第7話 “虹の筆”披露


「センス次第ね」


 数秒間を置いてヴィヴィは言う。


「あなたに錬金術の才能があるのなら、なんとかできると思う。〈アルケー〉は錬金術の才能をある者を拒まない。あなたが錬成した物を見せなさい。それで判断する」


「生憎、俺が錬成した物は小屋の中にある。取りに行くにはこの扉を開けなくちゃいけない」


 ヴィヴィは俺の発言の意図を汲んで、ムッと眉間にシワを寄せる。


「失礼ね。あなたが扉を開けた隙に中に入るとでも? そんな品のないことはしないわ」


「……」


 俺は扉の前に行く。ヴィヴィは扉から離れ、入りませんアピールをする。


 扉に手をつけようとした時、耳にタンタンタンという音が届いた。

 振り返ってヴィヴィを見る。ヴィヴィは腕を組み、自分の左腕を右手の指で叩いていた。ソワソワと肩を揺らし、チラチラと小屋を見ている。爺さんのアトリエが気になって仕方ない様子だ。その姿は、ビーフジャーキーを前にし、『待て』をされている犬を彷彿させる。


「……わかった。入れよ。その代わり、錬成物の出来が良ければちゃんと俺を錬金術師の国に連れていけよ」


「え、ええ! もちろん。約束は守る」


 ヴィヴィはパーッと顔を明るくさせた。

 俺は手形に右手を合わせる。いつも通りの反応をして、扉が開いた。


 中に入ると灯りが点く。


「うわぁ~! これがアゲハさんのアトリエ……!」


 ヴィヴィは目をキラキラと輝かせる。さっきまでの大人びた態度と違って、少女っぽい反応だ。

 俺の視線に気づき、ヴィヴィは「コホン」と咳払いして誤魔化し、すぐに冷静な面持ちに戻るが……アトリエにある品々を見てクールビューティーはあっさりと崩れ去る。


「“太陽のランプ”! 太陽光をエネルギー元に無限に輝く伝説の灯篭! 凄い、なんて品質の高い魔素水……見ただけで純度の高さがわかる。これがアゲハさんの錬金窯……! へぇ、錬金窯は旧式なのね」 


 ヴィヴィは部屋を見回して、一つ一つの物に驚いていた。俺が初めて小屋に入った時と同じ反応をしている。錬金術師から見ても凄いんだな、この部屋。


 ヴィヴィはまた「コホン」と咳払いし、表情をクールにする。


「さ、さて。他に目移りする前に、イロハ君が作った物、見せてくれる?」


 もう十分目移りしていたと思うが。


「はいはい。ちょいとお待ちを」


 “虹の筆”は本棚の裏、布を被せて隠してある。


 俺は本棚の裏から“虹の筆”を引っ張り出す。


「これが俺が錬成したブツだ」


 俺は布をいで、“虹の筆”をヴィヴィに見せる。



「――っ!!?」



 パチパチと二度目を閉じて開いて、

 目頭を二度擦り、

 最後は後ずさって、尻もちをついた。


 ヴィヴィはこのアトリエに来てから一番の驚きを見せていた。


「間違いない……形状や大きさは多少違うけれど、このマナ反応は……“虹の筆”!?」


 ヴィヴィの視線が俺に移る。

 次に出る質問はなんとなくわかった。


「本当にあなたが作ったの……?」


「ああ。かなり手は焼いたけどな」


 ヴィヴィは立ち上がる。表情はまだ険しい。


「“虹の筆”はね、“特規錬成物とっきれんせいぶつ”に指定されてるの。“特規錬成物”っていうのは特定の能力がないと作れない錬成物……つまり、一流の錬金術師でもその能力・才能がない限り作れない代物なのよ。もちろん、私にもコレは作れない」


「じゃあ、かなり凄い物ってことか?」


「ええ。私が知る限り、“虹の筆”を錬成できたのはアゲハ=シロガネだけよ」


 当然爺さんは作れる物だとわかっていたが、まさか爺さん以外誰も作れない代物だったとは。


 それを作れた俺って天才ってやつでは……?


「そもそも“虹の筆”は虹の枝っていう超貴重素材を使わないといけないから、“虹の筆”に挑戦できた人間自体少なかったのだけど」


……そんなオチだと思ったよ。


「しかし、これなら……」


「ひとまず合格ってところか?」


「そうね。なんとかしてあげる。一週間ぐらい時間は貰うけど」


「構わない。よろしく頼む」


 錬金術師の国か、楽しみだな。


「これがアゲハさんの手記ね?」


 ヴィヴィは机の上にある手記を手に取る。


「そうだ」


 ヴィヴィの手が小刻みに震え出した。緊張しているようだ。

 ヴィヴィは手記を開く。そしてすぐさま不満の色を顔に出した。


「これ、なにも書いてないじゃない」


「書いてあるよ。白紙のページに白の色鉛筆かなにかで書き込んである」


「なんでわかるわけ?」


「俺は色彩能力者……僅かな色の違いがわかるんだ。紙の白と色鉛筆の白の違いが俺にはわかる」


 ヴィヴィは目を凝らしてページを見る……が、いくら目を凝らしたところで読めることはないだろう。角度を変えて読もうともするが無駄だ。この手記に使われている色鉛筆はかなり紙の白に寄せてあるからな。


「駄目、私には読めない」


「なにが書いてあるか教えてやろうか?」


 ニッと口元を笑わせて俺が言うと、ヴィヴィはこっちを睨んできた。


「あなた、まさかまた……」

「交換条件だ」


 ヴィヴィは腕を組み、苛立った顔を見せる。


「はいはい、なんでしょうかイロハ様。なんなりとお申し付けくださいませ」


 と棒読みでヴィヴィは言う。


「そう怒るな。今回はただ俺の質問に答えてくれるだけでいい。聞きたいことがあるんだ。俺には作りたい物がある。それが錬金術で作れるか教えてくれ」


「作りたい物? なによ、もったいぶらずに早く言いなさい」


「……女だ」


「――なんて?」


 ヴィヴィは少し、引き気味だ。構わず俺は言う。




「俺は『理想の女』を造りたい」


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