第24話
「行くわよ。【鳳凰の炎剣】よ!」
星崎は左手から炎を湧き起こして大剣をつくると、強烈な一撃を振り抜いた。爆炎によって炎上が扇状にひろがり、魔物たちがまとめて灰となって掻き消される。
凜々しい星崎の姿を目の当たりにして、朝美は息を飲んでいた。そして星崎と同じように表情を引きしめて杖を構える。
「【魔光の散弾】」
朝美の杖から、青い光の矢が五発同時に撃ち出される。
放たれた光の散弾は、周りにいた魔物たちにヒットして灰に変える。
命中率は【魔光の矢】に比べれば低いようだが、敵が近くにさえいれば、高い威力を発揮する魔術のようだ。
俺は【好感度レベルアップ】なんていう反則スキルがあるからここまで来れたが、純粋な実力だけでここまでやって来れた星崎と朝美は大したものだ。そんな二人が戦っている姿は、見ていて胸を打たれる。本当に賞賛されるべきなのは、彼女たちのような冒険者なんだろう。
熱い吐息を吹くと、俺を殺そうと襲いかかってくる周囲の魔物たちを睨む。さっきまでよりも、その動きは遅く感じた。レベルアップした俺にとっては鈍い動きでしかない。
鬼人や闇さらい、人食い蜘蛛の攻撃を身をひねりながらかわすと、その拍子に斬り返す。攻撃力が上昇したことで、魔物たちを一撃で倒すことができる。体の動きも格段によくなっていた。
あんなに手強かった魔物たちが、もう相手にならない。改めて【好感度レベルアップ】がトンデモなスキルだとわかる。ともすれば、どんな強敵が相手でも逆転が可能になるんだからな。
これならいける。今のステータスなら、『荒れ果てし辺境の遺跡』のボスとも渡り合える。
「悪く思うなよ。殺し合いなんだからな」
格段に高まったスピードで疾走。魔物たちのもとまで迫り、相手の攻撃が繰り出されるのに先んじて斬撃を浴びせる。斬って、斬って、斬りまくり、おびただしい鮮血を散らして、魔物の数を激減させていく。
星崎と朝美の活躍もあって、勝勢はこちらのものになっていた。
そして最後の一体となった鬼人のもとまでロングソードを握りしめて肉薄――肉切り包丁で斬りかかってくるが、こっちも斬撃を打ち込んで応じる。
刃と刃をぶつけあいながら、鬼人を睨みつける。
「もうパワーでも負けねぇよ」
両腕に力を込めると、それだけで鬼人は弾かれたように押しのけられて体勢を崩す。踏み込んでいき、水平斬りで首をはねる。
頭部がなくなると、鬼人は灰に変わって崩れていった。
今ので最後の一体だったはずだ。念のため広間を見まわしてみる。そこらじゅうに血溜まりができて、灰が散らばっているが、生きている魔物の気配はない。
どうやら、本当に終わったみたいだな。
「厄介なトラップだったな」
構えを解いて脱力する。まだ心臓は激しい音を立てており、興奮は冷めそうにない。
「それに関しては、光城くんと同意見ね」
星崎は安堵したように肩を上下させて、頷いてくる。
だけど俺と目が合うと、ハッとしてから唇を波打たせて、視線をそらしてきた。
「朝美。光城くんに【回復】をかけてあげなさい。彼、何度か魔物の攻撃を受けてボロボロみたいだから」
「了解しました」
朝美はこっちに駆け寄ってくると、杖を向けてきて金色の光を放ってくる。
【回復】をかけてもらうと、体中の痛みが消えていきHPが全回復する。
「助かったぜ、アサミン」
「ですから、そのアサミンっていうのは……」
不機嫌そうに苦情を言ってこようとする。
しかし朝美は途中で声を失ってしまい、茫然自失となっていた。
「どうしたんだ?」
その視線を追いかけていくと、切れかけていた戦意に火がつく。
「マジか。しつけぇな」
広間の端の方で光が生じていた。新たな魔法陣が地面に描かれている。
まだトラップによる魔物の召喚は終わりじゃなかったようだ。
魔法陣のなかで、徐々に人型の輪郭が浮かびあがってくる。
そいつが息を吹くと、身にまとった黄金の鎧が音を立てていた。顔中に刻まれた皺の線も動いて、口元に生えた白髭が揺れている。
右手には、何百人もの血をすすって染めあげたような真紅の長剣が握られている。
老人ではあるが、達人を思わせる佇まい。そんな猛々しい空気を放っている。
「鑑定よ」
星崎の指示が飛ぶ。その声は緊張で張りつめていた。
鑑定を行うまでもなく、あの老人がさっきまでやりあっていた魔物たちとは比べ物にならないバケモノだと、わかっているんだ。
もちろん俺も一目でアレが手出ししてはいけないモノだとわかったが、それでも相手の能力をチェックする。
【狂いし聖騎士】
レベル:200
既に正常ではなくなった老騎士。
『修羅に挑みし剣』を手に取り、強者との戦いを求める。
鑑定を終えると、朝美は慄然としていた。
「ありえません。レベル200だなんて……。ここのダンジョンボスはレベル130だったはずです」
目の前の現実を理解したくないのか、朝美は杖を握りしめて身を縮こまらせる。
「決してありえないことではないわよ。ダンジョンボスよりも格上の強敵や、エクストラボスが潜んでいる事例は、他のダンジョンでも耳にしているもの。もっとも、自分がそれを引き当てるだなんて思っていなかったけどね」
星崎は冷静さを保とうとしながら朝美に呼びかけるが、その顔には余裕がない。内心では警鐘が鳴りっぱなしなんだろう。
「星崎。確認しておきたいんだが、今のおまえのレベルはあの爺さんよりも上か?」
「それを肯定できれば、よかったんだけどね」
星崎は唇を噛みしめると、狂いし聖騎士を睨みつける。
どうやらあの爺さんは、現時点での星崎や朝美よりも格上らしい。二人にとっては想定外の強敵ということになる。
隠し通路に踏み込む際に、『ラスメモ』マニアの友達が情報を伏せていたのかもと考えたが、あの爺さんを目にして、その推察が誤りだったことを理解する。俺の友達なら、あんな規格外の敵がいれば、まちがいなく自慢げに説明してきたはずだ。
とするなら、あの狂いし聖騎士はゲーム内には存在しなかった敵ということになる。
どうする? ここから逃げることはできない。そんなことを許してくれるほど甘い相手じゃないことは、一目見た瞬間にわかっていた。
どうあがいても、あの怪物とやりあわなきゃいけない。
そのまえに、今の自分のステータスを確認する。
【光城涼介】
レベル:146
HP:15800/15800
MP:14200/14400
攻撃力:1550
耐久力:1530
敏捷性:1540
体力:1520
知力:1480
おそらく俺の能力値は、あの狂いし聖騎士に比べて遙かに劣っている。勝ち目なんてものはない。
これが負けイベントだったら、どんなによかったか。
ホントにこの世界は、俺を容赦なく殺そうとしてきやがる。
冒険者として、かつてないほどの強烈な死に挑まなければならなかった。
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