第6話 交換条件だ

「失礼、まずは自己紹介をするべきね」


 少女は胸を張って、堂々と名乗りだす。


「私はヴィヴィ=ロス=グランデ。職業は錬金術師。専門は薬液ポーションよ」


「錬金術師……!」


 驚き、強張った俺の表情を少女は見逃さなかった。


「普通、一般人に『錬金術師です』と名乗れば、呆れられるか、引かれるか、笑って誤魔化される……でもあなたは疑う素振りを見せず、私を観察するように見た。錬金術は知ってるけど、錬金術師に会うのは初めてって感じの反応ね」


 図星中の図星である。

 付け加えるなら、『爺さん以外の』錬金術師に会うのは初めてだ。


「私が名乗って12秒が経過したわけだけど、あなたはいつ名乗ってくれるの?」


 初対面の相手によくもこんな偉そうにできるもんだ。


「俺はイロハ=シロガネ……画家だ」


「画家? いや、それよりも、シロガネ……!?」


 少女――ヴィヴィは俺のファミリーネームに引っかかった様子だ。


「あなた……もしかして、アゲハ=シロガネの親族?」


「アゲハ=シロガネは俺の養父だ。名前も養父に付けてもらった」


「アゲハさんに養子が居たなんて……あなたは、アゲハさんの錬金術の弟子でもあるのかしら?」


「いいや、爺さんには育ててもらっただけで、錬金術を習ったことはないよ」


「……ちょっとややこしいことになってそうね。詳しく聞かせてもらうわ。お茶を出してくれる?」


 ヴィヴィは家の主人の許可も得ず、ズカズカと家の奥へ足を進めた。


「まったく、最低の客だな……」



 ◇◆◇



「なるほど。アゲハさんが亡くなった後でアゲハさんが錬金術師だと知り、アゲハさんが遺した手記から錬金術を知ったと。じゃあ、てんで素人ってことね」


 優雅に茶を飲みながらヴィヴィは言う。


「そうだよ。錬金術を知ったのは1ヵ月前だし、錬金術が成功したのは一回だけだ」


「不可抗力みたいなモノだから仕方ないけど、錬金術をこの国で免許なしで使うのは錬金法違反よ」


 そう言ってヴィヴィは純銀の手帳をちらつかせた。アレが免許証なのだろう。


「そうなのか? つっても、そんな法律知らねぇし」


「だとしても、“錬国の守護者フラスコ”の連中に見つかれば記憶封印の罰はのがれられない」


 それは困る。


「ちなみに“錬国の守護者フラスコ”って言うのは錬金術師の警察のことよ」


「……じゃあお前は、俺を“錬国の守護者フラスコ”ってやつらに突き出すのか?」


「それはあなたの態度次第」


 ヴィヴィの口角がいやらしく上がった。


「私はね、ここにアゲハさんの研究資料がないかを探しに来たの。あのアゲハ=シロガネの研究資料……とても興味あるわ」


「……爺さんって、凄い錬金術師だったのか?」


「もちろん。アゲハ=シロガネは錬金術師にとって、誇張なしに大英雄だったから。彼の訃報は一大ニュースだった。16種の新種ポーションの開発、ニコラス賞三年連続受賞、宝樹“虹の樹”の発見……彼の功績を挙げたらキリがないわね。私がもっとも尊敬する錬金術師よ」


 爺さんが褒められると俺も嬉しくなる。

 そっか、凄い人だったんだな……俺の前じゃただの優しくて甘い爺さんだったけど。


「アゲハさんが亡くなった後、多くの人が彼のアトリエを探したけど誰も見つけられなかった。錬金術師の国である〈アルケー〉はもう隅々まで探索された。あと可能性があるのはここ、アゲハさんが晩年過ごしたこの帝都だけだった」


 事情は読めた。


「あなたはアトリエの場所、知ってるんでしょ。案内してくれるかしら?」


「交換条件だ」


 俺が言うと、ヴィヴィは目を鋭く尖らせた。口元には余裕の笑みがある。


「交換条件? あなたね……自分の立場がわかってる?」


「記憶を封印されるかどうかの瀬戸際に立ってるのは自覚してる。お前がその気になれば俺は錬金術の記憶を封印される。だけどいいのか? 錬金術に関する記憶を失えば、俺は多分、爺さんのアトリエの場所も忘れるぞ」


「……ええ、その通りね」


「爺さんのアトリエへ案内してやる。その代わり、俺を“錬国の守護者フラスコ”に突き出すのはやめてくれ」


「いいわよ。私にとっては願ったり叶ったりの展開。元々、それをネタに脅すつもりだったから」


「怖い怖い……」


 俺とヴィヴィは家を出て、郊外の森に向かう。


「それで、あなたは何を錬成つくったの?」


 ヴィヴィは馬鹿にした視線で俺を見上げてくる。


「血のつながりがないのなら、アゲハさんの才能を引き継いでるとは考えにくい。くず鉄? くず布? それともブルーポーションぐらいは作れたの?」


「アトリエにあるから、直接お見せするよ。俺が作った物」


「へぇ、もったいぶるってことはちょっとは期待してもいいのかしら」


 俺が作った“虹の筆”は、錬金術師から見たらどれくらいの錬成難易度の物なのだろうか。

 俺はかなり苦戦して作り上げたけど、実は超簡単に作れる物なのかもしれない。錬金術師にとっては初級も初級の物なのかもしれない。なんせ錬金術素人の俺が作れたのだから。


 それはそれでいいかもな。


 アレが底辺の錬成物だと言うなら、錬金術の世界にはもっと凄い物が多くあるということなのだから……。


 小屋に着く。

 ヴィヴィは小屋の扉にある手形を見て、戸惑いの表情を浮かべた。


「マナドラフトをカギ代わりに使ってるようね。これは……多分、特定の人物のマナにしか反応しないよう細工してある」


「マナドラフトってなんだ?」


 俺が聞くとヴィヴィは懇切丁寧に説明してくれた。


「この手形のこと。マナドラフトに手を合わせると術師からマナとイメージが抽出される。大体錬金術は素材を投入して、最後に錬金術師のマナとイメージをマナドラフトを介して素材と織り交ぜ、錬成物を錬金するの」


 つまり、式にすると、


 素材+イメージ+マナ=錬成物というわけか。

 ヴィヴィは手形に右手を合わせる。――俺が合わせた時と違い、何の反応もなかった。


「やっぱりね。私じゃ開かないみたい。――イロハ君、お願い」


「断る」


「はぁ?」


 ヴィヴィは眉をひそめたあと、なにかを察したように瞼をひくつかせた。


「ここへ案内するまでが提示した条件でございます。この扉を開くのなら、別料金が発生します。お客様」


「……随分と舐めたことしてくれるわね。いいでしょう、今回は私のミス。なにをすればここを開けてくれるの?」


 俺はヴィヴィを指さし、言い放つ。


「俺を錬金術師の国に連れて行ってくれ。それが扉を開く条件だ」

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