第55話
晴れわたった群青の空を見あげながら、落ち着かない心持ちで立ちつくす。
今日は世間でいうところの休日だが、冒険者たちは休まずに活動している。周りを見まわせば、鎧やローブを着込んだたくさんの人たちが行き交っていた。
街路樹の木陰で涼みながら、新たなに開放された石碑の前に並んでいる冒険者たちを眺める。
『ラスメモ』で起きた『色褪せし魔城』のダンジョン災害は、予定日を過ぎても発生しなかった。地上への被害は出ていない。シャディラスを倒したことが、影響しているんだろう。
あの日、オーディックとの戦いを終えると、黒色の大きな魂精石と、ついでにオーディックが殺した魔物たちのものである、広間に落ちていた無数の白い魂精石を回収した。もちろん、シャディラスの落とした赤い魂精石も一緒にだ。
地上に戻って、回収した全ての魂精石を冒険者ギルドで換金してもらうと、膝が笑っちゃいそうなほどの金額になったよ。分け前は三等分したけど、それでも桁違いの額になった。
命がけで稼いだとはいえ、あんな大金を手にしちゃうと怖い。どうしよう、どうしよう、って取り乱しちゃう。
そんなふうに慌てている俺を、星崎と朝美は呆れながら見ていたけどね。
『色褪せし魔城』で多くの冒険者に被害を出していた強敵を倒したという話は、すぐにひろまった。おそらく黒色の魂精石を冒険者ギルドで換金しているときに、俺がアワアワしちゃって悪目立ちしていたせいだ。
そのおかげで、ただでさえ注目度の高かった星崎パーティはますます有名になった。
これからもぐる予定のダンジョンは、中級クラスの冒険者たちでなければ踏み込むことができない危険な場所だ。石碑の周りを行き交う冒険者たちは、中級以上の実力を持っている。
さっきから俺は、そんな冒険者たちからチラチラと見られていた。何度か声をかけられたりもしたよ。
俺も星崎パーティの一員だと、冒険者たちの間で認知されるようになって、注目されているようだ。
たくさん知らない人に見られたり、声をかけられちゃうなんて、うぅ、恥ずかしいよぉ。
星崎は日頃からこんな気苦労をしょい込んでいるのに、あんなに堂々と振る舞っていたのか。それを思うと、尊敬するな。
「待たせたわね……って、なにモジモジしているの? 気持ち悪いわね」
「マナカさま。光城さんの様子がおかしいのはいつものことです。いちいち気にしていたら、身が持ちませんよ」
周囲から向けられる好奇の眼差しに両手を組み合わせながら身もだえしていると、ようやく星崎と朝美が来てくれた。
二人とも白銀の鎧と、青いローブを装着して、冒険者らしい格好をしている。
「二人とも遅いよ! 周りからジロジロ見られちゃって、一人で恥ずかしかったんだからね!」
まだ待ち合わせ時間には早いけど、それでも一人だと心細かったんだよ。
うぅ~、と涙目になりながら不満を訴えると、星崎とアサミンは「なんだこいつ?」って顔で見てくる。
えぇー! どうしてそんな目で見られなくちゃけいないの? いい年した男だって恥ずかしいときはモジモジしちゃうんだよ?
「周りから見られているのは、それだけのことを成し遂げたからよ。評価が高まれば、注目をあびてしまうのは当然のことだわ」
星崎は誇らしげに鼻を鳴らして笑ってくる。優雅な手つきで亜麻色の長い髪を撫であげて、全身から自信をみなぎらせていた。
「そもそも恥ずかしがる理由がわからないわね。誰も倒せなかった手強い魔物を倒したのよ? どうだすごいだろって、胸を張っていればいいじゃない?」
「いや、そんな偉そうにしてたら周りへの心証が悪くなって、おまえみたいにボッチになっちゃうし」
「どういう意味よ?」
誇らしげに笑っていた星崎が、イラッとする。
ごめんね、本人が気づいていない悪いところを指摘しちゃって。でも俺は星崎みたいに注目されることに慣れることはできそうにないよ。
俺と星崎のやりとりを聞いていた朝美は「はぁぁ~」とため息をついてくる。また呆れさせちゃったみたい。
「なんにしても、中級の冒険者たちに注目されるようになったくらいで、満足しないことね。わたしからすれば、ここは通過点にすぎないわ。一気にトップクラスまで駆けのぼってみせるわよ」
星崎の瞳には、冒険者のなかで頂点に立っている自分の未来が映っているようだ。周りを気にせずに、そういう大胆な発言をできるのは感心する。
「それじゃあ、準備はできているわね」
星崎は意気揚々と声をあげてくる。気合いは十分のようだ。
かと思うと……。
「いくわよ、その……」
急にワソワしだすと、上目づかいになって、こっちを見てくる。
そしてほのかに頬を染めながら、消え入りそうな声で言ってきた。
「……涼介」
そうやって星崎から名前を呼ばれるのは、なんだか不思議な気分だ。
「そういえば、いつの間にか名前呼びになっているな」
「うっ、そ、それは……」
星崎はあからさまにうろたえると、唇をモゴモゴさせて押し黙る。
「ちょっと光城さん、ダメじゃないですか! そこはツッコまないであげて、自然と受け入れてあげなくちゃ!」
なぜか口をはさんできたアサミンに叱られてしまう。
