第50話
高速で思考を回転させていると、聴覚が音をとらえた。反射的にしゃがむ。真上を強風が通り過ぎていく。黒い霧のなかで、オーディックが距離を詰めて斬りかかってきたんだ。
斬撃の軌道からオーディックの居場所に目星をつけると、迅速に真紅の剣を振るって反撃。手応えがない。避けられた。
黒い霧に包まれた視界のなかでも、オーディックの唸り声がする。耳を澄ませて、音をよく聞く。アイツが動くたびに発する鎧の音と足音。それらを頼りにして、前方に向かって跳んだ。背後から走ってきた斬撃をかわす。
かと思えば、すぐにまた別の方向から斬撃が叩きつけられる。二撃目もバックステップで回避。続いて三撃目、四撃目と、間髪入れずに繰り出される連撃を避けまくる。
反撃をはさむ余地がない。こうしている間にも、こっちはHPが減り続けているってのに!
真後ろから聞こえてきた音に体が反応。振り向くと、漆黒の剣が迫ってきていた。真紅の剣を構えて刺突を防ぐ。だが唖然としてしまう。
構えた真紅の剣によって、弾かれた漆黒の剣が地面に落ちた。そこにオーディックの姿はない。ヤツは剣を握って刺突を繰り出したんじゃない。漆黒の剣を投擲してきたんだ。
ブラフに気づいたときには、もうオーディックは側面から踊りかかってきていた。豪腕を振るい、殴りつけてくる。素手でも俺にとっては十分に致命傷だ。
間に合え! 全身の筋肉が引きちぎれそうになるのを感じながら、側面に向けて剣を構え、防御の姿勢を取る!
天地が激しく回転。鎧が打ちつけられ、背中に激痛。喉がつまって咳き込む。
辛うじて防御はできたようだが、殴り飛ばされて転倒する。地面に仰向けになっていた。HPに大きなダメージはないが、体勢が崩れてしまう。
オーディックはすさかず地面に落ちている『黒獣王の剣』を拾いあげると、雄叫びを轟かせて迫ってくる。
トドメを刺すつもりだ。握りしめた剣を振り下ろしてくる。
自分が死ぬ光景が、まぶたの裏に浮かぶ。
「っ、こんのっ!」
下っ腹に力を込めて、横に向かって転がる。
振り下ろされた漆黒の剣が地面を砕き、石の破片を飛ばしてくる。
トドメになりえた一撃を避けると、転がりながら膝立ちになる。
だが、こっちが完全に体勢を立て直す前に、オーディックは直進して追撃を加えてくる。
防御と回避、頭に浮かぶどちらの選択肢も間に合わない。
どれを選んでもやられる。
けど、やられはしない。
「俺には死ねない理由があんだよ!」
声を出して、胸の奥に火を灯す。
眼前に死が迫っているからこそ、全力で抗う。
約束したんだ。
星崎と一緒に、冒険者にしか見ることのできない憧れの景色を一緒に見ようって。
それまでは死ねない。死ぬわけにはいかない。
生きてやる。
生きるために、戦ってやる。
血と汗で濡れそぼった右手に力を込めて、剣の柄を握りしめる。
最大級の殺気を向けて、敵を睨みつける。
迷うな。迷えば負ける。
「ブッ殺してやるっ!」
死の言葉を放つと、膝立ちのまま剣を振るい反撃。
オーディックのほうが速い。漆黒の剣が俺を真っ二つにする。
それでも、最後まで握りしめたこの剣を振り抜く!
途中で止まることだけはしない!
――そして眼前で爆炎が炸裂する。
視界一面を埋めつくす真っ黒な霧を振り払うように、紅蓮の炎が燃えあがった。
爆炎を受けたオーディックは漆黒の剣を構えたまま後退していく。獰猛な唸り声を発しながら、俺の前に佇む人物を睨みつけていた。
「ちゃんと約束を守っていたようね」
燃え盛る炎の剣を右手に握りながら、亜麻色の長い髪をなびかせてこっちを振り返ってくると、彼女は微笑みを浮かべてきた。
命を賭けた死闘の真っただ中だっていうのに、そんな彼女の姿に見惚れてしまいそうになる。
真っ赤に燃えたぎる炎のように、美しさと強さ、その二つを星崎マナカは兼ね備えていた。
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