓の牛乳とヨーグルトに落ちる。

 そういえば、ヨーグルトって牛乳を発酵させて作ったモンだよな。

 ヨーグルトだけじゃなく、バターも、チーズも、元は牛乳だ。でもどれも牛乳とは色が違う。


「そっか」


 腐敗や熟成、焼いたり煮たりで素材の色は変わる。

 この目玉焼きにしたってそうだ。元の卵より、焼いたことで色味が変わっている。


……なんでこんな簡単なことに気づかなかった。


 素材の量ではなく、素材の質だ。

 さすがに焼いたり煮たりするならレシピに書き足すはず。ならば、考えられるのは素材の腐敗だ。腐ることによる色の劣化……特に明度は、腐ることで低下することが多い。


 考えろ。どれだ? どの素材が


 俺は自然と、どれも一番新鮮な物を選んでいた。この色彩識別能力を使うことで、新鮮な色を見つけることは容易だったからな。


 でもやり方を変えよう。新鮮な素材を考え無しに取るのはやめだ。絵の具を混ぜ合わせて新たな色を作るのと一緒だ。単体で考えるんじゃなくて、窯で混ぜ合わせた時にどういう色になるか……を想像して色で素材を選ぶ。


 すべてを混ぜ合わせた時に、あの見本の色と重なるように考えて選ぼう。


「ごちそうさま。最高の朝食だったよ」


「お粗末様。またおいでよ」


 店を出る。

 目指すは果物の露店だ。



 ◇◆◇

 


「いらっしゃいませ」


 ペコリと会釈し、露店に並べられた果物を選ぶ。


 品質は色で判別できる。みかん1つ1つを凝視する。

 品質が高・中・低・最低のみかんを手に取る。これを他の素材でも繰り返す。

 素材を買い終えたらすぐに小屋へ直行する。

 買い揃えた素材を、色を重視して投入していく。絵具の調合と感覚は似ているな。


 色だ。とにかく色を合わせていこう。


 合金液メタルポーションの色を観察して、素材を投入する。計算しろ……あの手本の色にたどり着くように。


 一回目、明度が下がり過ぎた。

 二回目、色相がズレた。

 三回目、明度が高い。


「ぷはぁ!」


 やばい、目よりも脳がやばい。ここまで集中したのは初めてだ。

 絵具の調合とは難易度が段違いだ。投入できる素材(色)に限りがあり、色の幅も狭い。理想の色が遠い……。


 集中しろ。もっと集中するんだ。目を……最大限に活かせ。

 

 

 ◇◆◇



「できた」


 完璧だ。手本通りの完璧な色ができた。


 7回目にしてようやくだ。昨日の分も合わせれば13回目。

 余分な物が入らないよう慎重に蓋を閉める。

 色は完璧、だからと言って“虹の筆”が出来上がるとは限らない。


――ドキドキとワクワクが胸の中で弾ける。


 ゆっくりと、手形に右手を合わせた。


 バチ!! ゴオォン!!


「くっ!?」


――窯から、虹色の光があふれ返った。


「眩しいっ!」


 なんとか目を開く。

 筒から、一本の筆がシャボン玉に包まれて飛び出した。

 ユラユラと落ちてくるソレを、両手で受け止める。シャボン玉がバチンと割れ、筆が手に落ちる。


 手触りは変わらない。

 これまで作った筆と外見は変わらない。


――さぁ、どうなる!


「スカーレッド」


 そう言うと、筆の先が赤く滲んだ……!

 俺の頭の中にある通りの色だ。


「は、ハハハハハッ!」


 俺は小屋から飛び出し、筆を縦横無尽に動かす。


「スカイブルー! エバーグリーン! ライムイエロー! クロムオレンジ! パープル! アイボリーブラック!!」


 多種多様な色を使い、地面に描いたのは子供が描いたような星や月、クローバーやハート、三角形や四角形、ニコニコマークだった。


「できた! これが、“虹の筆”!! 好きな色を出せる最強の筆だ! 本当に作れた!」



――面白い、面白いぞ錬金術!!!



 もしかしたら、錬金術なら作れるかもしれない。

 俺が心からほっする、を。

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