第6話




 俺の命を狙っていた暴れ熊が消滅すると、亜麻色の髪をした少女は右手に握っていた炎の剣を消した。


 危機が去ると、熱くなっていた頭が急激に冷えていく。暴れ熊の命がつきるまで殺し合うつもりだったが、そうはならずに済んだようだ。


 一息つくと、腰にぶら下げた鞘にロングソードを収める。


 そして助けてくれた亜麻色の髪の少女と、もう一人の黒髪の少女のほうに目を向ける。


 俺の視線に気づくと、亜麻色の髪をした少女は冷たく見下すような、ともすれば暴れ熊にそそいでいたものよりも厳しい眼差しを向けてくる。


「あの程度の魔物に手を焼くだなんて、あなたここのダンジョンに踏み込んでいいレベルじゃないわね。自分の実力も把握できないようじゃ、とても冒険者に向いているとは言えないわよ。命があるうちに、早々にやめることをお勧めするわ」


 今すぐに冒険者をやるべきだと、告げてくる。


 まさか、いきなりそんなことを言われるだなんて思ってもいなかったので、呆気にとられてしまう。


 確かに、実力不足で冒険者を続けられない人たちは多い。そして光城涼介は性能から見ても、冒険者に向いているとは言いがたいだろう。 


 ……それでもだ。


「死ぬのが怖くて、冒険なんてできるかよ」


 こっちは十二日後には死んじまうんだ。


 あがきもせずに、『やめる』なんて選択肢はない。


 最後まで抗ってやる。


 亜麻色の髪の少女が向けてくる眼差しに屈することなく、睨み返す。


「あ、あなた! マナカさまになんて口を! この人が誰だかわかっているんですか!」


 同行していた黒髪の少女はギョッとすると、細い眉を逆立てながら怒気をあらわにする。


 よく見てみれば、二人とも見覚えがある。おそらく『ラスメモ』のネームドキャラなんだろう。


 どうりで、二人そろって存在感があるわけだ。この存在感はモブには出せないものだな。


 マナカさま、と呼ばれた少女はムッとしている。さっきよりも目つきが鋭い。


 鳥肌が立つようなトゲトゲしい視線だが、目をそらすことはしない。ビビったところを見せれば、相手の言葉を認めたことになってしまう。


 俺が一向に目をそらさずにいると、やがてマナカという少女は鋭かった視線をやわらげて、澄ました表情になった。


「そう。あなた、長生きしないタイプのようね」


 額面通りに受け取るなら皮肉に聞こえるが、マナカの表情はどこか感心しているようでもある。


 なにを考えているのか、よくわからない女だな。


 マナカの表情がやわらかくなると、ようやく俺も強張っていた体を脱力させることができた。


 そして気をゆるめると、不意に頭のなかで天の声が聞こえてくる。


『好感度があがりました。レベルが10あがりました』 


 ……は?


 なんだ今の? 好感度? 好感度ってなんだよ?


 いや、それよりも天の声はなんと言った? レベルがあがったって言わなかったか? それも一気に10もあがったって?


 うそだろ? これまでどんなに苦労を重ねても、ちっともレベルアップできなかったのに? この一瞬で、レベルが10もあがったっていうのか?


『【好感度レベルアップ】のスキルを獲得しました』


 いきなりのことでまだ混乱しているのに、続けて天の声が聞こえてくる。


 今度は新しいスキルを獲得したと言ってきた。


 それはおかしい。スキルなら既に【無形の武装】を持っている。


 新しいユニークスキルを覚えることは、『ラスメモ』のシステム上ありえない。


 ゲームでは起こりえないことが、たったいま俺の身に起きている。ますます頭が混乱しそうになった。

 

「わたしは七塚朝美ななづかあさみといいます」


 我に返ると、杖を持っている黒髪の少女が近づいてきて、自己紹介をしてきた。


「そして、あちらの方が」


星崎ほしざきマナカよ」


 暴れ熊を一撃で仕留めた少女、星崎マナカは腕組みをしながら、こちらを値踏みするような目線をよこしつつ、気品さを感じさせる声で名乗ってくる。


「……光城涼介だ」


 まだ自分の身に起きたことが理解できなくて、冷静さを取り戻せていないが、こっちも名乗り返しておく。


「そう。あなたとはもう二度と会うことはないでしょうから、名前なんて聞いても意味がないのだけどね」


 星崎は優雅な手つきで長い髪を撫であげながら、嘲笑するように口の端を曲げてくる。


 完全に格下として見られているな。実際、星崎の力は俺よりも遙かに上だ。


 そうとわかっていても、見下されたらイラッとくるが。


 とても性格が良いとは言えない女のようだ。


「けど、死なれたら寝覚めが悪いわ。朝美、その男に【回復】をかけてあげなさい」

 

 えっ、やさしい。回復魔術かけてくれるの? 


 冷静に考えたら、ピンチだった俺のことを助けてくれたし。


 もしかして良い人? ねぇねぇ、マナカさまって、もしかして良い人なのかな?


「マナカさまの命令なら、仕方ありませんね」


 しぶしぶといった感じで朝美は俺のほうに向き直ってくると、【回復】の魔術を発動させる。


 朝美の握っている杖の先から金色の光が放たれると、暴れ熊に殴られた背中の痛みが薄らいでいった。


 今ので傷が癒やされて、減っていたHPが全快したみたいだ。


「マナカさまに感謝してくださいね」


 朝美は左手の人差し指を、ピッと俺の鼻先に突きつけてくる。


「あぁ、助かった。ありがとう」


 朝美と、それから腕組みをしながらこっちを見ている星崎に、感謝を伝える。


 星崎は軽く鼻を鳴らすと、おもむろに足を動かして歩き出す。


「わたしたちがここを通りがかったのは偶然よ。次はないわ。死にたくなれば、早々に立ち去ることね、光城くん」


 すれ違いざま、こっちに流し目を送りつつ忠告をしてくると、星崎は現れたときとは真逆の方向にむかって歩いていく。


 その道を進んでいけば、地上に帰還するための石碑が設置されているので、そこを目指しているんだろう。


「そういうわけです。あなたが助かったのは、運が良かっただけだってことを忘れないでくださいね」


 朝美も俺に釘を刺してくると、星崎の背中を小走りで追いかけていった。


 星崎たちが来なくても、自力で生き延びることができた……なんて思いあがったことを考えたりはしない。そりゃあ、そのつもりで暴れ熊と戦う気ではいたけど。


 だけど、彼女たちが俺を助けてくれたことは、素直に感謝している。




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