第12話




「ここでいいわね」


 俺の前を歩いていた星崎は、スタート地点からしばらく進むと、人気のない広々とした場所まで来て足を止めた。亜麻色の長い髪を揺らしながら、こっちを振り向いてくる。

 

 星崎のパーティに加わりたいなら、この場で実力を示せってことらしい。


 振り向いてきた星崎の眼差しに気圧されることなく見つめ返すと、俺は【蔵よ】の魔術を発動させる。


『ラスメモ』では、魔術の素質があるキャラはレベルアップすることで新しい魔術を覚えていく。光城涼介には、その魔術の素質がないようだ。レベル30になっても、使えるのはダンジョン探索に必要な最低限の魔術だけだからな。


 ゲームでは戦闘不能になった仲間を蘇生させる魔術があったけど、この世界では蘇生魔術は存在しない。一度でも命を落としたら、そこで終わりだ。


 主人公くんの不在しかり、なにもかもがゲームと同じというわけではないみたいだ。


 逆にゲームと同じなのは、ポーションや毒消しといった回復アイテムがないことだ。『ラスメモ』では回復行為は魔術を使ってするものだった。なのでパーティを組むのなら、回復魔術が使える者が一人はいたほうがいい。


 たったいま俺が発動させた【蔵よ】の魔術は、大抵の冒険者が初期レベルで覚えられる魔術だ。ダンジョン探索では覚えておくべき基本的なものでもある。


 入手した装備品や魂精石を異空間に収納するというもので、いわゆるアイテムストレージの役目を果たす。保管できる量には限度があるので、定期的に整理することを忘れちゃいけない。


 この魔術は利便性が高いが、なかに装備品を入れたまま持ち主が死亡すると、その蔵に入れていた装備品まで消失するので注意が必要だ。特にパーティ内で貴重品などを誰に預けるかは、よく考えないといけない。


 俺は蔵から軽装鎧とロングソードを取り出すと、普段着から冒険者らしい格好に早変わりした。


 星崎も自分の蔵からドレスのような白銀の鎧を取り出して、装着する。


 制服姿のままでも人目を引くほどの魅力を放っていたが、鎧を着たことでその美しさにより磨きがかかった。本当に幻想的な世界の戦士であるかのように、冒険者としての姿が様になっている。


 剣は……持たないようだ。俺を相手にするのに、剣を握る必要はないってことか、もしくは暴れ熊を倒したときのように、炎の大剣を使うつもりなのかもしれない。


 お互いに戦闘準備が整うと、距離を置いたまま相対する。


「マナカさま、そんな不審者はさっさとやっちゃってください」


「えぇ、決して覆すことのできない力量差を見せつけて、この世にはどうにもならないことがあるという事実を教えてあげるわ」


 壁際のほうに立って声援を送ってくる朝美に、星崎は余裕の笑みで応えていた。


 万が一にも負けることはありえない。そう思っているようだ。


 実際、そうだけどな。どうあがいても、今の俺のステータスが星崎に並ぶことはない。想像できないほどの力量差がある。そこは覆しようがなかった。


 あと、俺は不審者じゃないよ?


「あなた、冒険者になってどれくらい経つのかしら?」


「二ヶ月くらいだが、それがどうした?」


 剣を両手で握りしめながら見返すと、星崎は嘲笑するようにえくぼを浮かべる。


「そう。わたしや朝美よりも、少しだけ時期が早いのね。なのに、わたしと光城くんとでは、ここまで差がついている。持って生まれた才能の量が違うということね」


 そりゃあ序盤で死ぬモブと、プレイヤーが仲間にしたいと熱望する人気キャラとでは、才能に天地ほどの開きがあってしかるべきだろ。


「身の丈にあわない望みを持つことは、その人を不幸にするわ。あなたは冒険者を続けていくには能力不足よ。わたしに敗れて身の程を知ったら、早々に冒険者をやめて別の生き方を探しなさい。それがあなたのためよ。あなたでは、そのうち命を落とすわ」


 星崎は圧倒的な実力を見せつけることで、光城涼介が冒険者でいられないようにしようとしている。俺の心を折る気なんだ。


 星崎から放たれる戦意が高まっていくと、鎧に守られている皮膚がヤスリにでもかけられたようにヒリつく。今すぐにでも決闘をやめるべきだと、肉体が危険信号を発してくる。


 一度だけ息を吹いた。それで緊張が静まることはないが、心を落ち着けようとする。死にゲーのボス戦前みたいに集中力をあげていく。


 こっちの戦闘スタイルは、攻めに特化したものだ。盾は重量がかさむので、装備していない。できるだけ素早く動いて、攻められるようにしている。


 星崎も、俺と似た戦闘スタイルのはずだ。


 決定的な違いがあるとすれば、それは星崎には強力な攻撃系スキルがあるということ。


「いくわよ」 


 星崎は戦闘開始を告げる合図を口にする。


 わざわざ知らせてくれるあたり、やっぱりやさしい。


 星崎が右手をあげると、発火するように手元に赤々とした炎が灯った。


【紅蓮の支配者】


 火属性の攻撃スキル。それが星崎マナカの持つ力だ。


 星崎のことを調べるために、いろんな冒険者たちに聞き込みを行った際に教えてもらった。まだ冒険者になったばかりなのに、星崎が凄まじい火力のスキルを持っていることを。


「【鳳凰の炎剣】よ」

 

 そして暴れ熊を焼き殺した炎の剣は、【紅蓮の支配者】の能力の一つ。


 星崎の手元から生じる炎が勢いを増すと、空気が弾けるような音が鳴り響き、長大な炎の剣へと形を変えていく。


 炎が剣を形成するが、それでも火勢はとどまることなく燃えあがり、拡大していった。


 ……なんか暴れ熊を斬ったときよりも迫力があるというか、炎の剣がデカくなってない?


「言い忘れていたけど、あなたを助けたときは手加減していたから。だけど今回は、そんなつもりはないわよ。覚悟しなさい」


 わずかな俺の動揺を見逃さずに、星崎は愉快げに笑いかけてくる。


 ……ここにきて難易度があがるとか、容赦ねぇな。


 ま、そっちのほうが盛りあがるけどな。


 それに弱点がないわけじゃない。


 暴れ熊を斬ったときに、もしかしてと思ったことがある。


 そこを突かせてもらう。




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