第8話 理想の女性

「『理想の女』……? はぁ? え?」


 ヴィヴィはまだ俺の願いを理解できていないようだ。


「俺は思うんだ。世の中の結婚してるやつ、絶対全員妥協してるなって」


「その喋り出しの時点でかなりひねくれた話になるのは予想できるけれど、一応最後まで聞いてあげる」


「全員、頭の中に理想の異性は必ず存在する。だが性格・顔・身体、100%理想通りの異性なんて世界中探してもまずいない。みんな潜在的にそれを自覚しているから90%、80%ぐらい理想通りなら良しとしている。でも俺はそんな妥協はしたくない。たった一度の人生、せっかくなら100%理想通りの女と結婚したい……!」


 目の色も、

 髪の色も、

 肌の色も、

 歯の色も、

 唇の色も、

 爪の色に至るまで、


 俺には理想があるのだ。だがその理想通りの女性なんて100度転生しても出会えないだろう。


 居ないのなら、造るしかない。


「……とりあえず、一言だけ、ハッキリと言わせてもらうわ」


 ヴィヴィはハッキリと口を開き、



「キ・モ」



 さげすみに満ちた顔と声だった。


「それに、あなた視野が狭いわね。理想の女ならすぐ近くにいるじゃない」


「なに!? どこだ! どこにいる!?」


 俺は部屋を見渡す。しかしそんな女性はいないし、そもそもこの空間内に女は1人しかいない。……まさかとは思うが、


「ここよ」


 ヴィヴィは自分の胸に人差し指を当てる。


「見なさい、この光沢のある銀の髪、透き通った白い肌。目はアメジストも恥じらうパープル。凛々しくもあどけなさが残る顔立ち。胸は大きすぎず小さすぎず、ウェストもベストな細さ……まさしく全男性が憧れ理想とする女よ」


「凄いなお前……その底知れない自尊心には心底感服するが、残念ながら俺の理想とは程遠いな」


 ヴィヴィの髪に指を向ける。


「まず髪の毛の色は黄色が良い! カナリアの羽のような自然でフワッとした黄色の髪だ。次に肌の色、肌の色は健康的な小麦色がベスト! 目の色は鮮やかなカーマインが好ましい……!」


「……」


「それに体型で言うならもうちょい胸は欲しいな~。腰の細さは良いけど、ケツはもっと大きい方が――ごはっ!?」


 女とは思えないパワーの蹴りが腹筋に突き刺さる。思わずその場でうずくまる。


「な、なにしやがる……!」


「セクハララインを越えたから制裁を加えたまでよ。あと、これ以上この話を続けると耳が腐るから、結論を言わせてもらうわ。――人を造ることは可能よ」


「本当か!」


「人造人間……ホムンクルスは錬成式さえ確立できれば幾らでも作れる。素材難度は低い方よ。ただ魂を宿すとなると難易度は大きく跳ね上がるわね」


「作れるとわかっただけで十分だ。これで錬金術に躊躇なく人生を捧げられる」


「……今まで色々な人を見てきたけど、これほどくだらない理由で錬金術を習おうとする人間はいなかった」


 呆れたような物言いだが、どこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?


「さっ、質問には答えたわよ。手記に書いてあることを教えなさい」


「お前が俺の入国手続きをしている間に写しを用意しておくよ。もちろん、黒字の写しをな。俺が無事、〈アルケー〉に入れたらその写しをやる」


 ヴィヴィは一瞬不快そうな顔をして、


「……ま、いいでしょう。私はこれから一度〈アルケー〉に帰るけど、くれぐれも錬金術は使わないことね」


「わかってるよ」


「最後に一つプレゼントをあげる。錬金窯の蓋を閉めなさい」


「?」


 俺はヴィヴィの言う通り錬金窯の蓋を閉める。


 ヴィヴィは蓋についた筒を通して木材や部屋にあった適当な革製品を雑にぶっこんだ。

 そっか……いちいち蓋を取らなくても、筒から材料を入れてもいいのか。いやしかし、そうすると合金液メタルポーションの色の変化が見れないという難点はあるけど。


 ヴィヴィは素材を入れた後、最後に手形――マナドラフトに手を合わせ、錬金術を発動する。筒からシャボン玉を纏って出て来たのは、肩掛けベルト付きの黒い木製の筒だった。


 ヴィヴィは筒を手に取り、渡してくる。


「はい。 “虹の筆”用の筒よ。それを抜き身で持ち運ぶのは目立つからこれにしまって運びなさい」


「さすがは本場の錬金術師、こんな簡単に特注のケースを作っちまうなんてな」


「これぐらい余裕よ。それじゃ、これで失礼するわ」


 得意げにそう言い残して、ヴィヴィは小屋から出ていった。


「ケースありがとな~」


 去っていく背中に礼を言った後、ケースをよく観察する。

 凄いな、よくできてる。耐久性も十分だし、重さも良い感じだ。


 虹の筆を中に入れてみる。うん、ピッタリだ。

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