第3話 “虹の筆”②

 朝起きて、すぐさま材料は買い揃えた。

 一日ぶりの小屋。昨日と同じ手順で中に入る。


「……涼しいな」


 なにか工夫しているようには見えないのに、中は涼しい。外は炎天下だと言うのに。

 気のせいか? 昨日来た時とまったく同じ気温な気がする。……まぁいい。些細な話だ。


――さて、始めるか。


 この部屋の中央にある窯……名を錬金窯れんきんがまと言うらしい(爺さんの手記に書いてあった)。常に合金液メタルポーションという錬金に必要な液体が湧き出る不思議窯だそうだ。この銀の液体が合金液メタルポーションなのだろう。


 錬金の順序は簡単だった。本に書いてある順番通りに合金液メタルポーションへ素材をぶち込むだけ。


 緑の魔素水→杉の木→蒸留水→リンゴの皮→みかんの皮→レモンの皮→ライムの皮→ブルーベリー→ブドウの皮→紫キャベツ→毛糸玉4玉(白)。


 1つ1つ、部屋にあった計量器にかけて入れていく。分量は完璧。


「……よし、後は虹の枝を入れるだけだ」 


 素材は虹の枝以外全部投入した。窯の中を見てみる。

 合金液メタルポーションの色が銀から緑に変わっていた。


「……おかしいな」


 違和感に気づいたが、とりあえず最後の素材をぶち込もう。

 ガラスケースを台座から引き抜き、中の虹の枝を持って窯の中に入れる。 


 これで完成……のはずだが、


「色が違う」


 手記にはこの段階の合金液メタルポーションの色の手本として緑のカードが挟まっていた。いま、この窯の中はこのカードと同じ色になっているはずだが、違う。


 色相、彩度はいいとして、明度が明らかに違う。

 これを誤差として処理するかどうかは人による……か。


「とりあえず、最後まで工程をやってみよう」


 窯には蓋がある。

 ほぼ間違いなく、壁に掛けてあるあの金剛石みたいな質感の皿みたいなやつがソレだろう。


「重い……!」


 なんとか蓋を持ち上げる。

 全身の力を振り絞り、窯に蓋をかける。蓋には、この小屋の扉についていた手形とまったく同じ手形がついていた。


 本によると、この手形に手を合わせると錬成が始まるそうだ。手を合わせる前に、筆の姿をしっかりイメージしないといけないらしい。


 『筆のイメージはなんでもいい』とのことだ。


 絵筆……いや、せっかくだから大きい物にしよう。剣ぐらい大きな筆だ。

 イメージは得意。なんせ美術畑の人間だからな。イメージ力が無ければ絵は描けない。

 イメージはOK。準備完了。


「錬成」


 手形に右手を合わせる。


 バチ!! ゴオォン!!


 落雷のような音と共に、窯が震え始めた。

 窯の蓋の中心部分には大砲の筒のような物がついている。

 その筒から、ポン! と何かが弾き出た。

 それは木の筆だ。イメージ通り剣ぐらいの大きさだ。筆はシャボン玉のような膜で覆われ、木の葉のようにヒラヒラと落ちてくる。


 俺が両手で受けると、シャボン玉が割れ、筆が手に落ちた。


「成功……か?」


 “虹の筆”は好きな色を出せると言う。

 俺は筆を床に押し付ける。


「スカイブルー、出ろ」


 と言って筆を動かしてみるが、インクが滲むことはなかった。


「失敗、かな」


 蓋を外し、窯の中を見る。

 窯の中には虹の枝だけが入っていた。


「ふむ」


 恐らく、虹の枝の物が組み合わさってこの筆が出来上がったのだろう。

 とりあえず枝を取って、窯に付いているバルブを回す。すると窯の底から銀色の液体が滲みだした。


 この勢いだと、元の水位に戻るまで一時間ぐらいかかりそうだな。


「失敗はした……けど」


 錬成はできた。


「マジか……マジか!」


 これまで見てきた道具で、これだけの素材を一瞬でまとめ上げる物を見たことがない。錬金術でないと説明がつかない。


 あるんだ、錬金術は……確かにここに、この世界にあるんだ!


「は、ははっ!」


 面白い……だとすれば、“虹の筆”も本当に作れるかもしれない。

 好きな色を出せる画家にとっては夢のような筆だ。

 今の錬成の問題点はなんだったか、考えてみよう。

 まず疑うべきは素材が合っているかどうか。なにか間違った物を入れてないか。


 あの色を思い出せ。錬成直前の合金液メタルポーションの色を。


 見本の色より明度が高かった。色が明るかった。

 明るい色の素材を減らすか、もしくは暗い色の素材を増やすか……どっちかだな。

 試行錯誤だ。素材はまだ五回分はある。

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