第27話
狂いし聖騎士は暗い瞳をこっちに向けてくる。敵のヘイトが自分に集まっているのを理解すると、首の後ろがチリチリとした。だけど心に灯った闘志は消えない。むしろ燃えあがっている。
「来るなら、来やがれ!」
まともに一発でももらえば死ぬが、それなら一発もくらわなきゃいいだけだろ!
左手に短剣を具現化して投擲。その動作を何度も繰り返し、短剣を投げまくる。
狂いし聖騎士は真紅の剣で短剣を弾きつつ前進、こっちに迫ってくる。短剣の投擲をやめたら、一瞬で肉薄される。
「【魔光の槍】」
朝美は前方に向かって杖を突き出すと、青い光の槍を撃ち出した。【魔光の矢】よりも高火力の魔術だ。そのぶんMP消費も大きいはず。
狂いし聖騎士は裂帛の気合いを込めた叫び声をあげてくると、全身をひねるようにして真紅の剣を振るい、光の槍を打ち消した。青い光の粒子が散るなかで、俺が投擲した短剣が肩や膝にヒットする。
狂いし聖騎士の息づかいが荒くなる。斬撃で【魔光の槍】を打ち消したものの、真紅の剣を介してダメージを受けたようだ。
物理防御が高いだけの盾では魔術攻撃を防いでもダメージが通るように、朝美の【魔光の槍】も狂いし聖騎士のライフを削ったんだろう。
それでもあの老人は止まらない。真紅の剣を握りしめ、標的である俺を睨んで駆けてくる。
迎え撃つように【追尾する短剣】を連射する。投げて、投げて、投げまくる。残りのMPを全て使いつくす勢いでスキルを連発。
金属音と火花が散った。
狂いし聖騎士は巧みな剣さばきで全ての短剣を弾きつつ、疾走してこちらに向かってくる。わずかに動きは鈍くなっているが、それでもこっちからすれば速すぎて目で追い切れない。
瞬く間に距離を詰められ、二秒とかからずに狂いし聖騎士が躍りかかってくることが予見できた。
迷うな。迷えば負ける。
俺よりも遙かに格上の老人が、手に握った真紅の剣を叩きつけてくる。その攻撃モーションをイメージして動く。直感を頼りに相手の斬撃の軌道を予測。前に向かって跳び込む。右斜め前に向かって回避。
猛烈な疾風が背後で吹き抜けた。狂いし聖騎士の一振りによって、巻き起こされた風だ。
俺を殺せるだけの威力を持った一撃を回避することに成功。失敗するだなんて思っちゃいない。そんな迷いを持てば、死の淵では生き残れない。
有りっ丈の力を込めて、右手に握ったロングソードを狂いし聖騎士の背中に打ち込む。黄金の鎧に守られているので手応えは固いが、幾ばくかのダメージは入ったはず。
斬撃をくらわせると即座に後退。距離を取る。反撃をもらうわけにはいかない。
背中を切りつけられた狂いし聖騎士は怒気を帯びたうなり声を発して、振り向いてくる。真紅の剣を握りしめて、再び斬りかかってこようとするが。
俺の真横を素早い影が通り過ぎていった。炎をまとった剣を握りしめ、凜々しい眼差しで敵を見据えた星崎マナカが走り抜けていく。一瞬見えたその横顔は勝利だけを見据えている。俺と同じで、そこに迷いはない。
狂いし聖騎士は雄叫びをあげる。まるで自分の魂を奮い立たせるかのような叫びだ。
ここにきて老人は戦意を燃えあがらせた。
根性のある爺さんだ。ディスプレイ越しに出現する魔物だったら、きっと嫌いじゃなかった。
狂いし聖騎士の咆哮が広間に響き渡るが、星崎はひるまない。駆け抜けるスピードを落とさずに、互いに斬り合える距離まで踏み込んでいく。
星崎に応じるかのように、狂いし聖騎士は両手で握りしめた真紅の剣を、斜め上から振り下ろす。凄まじい速度で繰り出される斬撃。明らかに星崎のスピードを凌駕している。
あの爺さんのことは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが……。
「おまえは星崎に、ブッ殺されてろっ!」
先んじて俺は具現化していた【追尾する短剣】を投げ放っていた。飛んでいった短剣は狂いし聖騎士の右肩部分に突き刺さる。それによって斬撃の挙動に遅れが生じる。
星崎は腰を沈めて身を低くすると、真紅の斬撃を潜り抜けるようにステップを踏み、右斜め前に向かって回避。振り抜かれた真紅の剣をうまくかわしきり、敵の側面に回り込む。
炎のエンチャントを施した剣を、狂いし聖騎士の脇腹に打ち込んで突き刺す。
「【鳳凰の炎剣】」
右手に握った剣を突き刺したまま、左手から灼熱をあふれさせ、炎の大剣を形成する。真っ赤に燃えあがる炎の大剣を握りしめ、大上段から紅蓮の斬撃を振り下ろした。
爆炎が巻き起こる。炸裂した炎が、津波となって辺りを焼き焦がした。
燃えあがる炎のなかでも、星崎は凛とした輝きを瞳に宿している。
そんな彼女の姿を目にして、純粋な気持ちで、美しいと。
あれこそが、冒険者のあるべき姿なんだと。
心から、そう思った。
「強き者との出会いに感謝する……」
狂いし聖騎士は、かすれた声でそう呟いてくると、肉体が灰に変わっていった。輪郭が崩れていき、形状を保てなくなる。広間を張り詰めさせていた緊張感が薄れていった。
星崎の攻撃によって、HPがつきてしまったんだ。
星崎の足元に灰が積もり、そこに果実のようなみずみずしい色彩をした赤い魂精石が残される。
そして老騎士が握っていた真紅の剣も地面に横たわっていた。ドロップアイテムとして、この場に残されたようだ。
強敵を倒したことで、広間に静寂が訪れる。その静けさがとても長く感じられた。ついさっきまで聞こえていなかった騒々しい心音が耳を打ってくる。
『レベルが30あがりました』
レベルアップの知らせがくる。
トドメを刺したのは星崎だったが、格上の強敵との戦闘に参加していたので、俺にも経験値が振り込まれたようだ。これでレベル176になった。
「かなりレベルアップすることができたわね」
星崎は肩の力を抜くと、深い吐息をこぼす。
朝美も杖を握ったまま、脱力していた。
二人とも俺と同じように、いや、ひょっとしたら俺以上にレベルアップをしたのかもしれない。
だけど、まだ警戒は解かない。再び敵が召喚されるんじゃないかって、気を張っておく。
そうやってしばらく待ってみるが、新たな魔法陣が描かれることはなかった。この広間のトラップは、あの狂いし聖騎士で終わりみたいだ。
規格外の強敵を向こうに回しても生き延びることができた。
頭なかでそのことに理解が追いつくと、胸の奥からフツフツと喜びがせりあがってくる。
気づけば、左手が握り拳になっていた。
「やったな!」
自然と口元に笑みを浮かべて、星崎と朝美に呼びかける。
「はい、やりましたね」
朝美もうれしさを堪えきれずに、やわらかな笑みを返してくれた。
星崎も安心したような笑みを浮かべていたけど、ハッとして頬を赤く染めると、取り澄ました表情になって顔をそむけてくる。
「え、えぇ、そうね。今回ばかりは、素直に喜んでいいと思うわよ」
そう言ってくる星崎が、一番素直じゃない。本当は跳びはねたいくらいうれしいくせに、照れ屋さんだな。
あれだけの強敵を倒したんだ。もっと胸を張っていいのに。
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