第16話  賢者の石

 フラムは美人である。

 美人というか、可愛いと言った方が正しいな。年相応の愛嬌と純真無垢な性格、そしてなにより髪色が綺麗だ。非の打ちどころがない。

 そのフラムと同じ屋根の下寝るというのは、男として、とてもハッピーなことだ。ジョシュアなら泣いて喜びそうだな。


 しかしここでYESと言ったとして、後にフラムを家に泊めたことが他の誰か、例えばヴィヴィにでもバレたとしたら……ああ、虫を見るような目で俺を睨むヴィヴィの姿が浮かぶ。


「それはダメだろ」


「え~、駄目?」


「お前な、男女が、それも思春期の男女が同じ家に泊まるのはどうかと思うぞ? 周りからも誤解される」


 フラムは急に顔を紅潮させる。


「そそ、そっかぁ! そうだよね! な、なに言ってるんだろう、私!」


 多分、いまようやく、自分がとんでもない爆弾発言をしたことに気づいたのだろう。


「それなら私は野宿――」


「それはもっと駄目だ」


 女子に野宿させるわけにはいかない。

 となれば、俺が野宿してフラムを一旦俺の家に泊めさせるのが吉か。


 いや、もっといい案が――


「あれ? ヴィヴィちゃん」


 ヴィヴィが、家から出てきて俺の方に向かってきている。

 その顔は険しく、焦っているようだった。……怖い表情だ。今にも1人2人ぐらいりそうな勢いである。


「どうしたヴィヴィ――」


「ちょっと来なさい!」


「うおっ!?」 


 ヴィヴィに腕を引っ張られ、家の裏まで連れてこられた。


「いって! なんだよいきなり!」


「あなた、このアゲハさんの手記を私以外の誰にも見せてないでしょうね!?」


 ヴィヴィは手に持った手記の写しで俺の胸を叩く。


「見せてないけど、それがなんだ?」


「良かった……いい、よく聞きなさい。アゲハさんの手記は他の誰にも見せちゃダメよ。絶対にねっ!」


 ヴィヴィはそう言って手記の写しに手に持ったロウソクで火を点けた。


「お前なにを!?」


「これは危険すぎる……!」


 点火した写しを、ヴィヴィは俺の敷地内の土の上に投げる。


「危険って、どういうことだ?」


「私の予想が正しければ、この手記に載っている錬成物はある物を作るために必要な道具たちよ」


「ある物?」


「……“賢者の石”よ」


 “賢者の石”、図書館で読んだ本にたしか載ってたな。

 錬金術師が追い求める錬金術の到達点。黄金を生み出すとか、永遠の生命を与えるとか、超常の力を秘めた石だったはず。


「“賢者の石”を作られるとなにかまずいのかよ」


「使う人間によるわ。“賢者の石”はね、『一度だけあらゆる事象を拒絶』できるのよ」


「あらゆる事象を拒絶?」


「例えば自らの死を拒絶すれば不老不死になれるし、貧乏であることを拒絶すれば一生お金に困らないようになる。極端な話、この世界そのものを拒絶すれば……世界が滅びるということよ」


「世界が、滅びる!?」


「過去の改ざん、未来の改ざんもできると言われている。悪党の手に渡ったらどんなことに使われるか……わかったものじゃないわ」


「……それは確かに危険だな。わかった、誰にも見せないし言わないよ」


 しかし爺さんはなんでそんな物を作るための道具のレシピを、手記に残したんだ?


「俺が持ってる手記も処分した方がいいか?」


「いいえ、アレはどうせあなた以外じゃ読める人間は限られているでしょうし、それに原本の方にはまだ“賢者の石”を錬成するためのヒントが隠されているかもしれない。私が“賢者の石”を作るためにも、原本は残しておくわ」


「お前、“賢者の石”を作る気なのか!? そんな危険な代物を――」


「私には! ……どうしても拒絶しなければならないことがあるよ」


 ヴィヴィは目を背けて言った。

 有無を言わせない、余裕のない表情だ。


「念押しに言うけど、絶対に、他の誰にも見せちゃダメよ」


「わかってるって。それより、俺もお前に頼みがある」


「……なによ?」


「今日、フラムを家に泊めてやってくれ」


「……はぁ?」


「アイツ、まだ家ができてなくて泊まる場所が無いんだ」


 ヴィヴィは照れ臭そうにして、


「む、無理よ」


「頼むよ。まだアイツの家は完成してないんだ。それともお前がアイツの家をパパッと作ってくれるか?」


「それも無理。今日はもう家を1つ錬成するほどの気力は残ってないわ」


「だったら頼むぜ。一日でいいんだ」


「で、でも……その」


 ヴィヴィは赤面する。


「私……同世代の女の子と、なにを話していいか……わからないわ」


「はぁ? なに言ってんだ。これまで同世代の女子と話したことないわけじゃないだ――ろ」


 いや、そうかこいつは父親のせいで孤立していたんだ。


「……えーっと」


 家の物陰から声がした。

 物陰から、フラムが出てくる。


「フラムさん!?」


「ご、ごめんなさい。立ち聞きしちゃった……」


「どこから聞いてた?」


「け、“賢者の石”のくだりから、全部」


 俺とヴィヴィはため息を重ねる。


「あ、あのね! ぜ、絶対誰にも言わないから安心して! それより、私がヴィヴィちゃんの家に泊まるって話だけど……私からもお願いできないかな? 無理に話す必要はないから!」


 ヴィヴィが珍しく、助けを求めるような目で俺を見上げてくる。

 だがしかし、ここはお前の救援要請には応えない。


「頼むよヴィヴィ。お前が頼りだ」


 ヴィヴィは諦めたように目を伏せる。


「……わかったわ。口止め料代わりに泊めてあげる」


「やった! 今夜は女子会だね! ヴィヴィちゃんの話、いっぱい聞かせてね!」


「あ、あなた、いま話す必要はないからって……!」


 これでフラムの宿問題は解決だ。


「じゃ、俺はもう家に入るぞ。今日は色々あって疲れた……」


「ええ。手記の保管も厳重に頼むわよ」


「……気が向いたらな」


 ここで解散し、俺は自分で作った家に入る。


「食器、布団、揃えなきゃいけないモンがいっぱいあるけど」


 今日はもうヘトヘトだ。超常な物やら技術やらを見過ぎて脳が限界を迎えている。

 リビングの木の床に横たわる。


「……今日はもう寝よう」


 こうして俺の〈アルケー〉来訪一日目は終わった。

 次の日、床で寝た代償(背中の痛み)を受けたのは言うまでもない。

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