第45話
魔城の広間で対峙するシャディラスと睨み合う。
大気が歪んでいるような重圧のなかで、奇妙な点に気がついた。
シャディラスの赤い瞳は、最初から俺だけを狙っている。このなかで最もステータスの高い星崎でも、後方から魔術攻撃を行う朝美でもなく、本来なら一番警戒すべきではない俺を標的としていた。
「殺す前に聞いておくが、おまえは俺を狙っているのか?」
剣を構えながら呼びかけると、シャディラスは喉を鳴らすような笑い声をもらしてくる。
「強大な力になりえるスキルを持つ者は、生かしておけないのでな。しかしまさか、自ら魔城に踏み込んでくるとは、おかげで地上に出向く手間が省けた」
シャディラスは中性的な声を発して答えてきた。
どうやらそれが、光城涼介を狙う理由のようだ。
光城涼介のスキルである【無形の武装】には、強大な力になる可能性とやらがあるらしい。ゲームだとあっさりとやられていたが、まさかそんな設定があっただなんて。性能が低いだけのモブじゃなかったんだな。
「もっとも、獲物でなくともわたしに刃を向ける愚か者どもには容赦しないがな」
シャディラスは紫色の唇を舌で舐めると、挑発するような笑みを浮かべてくる。
魔城に踏み込んできた冒険者も、もともと魔城にいる騎士たちも、見境なく手にかけていたのはそういうことか。
「それでこの広間の惨状か? いくらなんでもやりすぎだぜ」
ここで命を落とした冒険者たちのことはよく知らないが、これだけの同業者をやられて何も感じないなんてことはない。ここはゲームの世界だが、一人一人が心を持って生きているんだ。これ以上の犠牲者は出させない。
「心外だな。このように手当たり次第に食い散らかすのは、わたしの趣味ではない」
「……どういうことだ?」
シャディラスの解答に疑問を持つ。
それは俺だけじゃない。星崎や朝美も同じようだ。二人ともいぶかしむようにシャディラスを注視していた。
とぼけているわけではなさそうだ。シャディラスは眉間に深い皺を刻んで、不快感をあらわにしている。
混乱の波が、胸中にひろがる。
もしもそうだとするなら……。
俺は、とんでもない勘違いをしていたことになる。
「なんにしても、獲物が目の前に現れたのだ。わたしのやることに変わりはない」
シャディラスは口角をあげると、右手に握った紫色の長剣を向けてくる。
雑念を振り払う。引っかかりはするが、余計な思考は集中力を乱す。
いまは宿敵を倒して、生き延びることだけを考えろ。
向けられる殺気が増してくると、シャディラスの足元で埃が舞った。
その素早さに舌を巻く。目で追いかけている時間なんてない。
しかし、シャディラスの狙いが俺であることだけはわかる。
咄嗟に前方へと躍り出る。敵に勝るほどの殺気を込めて、握りしめた剣を振るう。
衝撃。鼓膜を突き破るような刃音。両腕から全身にかけて、電撃を流されたような痺れがくる。
一瞬で迫ってきたシャディラスの斬撃を、剣で受け止める。
とはいえ、向こうのほうが膂力が強い。すぐに踏ん張りが利かなくなって、体ごと吹き飛ばされるだろう。
「【炎をまとえ】」
シャディラスの斬撃を防いだのと同時に、星崎は動いた。握った剣に炎のエンチャントをかけて、側面からシャディラスに斬りかかる。
「っ!」
唐突に手応えがなくなる。俺を殺そうと眼前まで迫っていたシャディラスが姿を消した。
素早く移動したとか、そういうのではない。本当に影のように消失してしまった。
星崎は驚愕に目を見開き、繰り出した斬撃が空を斬る。
「マナカさま、後ろです!」
朝美の叫び声。
星崎の背後にシャディラスが突如として現れて、紫色の剣で斬り下ろしてくる。
星崎は身をひねりつつ、バックステップを踏んで回避を試みるが、紫の剣先が白銀の鎧に守られた胴体をかすめる。
星崎は渋面になった。直接斬られたわけじゃないが、HPにダメージを受けたのだろう。
これ以上は星崎を傷つけさせない。左手に【追尾する短剣】を具現化して投擲した。
シャディラスは横に跳んで投げ放たれた短剣を避けようとするが、短剣は軌道を変えて追尾していく。
追いかけてくる短剣にシャディラスは瞠目した。だが、紫色の長剣を振るい、飛んできた短剣を打ち落とす。
まだ終わりじゃない。短剣が弾かれると、俺は走って距離を詰めていき、両腕に力をみなぎらせて『辺境遺跡の剣』で斬りかかる。
シャディラスは忌々しげに顔を歪め、迅速に跳び退る。
振るった剣が床を叩く。外れた。やっぱりそう簡単には取らせてくれない。
「マナカさま!」
シャディラスとの距離がひらくと、朝美はすぐに星崎のもとに駆け寄っていき杖を向ける。杖から金色の光が放たれて【回復】が発動すると、星崎が負ったダメージが癒やされていった。
「ありがとう、朝美」
ライフを回復してもらうと、星崎はやさしく笑いかける。そしてすぐに神妙な面持ちになると、シャディラスに焦点を定めた。
「さっきあの男の姿が消えて、一瞬でわたしの背後に回り込んできたように思えたけど」
