第13話




 前回よりも大振りな炎の剣を生み出すと、星崎はそれを両手で握りしめて正眼の構えを取った。


「一撃で終わらせるわ」


 星崎の姿が揺らぎ、大気が震える。


 一瞬で間合いを詰めてくると、星崎は握った炎の大剣を右から振り下ろしてくる。炎の津波が紅蓮の軌跡を描きながら迫ってきた。


「っ!」


 視界に映るのは、まるで爆炎の嵐だ。鎧を装着しているとはいえ、俺の防御力では凌ぎきれない。


 星崎の宣言どおり、一撃で敗北を与えてくる。


 だけどな!


「死んでたまるかっての!」


 死にゲーをプレイしまくって培った経験を総動員する。


 暴れ熊を斬ったとき、星崎が【鳳凰の炎剣】を使用する攻撃モーションは一度見ている。今回もあのときと同じように、右側から炎の大剣を振り下ろしてきた。  

 

 同じ攻撃モーションだったら、見切れない道理はない。


 反射的に腰を深く落とす。


 後ろに下がるな。下がればやられる。こういうときこそ、前へ行け!


 そして避けるのは右じゃなくて、左!


 地を蹴った。左斜め前に向かって突っ込む。


 頭上で地獄の釜をゆでるような轟音が響く。熱波が伝わってきて、毛髪が燃えちまうんじゃないかと錯覚した。


 吹き荒れる熱風のなかを突き抜けていくと、急激に気温が下がったかのように涼しい空気が肌を冷やす。


 回避に成功。振り下ろされた炎の斬撃をすり抜けて、星崎の側面にまわりこむ。


「なっ……!」


 こんなことはありえないと、星崎の表情が固まっていた。


 壁際で静観していた朝美も、両目を見開いている。 


 ここで止まりはしない。一気に詰めさせてもらう。


 両腕に力を込めて、ロングソードを星崎に向けて叩き込む。


「くっ……!」


 金属音が弾けて、剣と剣が噛み合う。


 咄嗟に星崎は蔵から剣を取り出し、身をひねると同時にこっちの斬撃を受け止める。


【鳳凰の炎剣】は、とっくに形を失って消えていた。


「やっぱりな。あの炎の剣は、連続で振れないみたいだな」


 そのことを指摘すると、重ねた刃の向こう側にいる星崎は唖然としていた。すぐに目尻をつりあげて、睨みつけてくる。


「どうしてわかったの?」


「暴れ熊を倒したとき、連続で斬りつけていなかったからそう思ったんだよ。あの炎の剣は、一振りで消えてしまうってな。クールタイムがあるスキルなんだろ?」


 俺は『ラスメモ』を最初のほうしかプレイしていないが、それでもキャラのなかにはスキルの使用にクールタイムが必要なヤツがいることは知っている。


 だから、もしかしたら星崎の炎の剣もそうなんじゃないかと推察した。


 図星を突かれた星崎は、少しだけ唇を開いて面食らっている。


「一撃で終わらせる、だったか? よく言うぜ。寸止めしようとしているのが見え見えだっての」


 暴れ熊や他の魔物と違って、俺に向けられていたのは本物の殺意じゃなかった。死にゲーのボスだったら、もっと無慈悲に俺を殺しにきている。


 おおかた、寸止めすれば腰を抜かして敗北を認めるとでも踏んでいたんだろう。


 あいにくと、こっちはそんなヤワな育ち方はしてないんでな。


 両手で握る柄に力をそそいで、ロングソードを押し込めていく。ステータスでは圧倒的に上回っているはずの星崎の体が、わずかに仰け反る。


「確かにおまえは、俺よりも冒険者としての実力も才能も、遥かに格上なんだろう。だがな、ザコだと思って舐めてかかれば、こんなふうに格下にだって足元をすくわれるんだよ」


 星崎は眉間を寄せながら、喉からうなり声をこぼす。さっきまで余裕をかましていた表情は悔しさに崩れていた。


「まぐれでたった一撃よけただけで、調子に乗らないことね!」


 星崎が腕に力を込めてくる。それだけで噛み合った剣から圧力がほとばしる。


 軽々と押し返されると、弾かれたように体ごと吹き飛ばされた。


 地面をすべって後退させられるが、体幹を意識しつつバランスを取って、どうにか転倒をまぬがれる。


 なんつうパワーだよ。腕が痛いくらいに痺れている。まともにやりあえば、冗談抜きでこっちに勝算はないな。


『好感度があがりました。レベルが20あがりました』


 唐突な好感度アップの知らせに、うっかり握っていたロングソードを取り落としそうになった。


 好感度があがったって……うそだろ? いまのでか? どちらかと言えば、ムカつかれているように感じたんだが? どうなっているんだ?


 しかも一度にレベルが20もあがった。


 もしかしてレベルアップは一律じゃなくて、好感度のあがり具合によって変化があるのか?


 だとすれば【好感度レベルアップ】を活用することで、予定よりも早く目標レベルに到達できるかもしれない。


 使い方によっては、とてつもないスキルになりえる。


 頭のなかで思考をめぐらせていたが、とりあえず構えていたロングソードを下ろした。そして星崎のほうに目を向ける。


「俺をパーティに加えるかどうかの試験は、ここまででいいだろ? これ以上続ければ、どちらかが命を落としかねない」


 俺じゃ星崎には勝てないだろうが、ただで負けてやるつもりはない。戦いになれば、どこまでも食らいついてやるつもりだ。


「結果を教えてもらおうか? こっちは約束どおり、実力を示したんだ。もちろん合格だよな?」


 星崎はかすかに眉をビクリとさせると、握りしめた剣を小刻みに震わせながら、顔をうつむける。


 さっきの【鳳凰の炎剣】を避けたときの動きは、自分でもなかなかのものだったと思っている。普通ならビビって足がすくんでしまい、避けられないはずだからな。他の冒険者には真似できない芸当だ。


 スキルによる自慢の一撃を避けられたからには、星崎だって俺を認めざるえない。


 それにどういうわけか、さっき星崎の好感度はあがっていた。手応えは十分にある。


 よしっ、これから【好感度レベルアップ】を使って、がんがんレベルをあげまくってやるぜ。そんで死の運命を変えてやる。


「…………よ」


 星崎はぷるぷると体を震わせながら、かすれた声をもらしてきた。


「すまん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれるか?」


 きっと恥ずかしくって、声が上擦っちゃったんだね。


 ふふっ、マナカさまってば素直じゃないんだから。


 ちゃんと俺のことを安心させてよね。


 ニコニコと笑いかけながら追及すると、星崎はうつむけていた顔を勢いよくあげてくる。


 そして、試験結果を告げてきた。


「不合格よっ! あんたなんかとパーティを組むだなんて、絶対にお断りだから!」


 マナカさまは顔を真っ赤にしながら、子供みたいにちょっぴり涙目になって、俺のことを全力で拒絶してくる。


「…………」


 えぇ~。




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