第一章 錬金術師専門学校へようこそ

第9話 いざ錬金術師の国へ!

 一週間暇になった俺は“虹の筆”でささっと写本を終え、図書館に籠って色々と調べ物をしていた。


 調べていたのは錬金術で生み出せるモノ……もちろん、図書館の資料にある錬金術と実際の錬金術は違うということを念頭において調べてみた。


 “賢者の石”、“ホムンクルス”、“エーテル”、“キメラ”……どれもこれも夢のような存在だ。


 次に錬金術師の国〈アルケー〉について調べてみた。

 結論から言うと、この世界にある三つの大陸、そのどこにも〈アルケー〉は存在しなかった。四つの違う著者による世界地図を見た結果だからほとんど間違いあるまい。〈アルケー〉という国は一般的に存在しないということになっている。


 しかしアルケーという言葉は存在した。

 アルケーとは、『原初』・『根源』・『原理』・『根拠』という意味があるそうだ。『万物の始源』、それがアルケーだそうだ。


 そんなこんなを調べている内にあっという間に一週間が過ぎたのだった。


 ◇◆◇


 深夜と早朝の境目の時間、玄関扉がノックされる音で俺は目覚めた。その苛立ちが混じったノックの音から、誰が来たかはすぐにわかった。


「はぁ」


「会って早々ため息は失礼だろ」


 玄関扉を開けた俺に待ち受けていたのは、銀髪女子のため息だった。


「ごめんなさい。今からあなたと会話することをうれいて、ついため息が漏れてしまったわ」


「本当に謝罪の気持ちがあるならそのセリフは出てこない」


「時間に余裕はないから、すぐ本題に入らせてもらうわね」


 ヴィヴィは小さなポーチからポーチの何倍も大きな服を出して、俺に差し出してくる。


「なんだコレ?」


「制服よ」


「制服? なんの?」


「学校の制服よ。おめでとう。あなたは錬金術師養成学校である〈ランティス錬金学校〉への入学を認められたわ」


 ヴィヴィはパチパチと拍手を送ってくる。

 学校? は? 何の話だ? 俺は〈アルケー〉に入国させてくれとしか頼んでないはずだが、


「色々と説明が足りないと思います」


「偉い人にあなたの入国をお願いしたら、交換条件としてあなたの〈ランティス錬金学校〉への入学を提示されたのよ。それで二つ返事でOKしたってわけ」


「お前が決めることか? それ」


 別にいいけど。つーか好都合だけど。

 錬金術を学ぶなら学校が一番だろうしな。


「しかし入国の条件が入学って、変な話だな」


「そう? 道理には合ってると思うけど。〈アルケー〉の法律もなにも知らない人間を放置するより、学校に入れてしまって法や常識を叩き込む方が効率的でしょ?」


「言われてみりゃ確かにな。ま、俺にとって悪い話じゃない。喜んで入学するぜ。もしかしてお前も同じ学校なのか?」


「ええそうよ。良かったわね、こんな美少女が同級生に居るのだからあなたの学園生活はバラ色確定よ」


「バラの色は好きじゃないな~。あざとくて」


「……相変わらず偏屈な男ね」


「お互い様だ」


 制服を改めて見る。

 ヴィヴィの着ている制服に似た物だが、メインの色が白じゃなくて黒だ。


「今すぐ着替えてきて。表で待ってるわ」


「え? 今?」


「入学式は今日よ。まさかそのみすぼらしい恰好で式典に出るつもり?」


「待て待て! 〈アルケー〉ってのは〈リヴィア〉とそんな近いところにあるのか!?」


 〈リヴィア〉、それは俺が住むこの国の名前だ。

 今日入学式を行うということは、今日中に〈アルケー〉へ行くということ。入学式なんて基本、朝から昼にかけての時間だ。数時間で行ける距離に〈アルケー〉がないと入学式に出ることはできないだろう。


「違う大陸よ」


「じゃあ今日中に〈アルケー〉に行くのは無理だろ!」


「私たちは錬金術師よ。別大陸なんて一瞬で行けるわ」


 そうでございますか。

 錬金術師相手に俺の一般人たる常識をぶつけても無駄だな。


「着替えてきまーす」


「手早くね」


 リビングで白のYシャツ、黒の長ズボン、フード付きの黒を基調とした制服を着る。

 鏡で自分の姿を見る。ふむ、まぁまぁ似合ってる気はする。

 その後、トランクに着替えとか爺さんの手記とその写しとか日用品を詰め込む。


 “虹の筆”が入った筒とトランクを持って俺はヴィヴィの待つ外に出た。


「準備はいい? 暫くここへは戻ってこれないわよ?」


「問題ない」


「そ。なら出発するわ」


 いよいよ錬金術師の国へ行くのか。ワクワクが胸の内で踊る。

 文化もなにかも違うんだろうな……。


「それで〈アルケー〉には何に乗って行くんだ? 船? 汽車?」


「見てのお楽しみよ」


 ヴィヴィに連れてこられたのは帝都の少し外れの道。

 薄暗く、廃れた看板の店が並ぶ路地の奥にヴィヴィは足を運んだ。正面に見えるは〈ネオリヴィア駅〉と書かれた看板を掲げた店。一切窓のない店だ。外から中の様子は伺えない。


「closeって書いてあるぞ」


 店の扉にはclose、つまり閉店中を意味する看板が掛かっている。


「大丈夫」


 ヴィヴィは店の扉を一定のリズムで10回ほどノックした。すると扉の看板がひとりでに回転し、看板の文字がopenになった。同時にガチャとカギが回る音が鳴った。


「行くわよ。ちゃんとついてきなさい」


 真剣な目つきでヴィヴィは言う。

 ヴィヴィが扉を開く。すぐ正面には下に続く階段。

 俺とヴィヴィが中に入ると扉が閉まり、カギも閉まった。そして看板の回る音も鳴った。


 階段を下っていく……。


 暫く階段を下っていくと、段々と階段の先に光が見えてきた。

 そしてようやく階段を下りきる。


 そこは奇妙な空間だった。


 まず中央に巨大な窯がある。爺さんのアトリエにあった窯の20倍の大きさはあるだろう、見上げるほど大きい。その窯を囲うように5人ほどの同じ服を着た人間が座り込んでいる。座っている人たちの側の地面にはマナドラフトが見える。

 部屋の灯りとしてロウソクが多数設置してあるのだが、どれもなぜか紫色の炎を出していて、そのせいか薄暗い。


 汽車や船は影もない。


 目の前にはピエロのような化粧を施した陽気な男だ。

 男は両腕を広げる。


「ようこそ〈ネオリヴィア駅〉へ! ステキな旅があなたを待っていることでしょう!!」

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