第12話 フラムとジョシュア
「散々待たせた挙句、目の前でナンパするとは良い度胸ね」
ヴィヴィ姫は非常にお怒りの様子だ。うん、これは俺に非があるな。
「はい、これ」
ヴィヴィは弁解の言葉も聞かず、2つの手帳を渡してきた。
「学生証と入国証よ。それさえあればもう私は用済みね」
ヴィヴィはそのまま立ち去ろうとする。
「待てよ。俺はここから学校までの道のりを知らないぞ」
「そこの可愛らしい女の子に聞けばいいじゃない」
「……待たせたのは悪かったって。事情があったんだ」
「――どうでもいい。忠告しておくけど、もしあなたが穏やかに学園生活を送りたいなら、私とはなるべく関わらないことよ」
鋭い目つきでヴィヴィは言う。
「はぁ? なんでだよ」
「なんでもよ」
ヴィヴィの威圧感が増していく。これ以上突っかかると拳が飛んできそうな勢いだ。
「はいはいわかったよ。でもお前1つ大事な物忘れてるぜ」
トランクから冊子を出す。
「ほら。手記の写しだ」
「ありがとう」
ヴィヴィは冊子を受け取り、足早に石階段を下りていった。
なんかいきなり刺々しさが増したな。入学式の前だから、緊張で余裕がなくなってるのか? そういうタイプには見えないけど。
「……つーかここ、変な場所だな~」
屋根も壁もない。石の支柱と床と階段、そして壺がある。
石像の姿も多くある。神秘的なオーラを感じるな。
「ここ、〈パルキリア神殿〉って言うんだってさ」
答えたのは赤毛の少女だ。
「でも驚いた~! 〈アルケー〉にはあんな美人さんが居るんだね!」
「その言い方だと、お前は〈アルケー〉出身じゃないのか?」
「うん! 私は外部生だよ。君はアルケー人?」
「いいや、俺はリヴィア人だ」
「あ、じゃあ君も外部生なんだね! 私はストロフィロー人だよ」
「その外部生ってのはなんだ?」
「〈アルケー〉の外からスカウトされて錬金学校に来た人たちのこと。毎年4分の1ぐらいは外部生らしいよ。そうだ! 自己紹介がまだだったね」
コホン、と少女は咳払いし、名乗る。
「私はフラム=セイラ―。錬金術はおばあちゃんに習ったんだ。よろしくねっ!」
元気いっぱいに自己紹介するフラム。
「俺はイロハ=シロガネ。錬金術は養父に習った。よろしく」
俺はフラムと一緒に神殿の外に出る。
とりあえず石階段を下りる前に、周辺の地形を確認する。
「階段を下りると森があって、その先に町があって、町の側には海がある。町の奥にあるあのでっかい城はなんだ?」
「アレが〈ランティス錬金学校〉だね。そしてさらに向こうにあるのが……」
「なんだアレ!?」
城のはるか後方には、雲に届くほど大きな巨木がある。
「〈ユグドラシル〉。世界樹と呼ばれる樹だよ」
「すごいな! あんな大きな樹があるなんて、本当に、小説の世界に入ったみたいだ……」
「授業の一環で〈ユグドラシル〉の中に入って採取とかすることもあるらしいよ。楽しみだよねっ!」
俺とフラムは石階段を降りていく。
「しかし……はぁ。学校に着くまでに体力を使い果たしそうだな」
「うぅ……同感」
そもそも徒歩で学校まで行こうという人間が少ない。
空飛ぶホウキ、空飛ぶソファーに乗って学校に向かう者、背から羽を生やして飛んでいく者もいる。ほとんどの人間が錬金術で作り出したであろうアイテムを駆使して学校に向かっている。
「ズリ~なぁ……」
「凄いね~! さすが錬金術師!」
その時、頭上に影が落ちてきた。
「そこのお嬢さん。オレと共に来るかい?」
キザな声と共に、空飛ぶカーペットが俺たちを追い越した。
カーペットが回転し、その唯一の搭乗者がこちらを向く。
青髪ロングで、左眼を眼帯で隠した男だ。
「君だよ君、赤い髪の君さ」
眼帯の男はフラムを指さす。
「え? 私?」
「そうだよ。歩いて学校まで行くのは大変だろう? オレのカーペットはあと1人2人は運べる。乗せてあげるよ」
