第42話 お買い物

 申請書を書き終えた俺たちは夕方に『祝ファクトリー結成パーティー』を開くことに決めた。

 提案したのはフラムとジョシュアで、ヴィヴィは嫌々ながら承諾した。


 ファクトリーの申請書を提出するため、ヴィヴィはアラン先生を探しに出た。

 ジョシュアは何やら急用があるとかで一時退席。


 俺とフラムの2人でパーティーの食料を買いに街に出た。


 〈スイーツファクトリー〉。

 名の通り、ケーキなどのスイーツが売ってるファクトリーだ。


「見て見てイロハ! サファイアストロベリーケーキだって!」


 宝石のような光沢を放つ真っ赤なイチゴが乗ったホールケーキだ。


「こっちには雪花せっか砂糖ざとうで作ったホワイトチョコケーキがあるよ!」


 雪のように白いチョコでコーティングされたホールケーキ、とても綺麗な白色だ。


「どれか1つだぞ。予算はそんなに多くないんだ」

「わかってるよ。う~、悩む……」


 フラムは目をキラキラと輝かせ、あれがいいこれがいいと悩みに悩んでいる。

 気持ちはわかる。ここにあるのは〈アルケー〉以外の国じゃまず目にしない物ばかり。錬金術を応用して作ったのだろう、どれもこれも魅力的だ。


「……見ろよあの子、めっちゃ可愛くね」

「ああ、一年生かな?」


 男子生徒のつぶやきが耳に入った。

 フラムと一緒に居るとこういうつぶやきを聞くことは珍しくない。いま悩んでいる姿も女の子らしくて可愛らしい。――ヴィヴィにこの愛嬌があればな。


 それにしても、コノハ先生は妙なことを言っていたな。 


 俺たち4人が深い業を背負っていると。

 俺も、ヴィヴィも、それなりの業を背負っている。ジョシュアはたまに怖い時があるし、なにか隠し事があってもおかしくない。

 だけどフラムに限ってはまったくそういう裏とか無さそうだがな……。

 というか、あの純粋な笑顔の裏になにかあるとは考えたくない。


「よし! これに決めた!」


 フラムは雪花砂糖のチョコレートケーキに決めたようだ。

 だけどまだ、ジトーっとサファイアストロベリーケーキも見ている。


……仕方ない。


「すみません。雪花砂糖のチョコケーキとサファイアストロベリーケーキをください」


「――え!? いいの2つも!」


「片方は俺が自腹で買う。どっちも味見してみたいからな」


 フラムは俺の右手を両手で包み、大きく上下させる。


「ありがとイロハ! この御恩は一生忘れません!」


 羨ましそうに俺を見る周囲の男子。

 うん、この優越感は悪くないな。


「お買い上げ、ありがとうございました~」


 ケーキを2個持って店を出る。

 次に食料店〈フードファクトリー〉に寄って食材を買い集めた。


「これだけあれば足りるだろ」


「うん! じゃあヴィヴィちゃんの家に向かおうか」


 フラムと2人、両腕いっぱいに紙袋を持って城下町を歩いていく。


「それにしてもヴィヴィちゃん、初めて会った時に比べたらかなり丸くなったよね。特にイロハに対してさ、信頼みたいなのを感じるよ」


「そうか? 丸くなったとは思うが、俺に対して信頼なんて抱いてないと思うぞ」


「いやいや、さっきの副団長を決める時だって、迷わずイロハを指名したじゃん」


「……一番使いっパシリにしやすい奴を選んだだけだろ」


「照れなくてもいいのに」


 フラムはクスクスと笑う。


「2人はちゃんと友達なんだなって思ったよ」


「変な言い方だな。お前はヴィヴィのこと友達だと思ってないのか?」


「……うん。まだね、ちょっと気まずいんだ」


「そっか。まだ“夢魔草”の一件を引きずってるんだな」


「そういう気まずさじゃないよ! それと“夢魔草”の話はもうしないで!」


 フラムはムーッと頬を膨らませて睨んでくる。


「……なんだかね、見えない壁を感じるんだよ」


 見えない壁、か。それは多分、ヴィヴィの過去の罪が関係している。

 ヴィヴィは過去の罪から友達を作ることを良くないことだと感じている。だから、フラムに対しても一線引いているのだろう。


「ヴィヴィちゃんだけじゃないよ」


 フラムは俺の顔を見る。


「イロハも、ジョシュアも、見えない壁を感じる。……いや、イロハに対しては壁とは違くて……イロハと話しているのに、空気と喋っている気分になるというか……」


「空気のような人間で悪かったな」


「ご、ごめん! 言い方間違えたかも!」


 いいや、間違いじゃない。

 俺も俺で、本心で喋っているとは言い難いからな。フラムは結構勘の良いことを言っている。


「そういうお前はどうなんだ?」


「え?」


「俺は……お前と話している時が一番壁を感じるぞ」


 フラムは驚いたような顔をして、その後で苦笑する。


「……そうだね。私も、本当の姿でみんなと接しているとは言えない。だって、私の……本当の顔を知ったら、きっとみんな幻滅する」


 フラムは俯き気味になってそう言った。


「……最近、似たようなセリフを聞いたな」


……なるほど、コイツはコイツで、たしかに裏がありそうだな。


「別にいいんじゃないか、本当の姿なんて晒さなくて」


 フラムは顔を上げる。


「俺は今のお前と話してて、普通に楽しいからな」


「でもさっきは一番壁を感じるって……」


「俺は人見知りなんでな。壁越しに話すぐらいが心地いいんだ」


 そう言って笑いかけると、フラムも笑ってくれた。


「ほんっとイロハって変わってるよね! ヴィヴィちゃんやジョシュアよりよっぽど変人だよ」


「待て待て、それは聞き捨てならないぞ……アイツらよりかは常識人な自信はある」


 変人であることは否定しないけどな。

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