第37話
「星崎。どうしたんだ?」
玄関の扉を開けると、向こう側には星崎が立っていた。
俺が顔を出すと、なぜか星崎はビクッとして大げさに肩を震わせる。
「一人なのか? 朝美の姿が見当たらないが?」
「き、今日は、わたしだけよ」
星崎は後ろ手を組むと、腰を揺さぶりながら、控えめな声で言ってくる。
意外だな。星崎が自分からこの安アパートに足を運ぶだなんて。
「俺に何か用でもあるのか?」
「…………」
星崎はさくらんぼのような唇をつぐむと、ムッとしながら睨んでくる。なんで怒っているんだ?
「……ゲーム」
唐突に星崎の口から飛び出した単語に、首を傾げる。
「ゲーム?」
「えぇ、そうよ。昨日のゲーム、洞窟のボスを倒せなかったじゃない。あぁいう中途半端なのはスッキリしないのよね。だからボスを倒すところまでは、あなたに付き合ってあげようと思って」
昨日は『色褪せし魔城』の石碑が開放されたと知って、俺はろくにゲームが手につかなくなった。そんな俺を見て、星崎と朝美はあの後すぐに帰ってしまったんだ。
星崎としては、それが心残りだったんだろう。
「どうせあなた、退屈していたんでしょ? だったらわたしとゲームの続きをしなさいよ」
「それはかまわないが、来るなら事前にメッセージで連絡をくれればよかったのに。急に来たから、どうしたのかと思ったぞ」
「そ、それは……この辺を歩いてて、たまたま昨日のことを思い出して、あなたの家に寄ろうと思ったからで……」
あくまでも、ウチを訪れたのは気まぐれからだと言ってくる。そのわりには、やけに落ち着きがないようだが。
あんまり追及して機嫌を損ねられるても面倒なので、とりあえず星崎を部屋に招き入れることにした。
昨日みたいにキョロキョロと室内を見まわしたりはしないけど、緊張しているのか、どことなく足つきがぎこちない。
「ほら、早くハードをセットしてちょうだい」
星崎はディスプレイの前に腰を下ろすと、掌でポンポンと床を叩いて催促してくる。人の家に来ておきながら、よくここまで偉そうに命令できるな。
言われたとおりハードを取り出してセットすると、星崎にコントローラーを手渡した。昨日と同じ死にゲーをスタートさせて、セーブデータを読み込んでいく。
そしてボス部屋の前にあるセーブポイントに、俺と星崎のキャラが立っている姿が映される。
「やるわよ」
星崎は勢い込んでコントローラーを操作すると、昨日は倒せなかったゴブリンキングに挑んでいった。
戦闘が開始すると、驚愕させられる。
明らかに昨日よりも、星崎のキャラの動きが良くなっていた。ゴブリンキングの攻撃を盾で防御できているし、攻撃を与えるタイミングだって見計らっている。
「星崎、おまえ上手くなっているな」
「昨日あんなにプレイしたんだから当然よ。わたしはただやられていただけじゃないわ。ちゃんとボスの動きを見極めながら、戦っていたのよ」
それができるのは凄いことだ。相手の行動パターンを観察しながら戦うのは、死にゲーでは大事なことだからな。
どうやらゲームに関しても、星崎は飲み込みが早いらしい。
だけど一度の戦闘で勝てるほど甘くはなくて、俺たちはゴブリンキングにやられてしまった。
星崎はぶっちょう面になって、ディスプレイを睨みつけていた。よっぽど勝てる自信があったんだな。その自信を、理不尽なボスの強さに粉々にされてしまったわけだ。
それでも星崎はコントローラーを手放しはしなかった。
「諦めないこと。それがこのゲームで肝心なこと、なんでしょ?」
まだやれると、星崎は挑戦する意欲を見せてくる。
心が折れる気配のない星崎に、感心させられる。
こいつも相当、粘り強いみたいだ。
「あぁ、そうだな」
俺も気合いを入れ直すと、コントローラーを握る手に力を込めた。再び星崎と一緒にボス戦に挑んでいく。
その後の二回目も負けてしまい、三回目でいいところまでいけたが、やっぱり負けてしまった。繰り返し何度も戦っていく。あともうちょっとでボスのライフがなくなるところまで追い詰めると、興奮で胸が踊った。だけど負けてしまい、ガッカリする。
それでも諦めずに、挑み続けた。
そしてついに、そのときはやってくる。
俺と星崎のキャラが左右に分かれながら回避して、ゴブリンキングを挟み込むような形になると、二人で同時に攻撃を加える。それでゴブリンキングのライフがゼロになった。
ボス撃破だ。
「やった」
星崎は座ったまま跳びはねて、無邪気な歓声をあげる。でもすぐにハッとすると、頬を色づかせながら居住まいを正して、恥ずかしそうにこっちを見てくる。
「照れてないで、素直に喜んでおけよ。苦労してボスを倒したときの達成感は、死にゲーの醍醐味なんだから」
「べ、別に照れてなんて……」
星崎はムッとしながら頬をむくれさせると、半眼になって睨んでくる。
『好感度があがりました。レベルが10あがりました』
頭のなかでこれが聞こえてきたってことは、とっても喜んでいるみたいだ。
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