第20話




 三人分の足音を響かせながら歩いていく。俺たち以外の冒険者や、魔物の足音らしきものは聞こえない。


 第五階層へと通じている大きな階段を下ると、石造りの通路を進んでいった。


 周りを警戒しつつ、俺は星崎の好感度をあげる機会をうかがっていたが……それがなかなか訪れない。こっちから話しかけたいけど、星崎は俺と話したくないって雰囲気を全身から放っているので、切り出せなかった。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、にわかに星崎が足を止める。


「マナカさま? どうかしたんですか?」


「ここ、なんだか違和感があるわね」


 星崎は長いまつ毛を伏せながら、通路の壁面を睨む。


 星崎が注視している壁を確認してみると、薄らとではあるが、そこだけ壁の色が他とは微妙に違っていた。


 よくこんなの気づけたな。注意深く観察してないとわからないぞ。普通だったらそのまま通り過ぎてしまう。


 星崎は拳を握ると、軽くジャブでも打つように色違いの壁を殴りつける。すると、さっきまで確かにそこにあった壁が消失した。幻の壁だったようだ。


 稀にではあるが、ダンジョンにはこういった仕掛けが存在する。


「隠し通路ですか」


 壁がなくなったことで開かれた通路を、朝美は警戒心を強めながら観察する。


「これは思わぬ収穫ね。もしかしたら、まだ誰にも発見されていない宝があるかもしれないわ」


 星崎は口元に微笑を浮かべて、これから遊園地に連れていってもらえる子供みたいにソワソワとしだす。


 そういうところを見せられると、こっちもほっこりしちゃうよ。


「ですが、誰も立ち入ったことがないということは、それだけ危険があるということです」

 

 すぐにでも隠し通路のなかに飛び込んでいっちゃいそうな星崎を引き止めるように、朝美が注意を促してくる。どうやらあんまり乗り気じゃないみたいだ。けど、こういった慎重な意見を口にできる人間もパーティには必要なんだろう。


 朝美からの忠告を受けると、星崎は冷静さを取り戻したのか、取り澄ました表情になった。いや、これは拗ねているのか? おもしろくなさそうに眉間を曇らせて、こっちに視線を向けてくる。


 どうやら意見を求められているようだ。一緒に行動させてもらっている身としては、そういった気づかいはうれしいよ。


 壁が消失したことで現れた隠し通路に目を向ける。


 星崎は壁の色が異なることに違和感を覚えていたが、俺は別のところに違和感があった。


『ラストダンジョンメモリーズ』に詳しい友達が、『荒れ果てし辺境の遺跡』を攻略しているところを、俺は隣で見ていたが……。


 そのときは、こんな隠し通路には踏み込んでいなかった。


 それが、どうしても引っかかる。


 もしかして、友達が見逃していたのか? 


 ……いや、それはない。あいつは『ラスメモ』については異様に詳しかったし、もう何周もプレイしているとドヤ顔で自慢していた。そんなヤツが見逃すとは思えない。

 

 考えられる可能性があるとすれば、これから『ラスメモ』をプレイする俺のために、あいつがあえて情報を伏せていたのかもしれないってことだ。もしくは俺が漫画を読んだり、スマホをイジったりして、この隠し通路に入るところを見ていなかったか。


 どっちにしても、本人がいないので確かめようがない。


 俺にとっても、この隠し通路は未知の領域だ。朝美の言うとおり、危険がある。


 それらを踏まえた上で考えをまとめると、自分なりの答えを出した。


「俺は行くべきだと思うぞ。誰にも発見されていないレアなお宝が入手できたらラッキーだし、なによりこういうのはワクワクするからな」


 死にゲーでも、そうだった。もう残りライフが少なくて、絶対に引き返した方がいいとわかっているのに、隠し通路とか発見したら楽しさを優先させて進んでしまう。そのせいで死んでしまって、せっかく稼いだ経験値がパアになっちゃうこともあるんだけどな。