「マナカさまは、この前つい勢いで名前で呼んでしまったことを気にかけていたんですよ。昨夜なんて、これまでどおり『光城くん』でいくのか、『涼介』と呼ぶのか、とっても悩んでいて、わたしに相談してきたんですから」
「ちょっ、朝美! なにを言い出すのよ!」
星崎は顔を真っ赤にすると、すがりつくような目で朝美のことを見てきた。星崎としては、隠しておきたかった事実のようだ。
「だから光城さんも、マナカさまに歩み寄ってあげてください」
ピシッと立てた指を突きつけてくる。
なるほど。名前で呼んできたのは、星崎なりに歩み寄ろうとしてくれていたからか。
コミュ力が低くて不器用だけど、なんだかんだで仲間想いだよな。うちのリーダーは。
「なぁ星崎。一つ提案してもいいか?」
「な、なによ……」
星崎は肩をビクッとさせるが、真っ赤になった顔をそむけずに見てくる。
「そっちが名前で呼ぶのなら、こっちも名前で呼びたいんだが。いいか?」
「そ、それって……」
星崎は目を丸くすると、金魚みたいに唇をパクパクさせる。
「あぁ、おまえのことを、これからは星崎じゃなくて、マナカって名前で呼びたい」
「っ……」
星崎は目を見張ったまま固まってしまう。呼吸が止まったみたいに動かなくなった。
だけど、真剣に見つめ続けていると、やがて硬直が解けていく。
星崎は首を左右に往復させると、こっちに目を向けてくる。頬は火照ったままだけど、その瞳はまっすぐで、俺のことを受け入れていた。
どうやら、オッケーをもらえるみたいだ。
星崎が歩み寄ろうとしてくれているのなら、こっちも歩み寄りたい。
これからは星崎じゃなくって、ちゃんとマナカって名前で呼んでいきたい。
そうすればもっと、星崎との距離を縮められるから。
「ダメよ」
「えぇ~、ダメなのぉ」
まさかのお断りだった。この流れで拒否されるなんてビックリだよ。
アサミンも「マジか?」って驚いちゃっている。予想外の展開だったんだね。
「だ、だって……あなたに名前で呼ばれたら、恥ずかしいっていうか……ダンジョンで戦っているときに呼ばれたりしたら、支障が出てしまうかもしれないじゃない……」
星崎は口元を手で隠しながら、名前で呼んでほしくない理由を小さな声で述べてくる。
「だ、だから、もっと時間をちょうだい! もっとあなたと一緒にいる時間を共有すれば、そのうち、心の準備ができるかもしれないから!」
星崎は顔を紅潮させながら、とってもめんどくさいことを言い出した。
意気地なしの星崎に、やれやれと朝美はかぶりを振っている。
「……ごめんなさい。自分でも、めんどうなことを言っている自覚はあるんだけど……」
星崎は色づいた頬に手をそえると、「うぅ」とお腹を空かせた小動物みたいな声をもらす。
思い返してみれば、出会ったときからそうだった。
ぜんぜん素直じゃなくて、こっちの思い通りに物事を進めさせてくれない。
そんな星崎と、俺はこの世界で冒険者として共に歩んでいきたいと思ったんだ。
唇をゆるめると、恥ずかしそうにしている星崎を見る。
「いつか星崎が名前で呼ぶことを許してくれるように、これからじっくりと時間をかけていかないとな」
親しみを込めて笑いかける。
星崎は頬にそえていた手をどけると、キョトンとしていた。
これからも星崎と一緒にいたいという、その気持ちを理解してくれたようで、照れくさそうにこっちを見あげてくる。
「……え、えぇ。わたしも、がんばってみるわ」
精一杯に強がるような声で、これからも歩み寄っていくことを約束してくれる。
星崎は気持ちを切り替えるためにコホンと咳払いをすると、その足をダンジョンに通じる石碑のほうに向けた。
「それじゃあ、行きましょう、朝美、涼介」
こっちを振り返りながら、星崎は晴れやかな表情で呼びかけてくる。
俺が名前を呼ぶことは許可できないけど、どうやらそっちは俺のことを名前で呼びつづけるみたいだ。
まだ「涼介」と口にすることには慣れていなくて、ぎこちなさがあるけど、なんだかそれさえもいいような気がしてきた。
朝美は杖を握りながら「はい」と小気味よい返事をして、星崎についていく。
俺もダンジョンにもぐる準備はとっくにできていた。
光城涼介に定められた死の運命は乗り越えたけど、冒険者をやっているかぎり危険はつきまとう。絶対的な安全なんてありはしない。
それでも、仲間の助けがあれば乗り越えられる。
生き延びることに関してだけは、誰にも負けない。
足を踏み出すと、前を歩く星崎と目があった。
これから危険なダンジョンに挑むっていうのに、彼女は自分が向かう先に幸福が待っていることを知っているような、屈託のない微笑みを浮かべている。
この笑顔があるかぎり、どんな苦難も乗り越えられる。
そう思うことができた。
頭のなかで、『好感度があがりました』という声が聞こえてくる。
【好感度レベルアップ】 現代ダンジョン風のゲーム世界にモブ転生した俺は、彼女の好感度をあげまくって死の運命を変えてみせる。 北町しずめ @bz73uv5h
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます