第26話




「星崎、やってみたいことがある。けどその前に、朝美に【回復】をかけてもらってもいいか?」


「やってみたいこと?」


 固い表情をしていた星崎に呼びかけると、いぶかしむような眼差しを向けられる。強敵を前にして、切羽詰まっているんだろう。


 その眼差しから視線をそらさずに、「あぁ」と頷く。


 星崎は一瞬だけ押し黙ったが、じっくり考えている時間はない。すぐに判断を下す。


「……あなたがそう言うのなら、やってみなさい」


 それは、俺を信じているから出た言葉じゃない。まだ俺たちの間には、信頼関係と呼べるほどのものは築けていない。星崎からすれば、ちょっとした可能性を試してみようくらいの気持ちだ。


 だとしても、星崎は俺を選んでくれた。


 俺の提案に、希望の欠片を見出してくれた。


 だったら、やれることをやろう。


 彼女との間に、信頼と呼べるだけの絆を結びたいから。


 星崎の許可が下りると、こっちに朝美が近づいてきて【回復】をかけてくる。杖から発せられる金色の光をあびて、HPが全快する。

   

 とはいえ、HPがマックスでも一発で死ぬかもしれないから、安心はできないんだけどな。


 脇腹の痛みが癒えると、左手を何度が握ってみる。


 よし、やるか。


 頭のなかで【無形の武装】を表示させて、そのなかで唯一使える武器を選ぶ。


【追尾する短剣】

 投擲することで、狙った相手を追跡する短剣。

 必要能力値:攻撃力1500以上。

 消費MP:200


 武器の使用に必要な能力値は攻撃力1500以上。さっきの大幅なレベルアップによって、俺のステータスはその条件を満たしていた。


 消費MPは200だが、今の俺なら出し惜しみすることなく使える。


 頭のなかで念じるように、【追尾する短剣】を発動。左手のなかにアサシンが使っているようなダガーが具現化されていく。


「その短剣は……」


 ここに来る道中で目にした短剣に、星崎は疑問の視線を投げかける。


 頭のなかで『能力値が足りていない』という表示はされない。それにすぐに消えることもなかった。


 左手を閉じて、短剣を握り込む。


 今回はちゃんと使えるみたいだ。


 狂いし聖騎士に狙いを定めると、肩と肘と手首の動きを連動させながら左腕を振るい、短剣を投擲する。


 直線を描くように飛んでいった短剣を、狂いし聖騎士は横に跳んで容易にかわしてみせる。


 外した。そう思われた。


 けど、それで終わりじゃない。通り過ぎたはずの短剣は磁力に引っぱられるように刃の先端を狂いし聖騎士のほうに向けると、そっちに軌道を曲げて飛んでいった。  


 避けたはずの短剣が追尾してきたことに狂いし聖騎士は瞠目する。背後に向かって真紅の剣を振るい、弾き返した。


 宙に飛ばされた短剣は霧散するように消えてしまう。


 どうやらホーミング機能が発生するのは一回だけみたいだ。あんなふうに弾かれるか、もしくは二回目もよけられたら消えてしまう。


 試しにもう一度【追尾する短剣】を発動させてみる。イメージしたとおり、左手のなかにさっきと同じ短剣が具現化された。


 星崎のスキルと違い、クールタイムはないようだな。


「光城くん、その短剣を使えるようになったのね」


「あぁ。威力は乏しいが、この短剣ならどこからでもあの爺さんを狙える」


 これで星崎たちの戦力になれる。


 それでも敵との力量差があるのは変わりないが……。


「なぁ星崎。まさかとは思うが、勝てない、だなんて考えちゃいないよな?」


 そう問いかけてみると、星崎は長いまつ毛をパチパチと動かして、しきりにまばたきを繰り返した。


 そしてムッとしながら、唇をとがらせて目尻を鋭くする。


「誰に言っているのかしら? そんなつもりは毛ほどもありはしないわよ」


 勝ち気にそう答えてくると、星崎は深呼吸をする。さっきまでの切羽詰まった感じが薄らいでいった。ちょっとは肩の力が抜けたみたいだ。


 そして星崎は冒険者らしい精悍な顔つきになると、指示を出してくる。


「朝美は魔術で援護をしてちょうだい。光城くんは、スキルでの牽制をお願い」


 朝美が「はい」と応える。俺も気合いを込めて「おう」と返事をする。


 敵との力量差があるのなら、パーティで協力して埋めていくしかない。そのための仲間だ。


 狂いし聖騎士は真紅の剣を構えて腰を落とし、攻めかかろうとしてくるが。


「【魔光の矢】」


 先んじて朝美が杖から青い光の矢を三連射で放つ。


 狂いし聖騎士は攻撃を中断。側面に向かって駆けていき、飛来してきた三本の光の矢を避ける。


 敵の回避方向を狙って、俺は【追尾する短剣】を投げる。一本投げると、すぐに二本目を左手に具現化し、また投げる。三本目、四本目と続けて投擲。MPを消費しながら連射。


 宙に銀色のラインを引きながら迫ってくる短剣を、狂いし聖騎士は真紅の剣で弾く。回避しても、また戻ってくることを学習したんだろう。避けようとはせずに、剣を振るって防ぐ。次々と弾かれる短剣が霧散して消えていった。


 すると、いつの間にか前方に躍り出ていた星崎が、足を止めた狂いし聖騎士のもとに駆けていき、炎を帯びた剣で斬りかかる。


 狂いし聖騎士は真紅の剣で星崎の斬撃を防ぎ止めたいが、俺が短剣を連射するせいで思うように動けない。


 だけど星崎の攻撃のほうが危険だと判断したようだ。投擲される短剣を弾くことをやめて、炎の斬撃を避けようとする。投げ放った短剣が黄金の鎧を貫通し、腹部や膝に突き刺さる。


 ダメージは微々たるものだが、狂いし聖騎士の動作に遅れが生じる。星崎が繰り出した斬撃が肩口をかすめた。

 

 狂いし聖騎士は後ろに下がると、わずかによろめく。かすっただけだが星崎の攻撃は有効だったようだ。


 そして距離を取ったところで、左手をあげようとしてくる。

 

 そのモーションを目にすると、反射的に体が動いた。


「させねぇよ」


 具現化した短剣を投擲。【回復】を使わせない。


 咄嗟に狂いし聖騎士は【回復】の発動をやめて、真紅の剣を振って短剣を弾く。

 

 どうやら短剣をくらうと、【回復】は使えないようだ。


 となれば、あいつの【回復】を封じるのは俺の役目になる。それが勝利につながるはずだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る