 だけど、そうやって後悔することになったとしても、未知の領域に踏み込んだときの楽しさは本物だ。


「冒険の醍醐味くらいは、わかっているようね」


 星崎は無愛想な口振りで言ってくると、こっちに向けていた目をそらしてくる。


『好感度があがりました。レベルが10あがりました』


 レベルアップのお知らせだ。星崎のことを気づかったわけじゃないが、好印象な答えだったらしい。

 

 これでレベル101になった。


 ついに100の大台に乗ったな。とはいえ、まだ【追尾する短剣】を使用するには攻撃力のステータスが足りてないし、シャディラスとやりあうには心許ない。


「思った通り、光城さんは冷静な判断ができる人ではないようですね」


 このなかで唯一の反対派だった朝美は、長めのため息をついてくる。星崎とは対照的に、俺への好感度が下がったみたいだ。


 アサミンにガッカリされてちょっぴり傷ついたけど、俺にとっては星崎の好感度をあげることが優先だから我慢しないと。


 そういえば友達が、「レトロなギャルゲーでは選択肢によって好感度があがるキャラと下がるキャラがいるから、やっててしんどい」と愚痴っていたことがあったな。


 なるほど、あっちを立てればこっちが立たない。こういう複雑な心境になっちゃうのか。


「これからこの隠し通路のなかを進んでいくけど、かまわないわね?」


「マナカさまの決定なら、仕方ありません」


「あぁ、俺もいいぜ」


 このなかで一番レベルが低いのは俺だから、一番危険なのも俺だ。それでも行かないという選択はしたくない。


 俺と朝美の返事を聞くと、星崎は満足そうに微笑みを浮かべた。


「朝美。MPにまだ余裕はあるわよね? 【魔力譲渡】をお願い」


「了解しました」


 朝美は頷くと、星崎のもとに近づいていく。


 聞き慣れない単語に俺が疑問を感じていると、朝美はこっちを見ながら説明してくれる。


「【魔力譲渡】というのは、わたしのユニークスキルですよ。効果は名前の通り、自分のMPを他の人に分け与えることができるんです」


 朝美は喋りながら、杖を持っていないほうの左手を星崎に向ける。左手が青い光を発すると、その光が星崎のなかに吸い込まれていくように流れていった。


 ここに来るまで星崎は何度かスキルと魔術を使用してMPを消費したから、朝美のMPを分けて補充しているんだ。


 かなり有用性の高いスキルだな。この世界にはアイテムによるMP回復手段がないから、MPが底をつく前に中継ポイントの石碑を使って、地上に戻らないといけない。そのせいでダンジョン探索に時間がかかってしまう。


 だけど朝美の【魔力譲渡】のスキルがあれば、パーティのMP管理がしやすい上に、ダンジョン探索も効率的に行える。

 

 星崎が冒険者として活躍できているのは、まちがいなく朝美の助けがあってこそだろう。


 MPの補充が終わると、朝美は左手の青い光を消して、星崎から離れる。


「光城くんも一度スキルを使用していたようだけど、MPのほうは大丈夫なのかしら?」


 一度スキルを使用したというのは、【追尾する短剣】を具現化して、使い物にならないことを確かめたときだ。


「問題ない。そもそも俺は、まだスキルを使って戦えるようになってないからな。残りのMPを心配する必要はないよ」


「……そう」


 星崎はこっちに顔を向けながらも、目をあわせないまま確認を取ってくる。きちんと俺に気を配ってくれるあたり、パーティのリーダーとしての役目を果たしていた。


「それじゃあ行くわよ。他の冒険者が来たら面倒だわ。希少な宝があるのなら、先に取られる前に急ぎましょう」


 星崎は先陣を切るようにして、隠し通路のなかに踏み込んでいく。最も危険な先頭に立つのは、このなかで一番実力がある星崎が適任だろう。


 表情にこそ出さないが、星崎がウキウキしているのが伝わってきた。そういうところは年相応というか、子供っぽいよな。


 俺も未知の隠し通路に踏み込むことに、恐怖よりも楽しいって感情が先に立っているから、星崎のことはあんまりとやかく言えないんだけどな。




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