「ホント!? 良かったねイロハ! 私たち乗せてもらえるって!」
いや、多分アイツが誘ってるのは……、
「いやいや、乗せるのは君だけさ。麗しき姫よ」
「どうして? あと2人は乗れるんだから、イロハも乗せてあげてよ」
「残念ながら、このカーペットは男を2人以上乗せられないんだ」
「そうなの!?」
「嘘に決まってるだろ~」
「嘘なの!?」
フラム=セイラ―はどうやらかなりの天然のようだ。
「どうするガール? 乗るのかい? 乗らないのかい?」
「う~……イロハが一緒じゃないなら――」
断ろうとするフラムに俺は耳打ちする。
「……いや、ここは乗ってくれ。俺に考えがある」
フラムは喉まで出かかった言葉を止める。
「えーっと、やっぱり乗せてもらおうかな?」
引き攣った笑顔でフラムは言う。青毛の男は鼻の下を伸ばし、
「そうこなくっちゃ! いま迎えに行くよ!」
男がこちらに近づいてきたところで、俺は自然と奴の後ろに回り、背負ったケースから“虹の筆”を取り出す。
「……ピンクがいいか。目立つし」
筆先にピンクのインクをつけ、カーペットの裏側に『バカ』とか『アホ』とかの罵詈雑言を描いた。
「これで良しと。おい、お前。俺も乗せてくれ」
眼帯の男は振り返り、こちらを見下した顔で、
「悪いが他を当たってくれ。このカーペットはレディー専用でね」
「そう言わずに、カーペットの裏を見てみろ」
「なに?」
男は身を乗り出し、カーペットの裏側を見る。
「んなっ!?」
男は目を丸くし、「なんだこいつはー!?」と叫んだ。
「オ、オレの“風神丸”になんて下品な言葉を……! これじゃレディーたちに笑いものにされちまう……!」
「交換条件だ。俺を乗せてくれたらすぐに消してやる。俺を乗せないなら……恥を振りまきながら学校まで行くんだな」
「て、テメェ汚ねぇぞ!!」
「まぁまぁ。それにお前な、俺を乗せると良いことがあるぞ」
「良いこと?」
俺はフラムに聞こえない小さな声で、
「そのカーペット、男2人と女1人ならかなり詰めることになるだろう」
「ぬっ……!? そうか!!」
これだけのヒントで眼帯の男は俺が言わんとしていることを理解した。
「お前が考えた通りだ。真ん中に座るお前と、その隣に座るフラムはかなり密着することになるだろう……悪い話じゃないはずだ」
「名案じゃねぇか。 ――いいだろう! お前も乗せてやる!」
コイツ扱い易いな~。
「そんじゃお言葉に甘えて」
俺とフラムはカーペットに乗り込む。同時に俺はカーペットに描いた絵と文字を消す。
“虹の筆”のインクは俺のマナで構築されているからか、俺の意思で自由に消すことができるのだ。
「結構ぎゅうぎゅう詰めだね……!」
「はははっ! 仕方ない! 3人も乗りゃ狭くもなるさ!」
「空飛ぶカーペット、座り心地いいな……」
カーペットは空を飛び、あっという間に森の頭上を飛び越えた。
そういや、ヴィヴィは大丈夫かな? アイツ、なにか乗り物とか持ってきてるのだろうか……と思って地上の方を見ると、紙で出来た馬に乗り、地上を走るヴィヴィの姿があった。……余計な心配だったな。
「すっごーい! 綺麗な景色……」
広大な海に森、外の世界ではありえない形の建物の数々……うん、綺麗な景色だ。
海の色も、森の色も自然そのもので、実に美しい。
「ねぇねぇ、君は名前なんて言うの?」
「オレはジョシュア=ベン=クロスフォースだ。ジョシュアって呼んでくれ」
「俺はイロハ=シロガネだ。よろしくな、ジョシュア」
「野郎は気安く呼ぶんじゃねぇ! ――ん? ちょっと待て。シロガネって確か……!」
「私はフラム=セイラ―、よろしくね!」
「お、おう。よろしく頼むよ、フラム嬢」
俺たち3人は空から〈ランティス錬金学校〉を目指す――
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