第38話 ヴィヴィの過去
私の父は王族に仕える医療錬金術師だった。
グランデ家は代々医療錬金術師の家系で、父も例にもれず凄腕の医療錬金術師だった。
だけど、ある日のこと……父は重大な医療ミスを起こした。
第三王子ファルコ=フラメルが風邪を引いた。その風邪の処方として出す薬を間違え、王子の風邪を悪化させてしまったのだ。
王子は一命をとりとめたが、初歩的な医療ミスを起こした父は叱責された。
結果として、父は〈フローギア〉という街の領主を新たに任せられた。〈フローギア〉は王都から遠く、実質的な追放処分だった。伯爵という地位も奪われ、研究所や住む場所も追われ、父と母は毎晩のように泣いていた。
〈フローギア〉へ移動する途中、母は長旅の疲れから倒れ、休憩に寄った宿で……眠るように亡くなった。私が7歳の時のことだ。
それから1年後。
領主の仕事に慣れた父は錬金術の研究に励むようになった。
私はその姿を見て安心した。
まだ父は王都に復帰することを諦めていないのだと思ったから。
しかし日に日に父は衰弱していった。研究が行き詰ってるのは子供の私にもわかった。
だから私は、父の力になりたいと、錬金術の勉強を本格的に始めた。独学で一日中部屋にこもって勉強した。父の持っている医学書を盗んで、勝手に目を通した。
そしてさらに1年後。
私は父が開発しようとしていたあらゆる血液型の人間に輸血できる万能血液、“X型血液”を錬成した。
「パパ! これ、コレ見て!」
私は嬉々としてパックに入った血液を父に見せた。
「これは……?」
「“X型血液”だよ!」
「そんな、バカな……」
父はその血液を鑑定すると、驚いたように目を見開いた。「信じられない」とつぶやいて、私の頭を撫でてくれた。
「凄いじゃないかヴィヴィ! お前は天才だな!」
嬉しくて、体が震えたのを覚えている。
父が頭を撫でてくれたのは2年振りだった。
「……なぁヴィヴィ。もしヴィヴィが良ければ、これからも私の研究を手伝ってくれないか?」
父は新たな設計書を私にくれた。
私は必要とされるのが嬉しくて、父から渡される設計書に載った錬成物を、次々と完成させた。完成させる度に、父は頭を撫でて笑いかけてくれた。嬉しくて、楽しくて、堪らなかった。
しかも私の働きで多くの人の命が救われる、その達成感も合わさって、私は手を止められなかった。
――人を救える。
――父を救える。
――私の手で!!
しかし私はすぐに知ることになる。
人も救えず、父も救えず、私の手で他人も父親も堕としてしまっていたことに。
人を救う技術は、人を殺す技術となりえることに……。
◆◇◆
半年後のことだった。
朝起きたら、悲鳴と破壊音が窓の外から聞こえてきた。
「なんだろう?」
私は外に出て、街を見渡し、全身の血の気が引いた。
「え……?」
〈フローギア〉の街は真っ赤に染まっていた。
血の海に沈む人たち。
街を闊歩するキメラの数々。
そして、死体の山を足蹴にする父の姿。
「ハハハハハハ!! これで、これで復讐できる! この国に! 私を貶め、妻を殺した憎き国王に!!」
高らかに笑う父。
私は怯えながら、父に声をかける。
「パパ……?」
父はゆっくりと振り向く。
その顔は、狂気に憑りつかれていた。
「やぁヴィヴィ。お前の研究のおかげだよ! お前の研究のおかげで、私は悲願を果たすことができる!!」
「ど、どういうことパパ? わたしの研究が……」
「見たまえこのキメラ達を。素晴らしい完成度だろ? “
「そのキメラが、わたしの研究とどう関係があるの……?」
「わからないかいヴィヴィ。このキメラ達はな、お前の研究成果を利用して造りあげたものだ……」
「嘘……」
「嘘じゃ無い。お前は天才だ、見ればわかるだろ? キメラに、己の技術が使われていると」
父の言う通りだった。
私にはわかってしまった。
キメラの血や皮膚に、私の錬成物が使われていると。
「い――や……嫌、わたしは……!」
「私は成すべきことを成す。またどこかで会おうヴィヴィ。
――安心しなさい。ママの仇は私が討つ」
「パパ! 待って!!!」
父は大多数のキメラと一緒に消えた。
しかし、キメラはまだ何十匹と残っている。
「ひっ!?」
目の前に、羽の生えた大蛇が通る。私は驚き、尻もちをつく。
大蛇と目が合い、怯え固まる私。けれど大蛇は私を見ても、素通りした。
「……わたしのことは、無視してる……?」
他のキメラも同じで、私のことは無視する。
きっと、父に私は襲わないよう命じられているのだろう。
「そこのあなた!」
地面に座り込む私に、1人の女性が駆け寄ってきた。
多分、15~6歳ほどの女性だ。水色の、綺麗なロングヘアーの女性。
「大丈夫? 立てる?」
「あ、えっと……」
「ここは危険よ。早く逃げましょう!」
「だ、大丈夫! わたしは大丈夫だから! 1人で逃げて!!」
「なに言ってるの! こんな子供放って逃げられるわけないでしょ!」
違う。本当に私は大丈夫なのだ。
むしろ危険なのはそっちだ。私という子供と足並みを揃えれば移動速度は落ちる。だから、私は彼女の手を振り払った。
失敗だった。
おとなしく引っ張られるまま、逃げればよかった。
――女性の背後に、剣を持った真っ黒な人型のスライムが現れた。
「あれれー? まだ生き残りがいたんだ~」
軽薄そうな男の声がスライムの口から発せられた。
女性は私を庇うように抱きしめる。そして、
――彼女の首が斬り裂かれた。
首から溢れる血液を、私は頭上から浴びた。
「――じょ……あぁ」
彼女はかすれ声でなにかを言って絶命した。
「嫌……嫌……」
鼻につく、血の匂い。全身に感じる、血の感触。
頭のてっぺんからつま先まで、真っ赤に染まった。
――私が殺した。
私が……!!
全身に鳥肌がたち、体中が冷たくなる。
裸で雪原にいるような気分。震えが収まらない。
「違う……わたしは、わたしはそんなつもりじゃなくて……!
――あ、あぁ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!!!!!」
体の奥底から、悲鳴を上げた。
ただひたすらに、叫んだ。
なにも聞きたくない。なにも感じたくない。だからひたすら大声を出した。
「なーんだ、お前、旦那の娘かよ。ちぇ、じゃあ殺せねぇなぁ」
人型のスライムは私には手を加えず、去っていった。
それからしばらくして、私は“
これが、私の罪の記憶。
私はなんとしてでも“賢者の石”を手にして、この過去を消し去らないといけない。
誰の手も借りたくない。もう私のせいで誰かに迷惑をかけるのは嫌だ。私は1人でいい。私に友達はいらない。
私に誰かと笑う資格なんてないのだから。
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