第52話




 生命力を奪ってくる黒々とした霧のなかで、仲間たちと肩を並べながら『ラストダンジョンメモリーズ』でも極上の難敵と呼び声の高い黒獣王オーディックと相対する。


 頭のなかにステータスを表示させ、レベルが876になった自身の能力を確認しておく。


 まだオーディックには到底およばないが、星崎たちが駆けつけてくれたおかげで逆転の可能性ができた。


「星崎。聞きたいことがある」


 傍らに立っている星崎に、質問を投げかける。


「それなら……」


 星崎はすぐに答えてくれた。


 どうやら条件はクリアしているようだ。


「それが、どうしたっていうの?」


「試してみたいことがある」


 星崎の目を真剣に見つめながら、熱い気持ちを声に込めて言った。


「……聞かせてみなさい」


 多くは説明を求めずに、星崎は先を促してくる。HPが減り続けているので時間がないというのもあるが、俺のことを信頼してくれている。


「マナカさま! 光城さん!」


 朝美が叫んで警告を発してきた。


 オーディックが咆哮をあげて、広間を覆いつくす【闇霧】のなかを駆けてくる。こっちはまだ星崎への説明が終わってないってのに!


 残りの説明は、一気にまくし立てるようにした。星崎にうまく伝わっていればいいが。


「朝美、下がっていなさい」


 星崎は朝美に後方での援護と支援を命じると、正眼の構えを取った。


 猛然と広間を疾走するオーディック。いつどこから現れるかわからない。そんなことを考える余裕なんてない。


 側面――星崎の右側にひろがる暗闇からオーディックが躍り出てくる。逆手に握った漆黒の剣を横薙ぎに振ってきた。


 飛躍的なレベルアップを果たしても、そのスピードには驚愕させられる。相手のほうが実力が上だと、改めて痛感させられた。


 暗闇のなかで火花が散る。


 星崎は短い呼吸を吹くと、瞬時に腰を落として防御の姿勢。水平に走る漆黒の斬撃を受け止めたが、足の踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。


 こっちに向かって飛んできた星崎を、両腕をひろげて体を使い受け止める。星崎がぶつかってくると、胸と腹に衝撃が走った。星崎も小さなうめき声をもらす。


「大丈夫か?」


「えぇ、耳を澄ましていれば、攻撃を防ぐことはできそうね」


 こっちを振り返りながら視線でお礼を告げてくると、星崎は俺の胸元から離れて剣を握り直す。


 オーディックの足音を聞いて、どこから襲ってくるのかを星崎は読んでいた。この暗闇にすぐ対応してみせたのは、さすがだ。

 

 とはいえ、パワーではかなわない。まともな打ち合いになれば負ける。


 オーディックは低い唸り声を発すると、前傾姿勢になって追撃。逆手に握った剣を構えて突進してくる。


「させません! 【魔光の槍】よ!」


 朝美は杖をかかげて、青い光の槍を発射。暗闇を貫くように一条の輝きが飛来する。


 このまま突っ込めば【魔光の槍】に命中すると判断したオーディックは急停止して追撃を中断。地面を蹴って跳び退る。


 それを読んでいたかのように、星崎は前進した。横合いから飛来してくる【魔光の槍】を、身をかがめて潜り抜けていき、オーディックとの距離を詰めていく。


 まだ右手に握っている剣の間合いではないが、届く。


「【鳳凰の炎剣】」


 左手のなかで紅蓮の炎が湧き起こる。燃えあがる炎は長大な剣となり、闇の霧に覆われた周囲を照らした。


 右手に握った剣では届かなくても、左手に握った炎の大剣なら届く。


 星崎は更に踏み込んでいき、渾身の力を込めて【鳳凰の炎剣】を叩き込む。爆炎が炸裂する。大気を焼きつくすように熱風がひろがり、地面が焦土と化した。


 オーディックは漆黒の剣で【鳳凰の炎剣】を防ぎ止めたが、ガード越しでも炸裂した爆炎のダメージをもらったようで、漆黒の鎧を装着した巨体から煙をあげている。


 それでもオーディックの命を絶つには足りない。


 オーディックは猛々しい咆哮を響かせると、反撃のために跳びかかろうとする。 


「朝美!」


「【魔光の雨】よ」


 星崎が呼びかけるよりも早く、朝美は青い光の球体を放っていた。 


 球体はオーディックの頭上まで飛んでいき、眼下に向けて無数の光の矢を連射する。


 降りそそぐ光の矢を全身に浴びて、オーディックは身をよじらせながら叫んだ。広間の奥のほうに向かって駆けていき、距離を取ってくる。


 さほどダメージはなかったようだが、牽制にはなった。


 星崎と朝美の息がぴったりあっている。パーティとして連携を取ることで、格上の敵と渡り合っていた。


「光城くん」

 

 そして星崎は、俺のことを呼んでくる。


「さっきの、やるわよ」


 瞳の奥に凜とした光を灯して、見つめてくる。


 そんな星崎に、頷いて応えた。


 お互い、胸のなかにある扉が開いたように、気持ちが通じ合っている。星崎の考えていることが、自分のことのようにわかる。


 二人で足並みをそろえて走り出す。オーディックのもとに迫っていく。

  

 それと同時に、右手に握っていた『修羅に挑みし剣』を蔵のなかに仕舞う。


 徒手空拳になると光城涼介が元から持っていたスキル、シャディラスやオーディックが強大になりえる力と言っていた【無形の武装】を発動。


 具現化するのは【追尾する短剣】ではない。


 ついさっきレベルが876になったときに、新たな武装を獲得していた。スキルの使える能力が増えた。


 消費MPが甚大なので、具現化できるのは一度だけ。朝美もMPが残り少ないので【魔力譲渡】を頼ることはできない。


 チャンスはこの一回きり!


 ここで決める!




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