第5話




 その姿が、俺の瞳のなかに映り込む。


 洞窟のなかだっていうのに、まるで赤い絨毯の上を歩いているような優雅な足つきだ。彼女が歩くたびに、腰まで届く亜麻色の長い髪が揺れている。


 意思の強さを感じさせる眼差しは俺と暴れ熊のことを捉えているが、そこには動揺の色が一切ない。


 こんな危険だらけのダンジョンのなかでも、端正な顔立ちを崩すことなく凜とした輝きをまとっている。


 背筋を伸ばした華奢な体がこちらに近寄ってくる。身につけている白銀の軽装鎧は、舞踏会へとおもむく令嬢が着ているドレスのようだ。


 亜麻色の髪の少女の後ろには、もう一人、別の女の子が同行していた。


 前にいる少女の足つきにあわせるように歩いている。壁面から放たれる青い光を浴びて、肩口で切りそろえた黒髪が光沢していた。  


 つぶらな瞳には警戒の色を宿しており、まだ幼さのある愛らしい顔を引きしめている。


 木製の杖を両手でしっかりと握りしめていて、小柄な体に身につけた青いローブの裾が風になびいていた。


 突然現れた二人の少女に驚くが、そちらに意識を向けることはせずに、対峙する暴れ熊に集中する。いまは暴れ熊と戦うことが優先だ。


 だけど、向こうはそうじゃなかった。


 暴れ熊は、より一層大きな咆哮を二人の少女に向かってまき散らせる。さっきまで戦っていた俺のことなど、もはや眼中にない。


 暴れ熊にしてみれば、それほどまでに現れた二人の少女のほうが脅威ということだ。俺よりもレベルの高い冒険者なんだろう。


 砂埃が舞った。暴れ熊が駆け出す。狙いは亜麻色の髪をした少女だ。このなかで彼女が一番危険だと認識したようだ。


 突っ込んでくる暴れ熊は、俺にとっては死そのもの。


 けど、あの少女にとってはそうではない。


 何度となく見てきた光景の一つに過ぎず、少女は冷たい視線で、向かってくる暴れ熊を見据えている。


「【鳳凰の炎剣えんけん】よ」


 少女が唱えると、竜が息吹を吐き出すように右手から紅蓮の炎が湧き起こった。


 生じた炎は急激に燃えあがっていき、一つの武器へと変化していく。


 あれは……剣。


 少女の右手に、一振りの長大な炎の剣が握られる。


 それによって、辺りの景色が陽炎のように揺らいでいた。


「消えなさい」


 少女がつぶやくと、爆炎が炸裂。


 炎の斬撃が繰り出され、熱波が大気を焼き焦がす。

 

 真正面から斬りつけられた暴れ熊は、一撃でライフをゼロにされた。


 焦げ茶色の体毛におおわれた巨体が悶えながら灰になっていき、小さな白い魂精石を落とす。


 敵を斬り伏せた、少女の精悍な姿。


 俺の瞳には、それが、とてもかっこいいものとして映っていた。


 真っ赤に燃えたぎる炎のように、美しさと強さ、その二つを彼女は兼ね備えていた。





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