「はい。わたしにもそう見えました。おそらくスキルでしょう。魔物のなかには、冒険者と同じで特殊なスキルを使える者がいると聞きます」
朝美は警戒心を一層強めて、シャディラスを凝視する。
さっきシャディラスが一瞬で移動する技を目にして、思い出したことがある。『ラスメモ』マニアの友達が、シャディラスは【影の転移】という回避率をあげる技を使ってくると言っていた。
ダンジョンRPGである『ラスメモ』では回避率をあげる技だったが、この世界では【影の転移】は瞬間移動になっているようだ。
一瞬で別の場所に移動できるなんて、厄介だな。そのスキルを駆使してくるとすれば、かなりの強敵ということになる。
ふぅ、と短い呼吸を吹いて、シャディラスを見据える。
「そういやさっき、地上に出向く手間が省けたとか言っていたな。俺が魔城に踏み込まなかったら、一体どうやって地上に出てくるつもりだったんだ?」
ダンジョン災害が起きることは知っているが、それだって狙ってできることじゃない。仮に狙ってできたとしても、その方法まではわからなかった。
シャディラスは呆れたように鼻を鳴らすと、冷たい目つきをしてくる。
「そんなことも知らずに地上の人間どもは魔城に踏み込んでいたのか? 嘆かわしい」
シャディラスは片側の頬を持ちあげて、嘲笑してきた。
「特定の選ばれし魔物が人間どもよりも早くダンジョンボスを倒せば、そのダンジョンの支配権を奪うことができる。それによって、ダンジョンの魔物たちを地上に向けて解き放つことができる」
シャディラスは地上に出るための方法を、隠そうともせずに打ち明けてくる。それだけここで俺たちを始末する自信があるってことだ。
もしも今の話が本当なら、こいつは意図的にダンジョン災害を起こせることになる。
「なんですって……」
星崎は驚愕していた。
朝美もシャディラスの話を聞いて、戦慄している。
いまシャディラスが語ったことは、冒険者たちの間でも知られていない情報なんだろう。おそらく『ラスメモ』のストーリーを進めないと、明かされない設定だ。
意図的にダンジョン災害を起こせるだなんて、地上で暮らす人々からすれば脅威でしかない。
「案ずることはないぞ。ダンジョンボスから支配権を奪えるのは、極少数の魔物のみ。そこらの有象無象にはできぬ芸当よ」
シャディラスのような存在は稀であり、どこにでもいるわけじゃいということか。
確かにダンジョンボスからダンジョンの支配権を奪える魔物がたくさんいたら、とっくに冒険者たちの間で知れ渡っているはずだ。
「聞きたいんだが、おまえの狙い通りここで俺を殺せたとして、そしたらダンジョン災害を起こさずに、おとなしく魔城のなかに引きこもっているのか?」
睨みながら問いかけると、シャディラスは口の端をつりあげる。
それで答えがわかってしまった。
「愚問よな。強大な力になりえる可能性を秘めた貴様を殺したところで、わたしのやることに変わりはない。この魔城の主から支配権を奪い、魔物たちを地上に解き放つ。わたしが外側に出るためにな」
どちらにしろ、ダンジョンにいる魔物を地上に解き放つつもりのようだ。やっぱり明日起きるダンジョン災害はこいつの仕業なんだと、改めて理解させられる。
「あぁ、そうかよ。わかったから、もう喋るな。すぐに殺してやる」
こいつは生かしちゃおけない。こんなヤツを、ダンジョンの外に出すわけにはいかない。ここで確実に殺す。
星崎と朝美も、気持ちは同じみたいだ。シャディラスに向ける戦意が高まっている。
「さっきの瞬間移動だけど、どうやら連発はできないみたいね。光城くんが短剣を投げたり、剣で斬りかかっても、消えて避けようとはしなかったわ。わたしの【鳳凰の炎剣】と同じでクールタイムがあるのよ。それに瞬間移動できる距離も短いみたい」
星崎はシャディラスのスキルを目にして得た情報を小声で述べてくる。一度見ただけで、ここまで分析できるなんて大した観察眼だ。
「連続で瞬間移動ができないとわかっていれば、戦いようはある。光城くんはわたしと連携して一緒に攻めてちょうだい。朝美は後方からの援護と支援をお願い」
「おう」
「了解しました」
星崎の指示に頷くと、剣を握り直す。
ここからだ。敵は格上だが、仲間と協力すれば渡り合える。
シャディラスを仕留めて、この世界のシナリオが定めた死の運命を変えてやる。
シャディラスは白い歯をこぼして、狂気に満ちた笑みを浮かべると、赤い瞳で俺を射抜いてくる。
恐怖で凍りついてもおかしくないほどの殺気。だが負けない。こっちはそれ以上の殺気でもって睨み返す。
互いに鋭い眼差しをぶつけながら、いつでも跳び出せるように闘志を滾らせる。
シャディラスが剣を構えた。
次の瞬間には、駆け出すだろう。
――直後のことだった。
俺も、星崎も、朝美も。
シャディラスさえも。
この広間にいる全員が、動けなくなった。
そして俺は、真の恐怖の意味を知ることになる。
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