第16話
ダンジョン内に出現する魔物は倒しても時間が経過すれば再出現する。この現象はダンジョンの力によるものと考えられている。ゲームでも魔物がリスポーンするのは、そういう設定になっていた。
ただし、ダンジョンボスや特定の強敵だけは再出現することがない。
ダンジョンボスと戦うことになるボス部屋に入れば、出入り口が霧のような結界でふさがれて外に出られなくなる。最下層にいるボスに挑むときは、覚悟を決めて行かなきゃいけない。
そして倒された魔物は灰になって消失し、装備品や魂精石を落とす。
魂精石は魔力がこもっていて、エネルギー資源として利用されたり、研究材料として扱われている。
魔物を倒したらその存在や魂によって生成される石で、生きている状態の魔物のなかにあるわけじゃない。魔物が死亡することで、はじめて魂精石は作られる。
その魂精石は色や大きさによって、冒険者ギルドで買い取ってもらえる金額が違ってくる。通常の魔物が落とすのは白色の魂精石だが、ダンジョン内に出現する珍しい強敵は赤色、ダンジョンボスなどは黒色で、強さによって魂精石の大きさも異なっている。
だから腕の立つ冒険者ほど、レアな魂精石を入手できて収入も多く稼げる。
ゲームだったらプレイヤーの分身である主人公くんのレベルをあげていけば、自然と稼ぎは増えていくようになっていたが、この世界では命を落としたり、冒険者を引退する人たちもいるので、大金を稼ぐのは容易じゃない。
ちなみにダンジョンに出現する魔物のなかには、外見が人型の騎士や剣士もいるが、倒してもダンジョンの力で再出現してくるので、人間ではなく魔物という扱いになっている。
そして魔物のなかには言葉を喋って、冒険者に話しかけているヤツもいる。特にダンジョンボスやエクストラボスと呼ばれる魔物には、そういったのが多い。
ゲームでも地上に出てきたシャディラスが、主人公くんに話しかけていたしな。
今回、俺が星崎たちと足を踏み入れた『荒れ果てし辺境の遺跡』は、名前が指すとおり遺跡型のダンジョンだ。
どこもかしこも石造りの壁で構成されていて、天井まで高さがあり、通路も幅広なので窮屈さはあまりない。洞窟のダンジョンよりも石でできた地面は固さを感じさせる。だけど、どことなく埃っぽい臭いがして、吹きつける風も乾いてるので、ずっといたいとは思えない場所だ。
第十階層まであって、既にダンジョンボスは倒されていて攻略済みだ。
ゲームでいうと、まだ序盤のほうにあたるダンジョンだが、推奨レベルが100なので、駆け出しの冒険者が挑むには危険だ。
『荒れ果てし辺境の遺跡』のところまで俺はゲームを進めていないが、このダンジョンには見覚えがあった。というのも、『ラスメモ』マニアの友達がゲームをプレイしながらこのダンジョンを攻略していたのを隣で見ていたからだ。
全身が毛におおわれているモフモフの獣人とか出てきて、かわいかったんだよな。
そして現在、中継ポイントの石碑を使って、星崎たちと『荒れ果てし辺境の遺跡』の第三階層に踏み込んだ俺は……。
そのモフモフと対峙していた。
【獣人】
レベル:90
小柄な獣型の魔物。素早く動きまわり、爪と牙で攻撃してくる。
レベルは俺と同じだ。倒せない相手じゃない。
握りしめたロングソードを獣人に向けながら睨み合う。
いくらぬいぐるみのようにかわいい外見だからって、相手は魔物だ。見逃すことはできない。ここで見逃したら、星崎の心証が悪くなって好感度をあげにくくなる。
これもすべては好感度のためだ。
「恨まないでくれよ」
そう口にしつつ、すり足で距離を縮めていく。
すると獣人は、うるうるとした瞳で俺を見あげてきて小首をかしげてきた。
ぐっ……かわいい。
「どうしたの、光城くん? あとはその獣人だけよ。さっさと片づけてちょうだい」
他の魔物を巧みな剣技で斬り伏せて灰に変えた星崎が、急かしてくる。
「あぁ、わかってる。今からやるところだ」
だけどアレだな。ディスプレイ越しに見るのと、こうして直に実物を目の当たりにするのとでは、ぜんぜん印象が違うな。暴れ熊のときは迫力があって怖かったけど、この獣人に関してはかわいさがすごい。
身長は一メートルくらいで、ちっちゃい。小型犬みたいな顔をしてて、魔物とは思えないほど愛嬌がある。体中に生えているモフモフの毛はやわらかそうで、抱きしめて頬ずりをしたくなる。
それでも相手は魔物だ。騙されちゃいけない。
倒さないと、倒さなきゃいけないんだ!
