第33話




「それで、ゲームをするんでしょ? だったら早くはじめなさい」


「あぁ、そうだったな」


 星崎に促されると、俺は二人をディスプレイの前まで連れていく。既にハードはセットしてあるので、いつでも開始できる。


 二人にクッションを手渡すと、星崎と朝美は受け取ったクッションを床に敷いて、膝を崩して腰を下ろす。二人とも座り方にまで気品があるな。


 それにさっきから甘味と清潔さを混ぜたような、普段ならこの部屋にはしない華やかな香りが漂っている。星崎と朝美がいるだけで、殺風景だった部屋に彩りが添えられていた。


 現実世界では男友達とばかりゲームをプレイしていたから、こういうのって新鮮だ。というか、ゲームの世界のなかでゲームをするのって、とっても変な感じがする。

 

 星崎たちとプレイするのに俺が選んだのは、オープンワールドの死にゲーだ。この世界にも死にゲーというジャンルがあるのを知ったときは、うれしさのあまりガッツポーズを取ったよ。死にゲーがなかったら、俺のゲームライフが寂しくなっちゃうもん。


 このゲームは買ったばかりで、まだ一度もプレイしていないんだ。二人で協力プレイもできるみたいだから、俺と星崎で一緒にやろう。


 そしてもともと協力プレイをするつもりだったので、昨日のうちに自分用とは別の、もう一つコントローラーを購入しておいた。


「今回はマナカさまにゲームを体験してもらうのが優先ですから、わたしはそばで見守ることにします」


 そう言って、朝美はプレイを断ってきた。今日は傍観に徹するみたいだ。


 コントローラーを渡すと、星崎は慣れない手つきで受け取った。さすがにコントローラーの握り方くらいは知っているようだが、しきりにボタンの位置を確認するように見ている。本当にあんまりゲームをしてこなかったんだな。 


 ハードの電源を入れて、ゲームを開始する。タイトル画面が表示されてニューゲームを選択すると、まずはキャラメイクをしなくちゃいけない。このあたりも、現実世界の死にゲーと同じだ。


 最初にキャラクターの素性を決めなきゃいけないのか。


「えぇ~、どうしよう? 迷っちゃうな。スタート時から刀を持っているのはサムライ限定だって。ねぇねぇ星崎、サムライ限定だってよ」


「なんでもいいから、さっさと決めなさいよ」


 まだボタンの位置を確認していた星崎は、浅く開いたまぶたの奥から鬱陶しそうな視線をよこしてくる。


 いやいや、最初にどの素性にするのかは結構大切なことだよ。


 はじめてプレイするんだし、魔術師ビルドよりも近接タイプのほうがいいよね。というわけで、俺は技量に特化したサムライを選択した。


 それからキャラの性別は女の子にして、眉や目、顔の輪郭といった造形も細かく調整していく。


 真剣にその作業を進めていると、横から声をかけられた。


「あの……光城さん。キャラメイクにどれだけ時間を費やすつもりですか? この調子だと、ぜんぜんゲームをはじめられませんよ?」


「そうよ。こんなの適当に終わらせなさいよ」


 こっちは理想のキャラを作ろうと一生懸命なのに、二人が口を挟んで急かしてくる。


「ここで時間を使わなくてどうするの! せっかく自分が使うキャラなんだから、とってもかわいくしてあげたいでしょぉ!」


 キャラメイクの楽しみは、かわいい自作のキャラを生み出せることにある。たっぷりと時間をかけて作ってあげれば、そのキャラへの愛着だって強くなるんだよ。


「作るのが近接タイプのキャラなら、どうせ全身に鎧を着込んで外見が隠れてしまうから、どんなにかわいくしても意味がないと思いますけど」


 朝美が身もフタもないことを言ってきた。


 確かにそうだけど! そうだけどさぁ! それでも俺は、自分のキャラはかわいくしてあげたいの!


 やたらとキャラメイクにこだわる俺を、星崎が「こいつ気持ち悪いな」って、しょっぱい顔をしながら見てきた。


 や、やめてよ! そんな目で見ないでよ!


 それから時間をかけて俺がキャラメイクを終えると、次は星崎がキャラメイクを行う。


 星崎のキャラメイクは、すぐに終わったよ。


 素性は体力と筋力に特化した騎士に決めて、外見もマッチョなスキンヘッドのおじさんにしていた。しかも声が野太い。ゴリッゴリの近接タイプキャラである。


 キャラメイクにこだわらないなんて、もったいないことするな。


 いよいよゲームがスタートすると、美麗なグラフィックによって構成されたムービーがディスプレイに映されて意味深なモノローグが語られる。


 それが終わると、俺と星崎のキャラが広大な平原のフィールドに立たされた。

 

「うわ~、きれい。いかにも壮大なファンタジーって感じのロケーションだね」


 遠くにある山並みまで作り込まれていて、見入ってしまうよ。


「あっ、ほら見て見て。あそこにウサギさんがいるよ」


 のどかな平原のなかを、小さなウサギさんがピョンピョンと跳ねている。ふふっ、かわいい。ウサギさんが動くのを見ているだけで、心が癒やされて時間を潰せちゃうね。


「本当ね」


 星崎は慣れない手つきでコントローラーを操作すると、ゴリマッチョのおじさんを動かした。


 スタスタとおじさんを歩かせて、ウサギさんのほうに近づけていくと。


「えい」


 おじさんが剣を振り下ろすと、ウサギさんがブシャと血を噴き出して死んでしまった。


「うああああぁぁぁぁっ! ウサギさぁぁぁぁぁん!」


 そんな、いきなり殺しちゃうなんて! 思わぬ展開に動転しちゃう!


「えっ! なに? なんで! なんで殺しちゃったの? あんなにかわいいウサギさんを、どうして殺しちゃうの!」


「こういったゲームでは、野生の動物を狩って素材を入手するんでしょ? 事前に調べて予習しておいたわよ」


「さすがです、マナカさま」


 フフンと星崎がドヤ顔をすると、朝美がパチパチと拍手を送ってヨイショする。


「うぅ~、おまえたちには良心というものがないのかよ」


 あんなにかわいいウサギさんを殺しちゃうだなんて、残酷にも程があるよ。


 シクシクと泣きそうになりながら、星崎が回収を忘れているウサギの毛皮をゲットしておく。ちゃんとアイテムの回収は忘れないようにしないとね。


 それからゲームの操作に不慣れな星崎に手ほどきをしつつ、野生の動物を狩っていった。現実世界で死にゲーをやりこんでいたこともあって、俺はすぐに操作に慣れた。星崎よりもたくさんウサギさんを狩ることができたよ。


 そしたら星崎と朝美から、「さっきあんなにウサギの死を悲しんでいたのはなんだったんだ?」というツッコミをいただいた。




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