第39話 雪解け

「ん……」


 瞼を開くと、天井が見えた。

 体を包む感触から、ベッドの上で寝かされているのだとわかる。


「目が覚めたのね」


 声の方を向くと、椅子に座り、退屈そうに本を読むヴィヴィの姿があった。

 右足首には包帯を巻いている。


「ここは、もしかしてお前の家か?」


 樹海に入る前にヴィヴィの家を訪れた際、玄関からチラッと見えた居間がこんな景色だった気がする。


「そうよ。ごめんなさいね……医者に診せられなくて」


「いいや、理由はわかっている。利口な判断だよ」


 こんなボロボロの姿を見せたらどこで何をやっていたか問い詰められる。もし、危険指定区域に入ったことがバレたら最悪だ。

 ヴィヴィの判断は正しい。


「お前が手当てしてくれたのか?」


「ええ。医術には……心得があったから」


 ヴィヴィは後ろめたそうに言った。

 そうか……ヴィヴィは昔、医療錬金術の研究をしていたんだったな。


「ジョシュアとフラムは?」


「私たちのご飯を買いに行ってくれてるわ」


「俺が気絶してからどれくらいった?」


「3時間ぐらいよ」


 だとしたら、ちょうど昼頃か。

 ジョシュアもフラムいないし、ちょうどいいタイミングだな。


「……なぁヴィヴィ。俺さ、“賢者の石”造るの、本気で手伝おうと思う」


 バサ。とヴィヴィは本を手から落とした。


「な、なんでよ!」


「お前、この前言ってたろ。『友達を作る資格がない』って。それはきっと、お前の罪に関係してるんだろ?」


「……そうよ。あれだけの罪を犯した私に、友達を作る資格はない」


 まぁ、そんなとこだと思ったよ。


「それなら“賢者の石”でお前の罪を消したら、友達を作ってもいいってことだろ? つまり、“賢者の石”さえあれば俺はお前と友達になれるということだ」


 口元を笑わせて言う。

 ヴィヴィは戸惑いながら口を開く。


「どうして、そこまで私と友達になりたいの?」


「実はな、俺も友達がいないんだ」


「ええ。でしょうね」


「納得するな。 ――俺は友達が欲しい。普通の人間らしく……友達が。なんでお前にこだわるのか、正直わからない」


 と口では言いつつ、わかりかけてはいる。


 ヴィヴィは――人間なんだ。俺が今まで見てきた中で、一番人間らしい。人間らしく過ちを犯して、人間らしく悩んで、人間らしくもがいている。


 俺はこいつのそんな人らしい部分に、惹かれているのだ。


 コイツから人間らしさってやつを、学びたい。


 一方的に俺が友達と思うだけじゃなく、コイツからも、俺が友達だと認めさせたい。


「……あなた、変だわ」


 そう言いながら、ポタポタとヴィヴィの瞳から涙が溢れだした。

 ヴィヴィ自身、なぜ泣いているのかわからない感じだ。


「わかってるよ。自覚はある」


「本当に……本当におかしい。アホでバカで愚図で気色悪い……!」


「……ちょっと言い過ぎじゃないか?」


 照れ隠しにしてもな。


「お前に『友達を作る資格』とやらが備わったら、改めて、お前にこう言うよ。『友達になってください』ってな」


 そう伝えると、ヴィヴィは大粒の涙を流し始めた。

 まいったな……ここまで泣くとは思わなかった。ジョシュアとフラムがこのタイミングで帰ってこないことを祈――


「おーい、メシ買ってきたぞー」

「美味しそうな肉まんだよぉ~」


 玄関扉が開いて、ジョシュアとフラムが入ってきた。

 2人はヴィヴィが泣いているのを見て、俺を睨みつけた。


「テメェイロハ! なにヴィヴィ嬢を泣かしてやがる!」


「イロハ、サイテー!」


「あぁ~……泣かしたのは事実だから何とも言えん……」


 それから食事をして、落ち着いたところで今後の段取りについての話になった。


「明日さっそく、“オーロラフルーツの種”を錬成するわ」


「しかしヴィヴィ嬢もイロハもそんな調子なのに錬成なんてできるのか? 俺は植物学には疎いし、フラム嬢は論外だろ?」


「む~。論外は酷くない?」


「私に使っている包帯もイロハ君が使っている包帯も私が錬成した特別性のモノ。巻いた部位の自然治癒能力を格段に早める。明日には私もイロハ君も完治してるはずよ」


「マジか。さすがだなヴィヴィ嬢……」


 道理で、痛みが引くのが早いと思った。


「ジョシュア君とフラムさんには明日までに錬金窯を準備してほしい。大型のやつね」


「わかった。俺たちに任せとけ」


「俺も行くぞ。もう怪我はそこまで痛くない」


「駄目だよ! 今日1日は安静にしてないと!」


「フラムさんの言う通りよ」


「……了解です」


 フラムとジョシュアはヴィヴィの指令を果たすため家を出た。


「俺は家に帰るよ。今日ここに泊まるわけにはいかないしな」


「そう」


 俺は立ち上がり、玄関に向かう。


「イロハ君」


 ヴィヴィは慣れない手つきで手を振った。


「ま、また明日……」


 顔を真っ赤にしてそう言うヴィヴィの表情は、『普通の』男ならコロッと落ちてしまいそうなぐらい可愛らしかった。


「ああ、またな」


 そう返して、俺は家を出た。

 ヴィヴィとの間にあった厚い壁が、1つ剥がれた気がした。

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