心を鬼にして、握ったロングソードを叩き込もうとする。
いざ踏み出そうとすると……獣人はとっても愛らしい声で「キュ~」と鳴いてきた。
俺は……俺は……。
「やっぱりダメだよ! こんなかわいい生き物を殺すなんてさぁ!」
「は? ちょっ、いきなり何を言い出すの光城くん?」
とつぜんの戦闘放棄に、星崎は目を白黒させる。
「だって、こんなにモフモフでかわいいんだよ! 殺すなんてかわいそうだよ!」
「あなた、正気? 相手は魔物よ? 殺さないなら、どうするの?」
「俺の仲間にするんだ! パートナーにして、一緒にダンジョンを攻略していくんだ! もうキューちゃんって名前だってつけたんだからぁ!」
「またわけのわからないことを……。魔物を仲間にできるわけないでしょ。もういいから、そこをどきなさい。わたしが殺すわ」
「やめてよぉ! そんなことしちゃダメだよぉ!」
こんなに愛らしい生き物を手にかけようだなんて、血も涙もないのかよ。抱きしめてモフモフしたいって思わないの?
俺が駄々をこねていると、「キュ~」とまたキューちゃんの鳴き声がする。汚れのない純真無垢な瞳でこっちを見つめていた。
「大丈夫だよ、キューちゃん。俺が守ってあげるからね」
戦う意思がないことを示すために左手を差し伸べる。そしたらキューちゃんも、ちっちゃな足を動かして、トテトテとこっちに近づいてきた。歩く姿もかわいい。
ほらね。人間と魔物だって、こうしてわかりあえるんだよ。何事も信じることが大切なのさ。
キューちゃんは、差し伸べた俺の左手に触れられる距離までやって来ると。
「キシャァァァッ!」
体毛を逆立てて、獰猛な獣の形相となって爪を振るってきた。
「あっぶねぇ!」
慌てて後ろに下がって距離を取る。差し伸べていた左手を爪先で引っかかれてしまう。ガントレットを装着していたおかげで、そこまで痛みは感じなかったけど、ダメージをもらった。
頭のなかでステータスを表示させて、自分のライフを確認してみる。
『HP:9100/9200』
わずかではあるが、HPが削られていた。
「この毛玉がぁぁっ! ブッ殺してやるっ!」
スイッチが入ると、戦闘モードに切り替わる。右手に握ったロングソードに力を込めて駆け出した。
獣人も「キシャァァァァッ!」と牙を剥いて威嚇してきたが、ひるむことなく突っ込んでいく。
何発かダメージをもらいつつも、必死に食らいつき、徐々に攻撃パターンとモーションを見切ると、ロングソードで小柄な体をブッタ斬る。
トドメを刺すと、獣人は灰になって白い魂精石を落とした。
「手こずらせやがって。ちょこまかと動きまわるせいで、狙いにくかったぜ」
事前に【好感度レベルアップ】のスキルで大幅にレベルアップしていなかったら、もっと苦戦していただろう。星崎の好感度をあげておいてよかった。
獣人を倒して呼吸を整えていると、なんだか背中に視線を感じる。
後ろを振り返ってみると、星崎と朝美が呆れた表情でこっちを見ていた。
「さっきの殺しちゃやだっていうのは、なんだったのよ? 獣人を襲っていたときのあなたは、凶暴な殺人鬼みたいだったわよ?」
「マナカさま、本当にこの人と行動を共にしても大丈夫でしょうか? 危ない人のように思えますが?」
朝美は星崎のそばに寄って、ヒソヒソと耳打ちをしていた。
「やだなぁ、アサミンってば。俺のことを危険人物みたいに言わないでよね? 勘違いされちゃうでしょ」
獣人の赤黒い鮮血がついたロングソードを握りながら、「あははは」とさわやかに笑いかける。
だけど二人が俺に向けてくる眼差しは怪訝なままだ。
ふぅ~、やれやれ。二人とも俺のことを誤解してるみたいだね。
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