第25話
広間に漂う空気は冷え切っていた。
さっきよりも肉体にかかる重圧が強くなっている。
それほどまでに、新たに召喚されたあの爺さんが手強いってことだ。
召喚された老人は体重を感じさせない足取りで踏み出すと、握った真紅の剣をこちらに向けてくる。
「強き者と剣を交えられることに感謝する」
しわがれた声で語りかけてきた。
言語を喋る魔物がいることはわかっていたが、こうして直に接すると不思議な感じだ。
もっとも、今はあの爺さんが放ってくる殺気に鳥肌が立ちまくっていて、どんな言葉をかけられても、まともに頭に入ってこないがな。
この世界に転生して何度かダンジョンにもぐってきたが、これまで俺が戦ってきたのは普通に歩いていればエンカウントするような魔物ばかりだった。いわゆるザコ敵だ。
まだ一度として、倒しても再出現することのないダンジョンボスや強敵と呼ばれる魔物たちと対峙したことはない。
たったいま、この瞬間までは。
あの老人は俺にとって、はじめての強敵ということになる。
星崎と朝美は、とっくに臨戦態勢に入っている。
俺もロングソードを構えて、集中力を高めていく。
狂いし聖騎士は腰を低く落とすと、砂埃を舞わせて、踏み込んでくる。その姿が突如として消失。こっちに向かって突進。狙いは俺だ。
目では追えない。反射的に正面に向かって剣を叩きつける。
火花が飛び散った。
いつの間にか老人が眼前まで迫っていた。繰り出してきた真紅の剣による斬撃を、かろうじて受け止める。
受け止めたはいいが、上半身が後ろに引っぱられるように仰け反ってしまう。鬼人を凌駕する膂力に吹き飛ばされそうになる。
こっちの体勢が整うのを待ってはくれず、続けざまに狂いし聖騎士は真紅の剣による刺突を繰り出してくる。自分が胸を貫かれて絶命する光景が脳裏に浮かぶ。その光景を打ち消すように、死に抗う。全身の力を総動員して腰をひねる。
肋骨が砕けたのかと錯覚するほどの凄まじい衝撃。激痛で顔面の筋肉が痙攣する。
直撃は免れたが、真紅の剣が脇腹をかすめ、胴鎧の一部が欠けた。
更なる追撃。狂いし聖騎士は真紅の剣を下からすくいあげるようにして振るい、斬りあげてくる。回避が間に合わない。
そこに炎の斬撃が割って入ってきた。
星崎が横合いから炎をエンチャントした剣で斬りかかる。それを狂いし聖騎士は真紅の剣を迅速に動かして弾き返す。
斬撃を防がれた星崎は、こっちに目線を送ってくる。今のうちに離れろということだ。
指示されたとおり、俺は跳びすさって距離を取った。
……助かった。星崎が来てくれなかったら、やられていた。
狂いし聖騎士はターゲットを星崎に変更すると、怒濤の勢いで真紅の剣を振るい、連撃を叩きつける。
星崎は炎をエンチャントした剣で連撃を防ぎ、斬り結ぶ。だがついていくだけでやっという感じだ。狂いし聖騎士の猛攻に押されている。
「【魔光の矢】」
敵との戦力差があるのなら、仲間がそれを埋めるしかない。
朝美は杖から青い光を発射する。狂いし聖騎士は身をかわそうとしたが、そうはさせまいと星崎が炎を帯びた剣を打ち込む。
正面から振り下ろされた炎の剣を狂いし聖騎士は真紅の剣で防ぎ止める。それと同時に背中に青い光が直撃。わずかだが体勢が崩れた。
このときを待っていたように星崎は瞬時に剣の柄から左手を離す。
「【鳳凰の炎剣】よ」
紅蓮の炎がほとばしり、空気が熱によって歪むと、星崎の左手のなかで灼熱の大剣が形成された。
右手に握っている炎をエンチャントした剣を真紅の剣にぶつけたまま、星崎は左手に握った【鳳凰の炎剣】を振るい、狂いし聖騎士に叩き込む。
轟音が響き、火炎が爆ぜた。炎の斬撃を浴びせられた狂いし聖騎士は吹き飛ばされるようにして後退する。
黄金の鎧の隙間から黒煙がもれ出ていた。
「レベルが上でも、今のは効いたはずよ」
星崎は強気な面持ちで告げる。俺や朝美のことを奮い立たせる意味もこめて、倒せない敵ではないと伝えてきた。
ところが、星崎は驚愕に目を見張ることになる。
狂いし聖騎士は左手を胸の高さまであげると、その指先から金色の光を放った。つい先ほど目にしたのと同じ光だ。
朝美と同じように【回復】を使用して、自分の減ったHPを回復している。
魔物のなかには回復魔術を使うヤツもいるのか。名前に聖騎士ってついているのは、そういうことかよ。
敵にHPを回復されると、こっちとしてはかなり精神的にくるものがあるな。
星崎も動揺したようで、しかめっ面になって老人を睨んでいた。
「面倒ね。どれだけ攻撃を当てても、隙を与えれば今みたいにHPを回復されてしまうわ」
しかもあの爺さんは、火力が馬鹿にならない。
自分の残りライフを確認してみると、『HP:7600/15800』になっていた。
なんつう破壊力だ。かすめただけで、HPの半分くらい持ってかれて鎧も破損した。星崎はどうだかわからないが、俺がまともにあの真紅の剣をくらえば一発でオダブツだ。本来であれば、今の俺が挑んでいい相手じゃない。
だからって、怖じ気づきはないがな。
ロングソードを握る手に力を込める。
一、二発でこっちのライフをゼロにしてくるハイスペックな爺どもは死にゲーで嫌というほど相手にしてきた。これくらいで心が折れてたまるか。ゲームでハイスペックな爺どもを打ち倒してきたように、この狂いし聖騎士だって討ち取ってやる。
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