第51話
広間に舞い戻ってきた星崎は、右手に握っていた【鳳凰の炎剣】を消すと、厳しい目つきになって周りを確認してから、正面にいるオーディックに視線を定める。
「ここら一帯を覆っているこの黒い霧のせいで、わたしたちのHPが削られているのね。朝美、光城くんに【回復】を」
「わかりました」
後ろから声がすると、真っ暗な霧のなかから朝美が出てきて駆け寄ってきた。握った杖から金色の光を発して、俺に【回復】をかけてくれる。
ずっと減り続けていたHPが、まともな数値になっていく。
「助かったぜ、アサミン」
お礼を口にしながら、膝立ちから起きあがって体勢を立て直す。
「ほんとに、よく生きていましたね。今回ばかりは無理だと思っていましたよ。あなたのしぶとさには、呆れるのを通りこして感心します」
朝美はクスッと笑みをこぼす。俺の生存を確認して、安心してくれたみたいだ。
二人が駆けつけてくれて、俺も安堵しているのだろう。ついさっきまで押し潰されそうだった気持ちが軽くなっている。
「星崎たちは、トラップが発動したあと、どうなったんだ?」
「わたしと朝美は、幸運にも同じ場所に飛ばされたわ。そこが下層にあるボス部屋の近くだったのよ。だからダンジョンボスを撃破して部屋の奥にある石碑を開放し、一度地上に出たの。そこからこの広間に来る途中で開放しておいた、第四階層にある中継ポイントの石碑に飛んで、ここまで駆けつけたのよ」
この短時間でダンジョンボスを撃破してきたのか。星崎と朝美の実力なら可能だが、正直驚かされる。
「マナカさまは本当に急いでましたからね。すごい早さでダンジョンボスを瞬殺していましたよ」
朝美が肩をすくめながら言ってくると、星崎はムスッとしていた。
よく見れば、二人とも表情に疲労感がある。明らかに消耗していた。それだけ急いでここまで戻ってきてくれたってことだ。俺のために、二人ともがんばってくれたんだな。
そしてここに戻ってくるまでに、大きなレベルアップを果たしたんだろう。でなきゃ、さっきの【鳳凰の炎剣】でオーディックを退けることはできなかったはずだ。
「わたしは、自分のパーティメンバーが命を落とすことは許さないわ。だから……あなたが無事でよかった」
張り詰めていた緊張をほんの一瞬だけゆるめると、星崎は素の感情を表すように語りかけてくる。
「あぁ、心配かけて悪かった」
「……心配したわよ、ほんとに」
星崎は聞き取りにくいほどの小さな声で吐露してくる。心の底から俺のことを案じてくれていたんだ。
だけど感傷には浸らずに、星崎は毅然とした面持ちになる。
「わたしからの生きていなさいって指示を、ちゃんと守り通したことは褒めてあげるわ」
俺が生きていたこと。
それが、わざわざこんな死地にまで戻ってきた星崎にとって、なによりもうれしいことなんだ。
「死ぬためじゃなくて、生きるために、俺はこの魔城に踏み込んだんだ。命を落としたりはしない」
予定外のことばかりで散々だったが、一度として心は折れなかった。
「それに、約束したからな。星崎と一緒に、冒険者にしか見られない憧れの景色を見るって」
あの約束が、俺に力をくれた。
星崎マナカは、いつだって俺を強くしてくれる。
「そうよ。約束したんだから。あなたに勝手に死なれたら、困るのよ」
星崎はほのかに頬を色づかせて、こっちを横目で見ながら、生きていてほしいと言葉にしてくる。
『好感度があがりました。レベルが300あがりました』
それが本心からの想いなんだって、頭のなかで響く天の声が教えてくれた。
これまでにないほどの極大のレベルアップ。肉体の内側から熱く燃え滾るような力が湧きあがってくる。
仲間のために、がんばりたい。そう思えた。この気持ちは、俺一人だけでは得られなかったものだ。
「朝美。残りのMPはどのくらい?」
星崎はオーディックに警戒を向けたまま、朝美に呼びかけて状況を確認する。
「ダンジョンボスとの戦いや、ここに来る道中でたくさん魔物を蹴散らしましたから、心許ないですね。あと魔術を使えるのは数えるほどです」
MPの最大値が高い朝美ですら、余力がなくなっている。【回復】が使えなくなったら、こっちに後はない。
「この黒い霧はスリップダメージを与えてくるだけじゃなくて、視界も悪くしてくる。オーディックの足音や、直感を頼りに判断して戦わないと危険だ」
「足音はともかく、直感っていうのはよくわらないですけど」
朝美は眉間をひそめる。前衛に出て戦うタイプじゃないから、こういうのは理解しにくいんだろう。
「悠長に戦ってはいられない、ってことね。こうしている間にも、わたしたちのHPは減り続けている」
長引くほどに、不利になっていく。
しかも敵は格上だ。三人で力を合わせても、勝てる保証はない。
「窮地ね。だけど……」
星崎は腰に差している剣に手をかけると、流れるような所作で鞘から刃を抜き放った。
「だからこその冒険よ。冒険に危険はつきものだもの」
緊張や恐怖はある。それでも星崎は冒険者としての使命感を持って、戦意を高める。
子供の頃に読んだ、冒険者を目指すきっかけとなった本にも、きっと今のような状況が何度も出てきたんだろう。そして本のなかの冒険者たちは、何度だってその窮地を乗り越えてきた。
星崎も、目の前の窮地を乗り越えようとしている。
乗り越えた先に、求めた景色があると信じて。
「光城くん、今度こそ一緒に戦うわよ。わたしたちで、アイツをブッ殺す、でしょ?」
「あぁ!」
リーダーの呼びかけに応えて剣を握る。肉体につきまとう倦怠感を振り払って、今だけは闘志が先に立つ。
『好感度があがりました。レベルが100あがりました』
最後の一押しをしてくれるように、天の声が聞こえてきた。
【好感度レベルアップ】も、俺の味方をしてくれている。
光城涼介にとって、生死をかけた戦い。
その最終局面が幕を開けた。
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