第18話
『荒れ果てし辺境の遺跡』の第四階層を進んでいくと、魔物が同時に四体も出現して襲いかかってきた。
異様に痩せている狼の魔物と、その背中にまたがっている短剣を握った獣人。それらが二体ずつだ。
【ハウンドウルフ】
レベル:90
常に飢えに苦しんでいる凶暴な狼型の魔物。耐久性は低いが、敏捷性が高い。
【獣人剣士】
レベル:100
獣人の剣士。ハウンドウルフを乗りこなし、短剣を装備して戦う。
痩せている狼のほうは、俺よりもちょっとだけレベルが低いが、獣人剣士のほうは格上だ。さっきまで戦っていた獣人よりも強い。
「朝美」
「了解しました」
星崎から名前を呼ばれると、朝美はそれだけで意図を察して、杖を構える。二人が信頼関係で結ばれているのがよくわかるやりとりだ。
朝美は後衛から攻撃魔術と回復魔術を使って、星崎のことをフォローする。ゲームでいうところの賢者タイプの役目を果たしている。
獣人戦士を背中に乗せている二体のハウンドウルフは、頬まで裂けた口から唾液を滴らせると、攻撃的な声を発して駆け出した。
「【
朝美が魔術を発動。構えた杖から、青い光の矢が放たれる。それも二発続けてだ。
二本の青い光は、迫り来る二体のハウンドウルフの進行方向へと飛来していく。
こちらから見て左側のハウンドウルフは手前の地面に青い光が着弾して砂埃が舞うと、急ブレーキをかけた。
右側のハウンドウルフは、目の前で青い光が弾けても止まらない。速度を落としつつも、着弾地点からまわりこむようにして軌道を修正し、迫ってくる。
朝美の放った【魔光の矢】はどちらも外れた。だけど片方のハウンドウルフを牽制することには成功した。
そして数秒前には既に星崎は剣を握りしめ、こっちに迫ってくるハウンドウルフに向かって駆け出している。
「【炎をまとえ】」
亜麻色の髪を疾風になびかせながら、星崎は握った剣の刃に左手をそえて唱える。鋼鉄の剣に熱く燃える炎が灯り、刃の根元から先端にかけて赤熱を帯びていく。
炎によるエンチャントだ。
【紅蓮の支配者】によるものではなく、朝美と同じ魔術による力だ。俺の友達もゲームで同じように魔術を使って、炎エンチャを使っていた。
星崎は迫り来るハウンドウルフよりも素早い速度で直進。ハウンドウルフが驚愕して、表情を歪める。次の瞬間には、星崎は間合いに達している。炎をまとった斬撃を叩き込む。
ハウンドウルフは避けようとすることもできず、正面から焼き斬られた。
しかし、斬ったのはハウンドウルフだけだ。背中に乗っていた獣人剣士はハウンドウルフが斬られる寸前に跳躍して、炎の斬撃を逃れている。
地面に降り立った獣人剣士は間髪を入れずに、星崎に短剣を向けて飛びかかる。
刃音が鳴った。星崎は炎をまとった剣で、獣人剣士の刺突を受け止めていた。
刺突を防がれた獣人剣士は甲高い声をあげる。続けて何度も短剣を振るい、星崎に斬りかかる。星崎は短剣の動きを的確に読み、炎を帯びた剣でさばいていく。
星崎が目の前の獣人剣士と攻防を繰り返していると、もう一体のハウンドウルフとその背中に乗っている獣人剣士が動き出す。
まずい。このままでは星崎が危ない。
ここだ。ここで星崎にいいところを見せて、好感度を稼ごう。
獣人剣士は俺よりもレベルが高いが、そんなことでビビっているようじゃ好感度は稼げない!
緊張から額に汗がにじむが、つま先に力を込めて走り出す。星崎のそばまで行って、ハウンドウルフと獣人剣士の前に立ち塞がる。
心の準備なんてしている時間はない。すぐにハウンドウルフは肉薄してきた。牙を剥いて迫ってきて、その背中にまたがる獣人剣士も短剣を振るってくる。
想像していたよりも速くて驚く。だけど体は硬直しない。サイドステップを踏んでハウンドウルフの噛みつきを避けつつ、獣人剣士の短剣も回避。星崎のもとに向かうのを阻止して、ヘイトをこっちに向ける。
獣人剣士が憤慨したように喚くと、短剣を振り回して、小さな足でハウンドウルフの横腹を蹴ってきた。ハウンドウルフは喉の奥から低い声を震わせて突進してくる。
さっきと同じ攻撃モーション。敵の動きを見切り、横に跳んでかわしつつロングソードを打ち込む。だが、獣人剣士の短剣で防がれてしまう。レベルが高いだけあって、簡単にはいかない。
そこからもハウンドウルフと獣人剣士の攻勢はおさまらず、俺は回避に徹していった。
「光城さん。そんなに動きまわられたら、魔術の狙いが定まりません」
朝美からの苦情がくる。どうやら俺が邪魔で、魔術を撃てないみたいだ。
そう言われたって、こっちは敵の攻撃を避けるので精一杯だ。星崎ならもっと上手くやれるんだろうが、俺にはまだそんな立ち回りは無理だ。
ハウンドウルフの何度目かの噛みつきを避けると、背中に衝撃がくる。何かとぶつかってしまう。
「こ、光城くん!」
振り向くと、星崎が立っていた。
星崎は目を見開いて、困惑している。そしてかすかに頬を染めると、魔物に向けるよりも厳しい視線で睨んでくる。
「どこを見て戦っているの! 他の冒険者と戦うときは、もっと周りの動きにも気を配りなさい!」
……怒られちゃった。くぅ~ん。
俺を一喝すると、星崎は獣人剣士のもとに駆けていく。
星崎は渾身の力を込めて炎エンチャントした剣を打ち込む。繰り出される斬撃を獣人剣士は短剣で受け止めるが、その小柄な体ごと吹っ飛ばされた。
「朝美!」
星崎が名前を呼ぶ。
朝美は名前を呼ばれる前からタイミングを測っていたようで、数秒前には杖から【魔光の矢】を放っていた。
飛来する青い光が後退した獣人剣士に直撃。光が弾けて、獣人剣士がひるんだ。すかさず星崎は追撃する。一息で距離を詰めると、炎をまとった剣を叩き込む。
獣人剣士は回避も防御も間に合わない。今度こそ、星崎の斬撃を受けて灰に変えられた。
そこから星崎は身をひねり、俺が相手をしているハウンドウルフと獣人剣士のほうに向かって疾走。続けて仕留めるつもりだ。
ハウンドウルフと獣人剣士は迎え撃とうとするが、青い光が弾ける。側面から飛んできた【魔光の矢】を受けて、ハウンドウルフは横転し、背中に乗っていた獣人剣士も地面に転倒する。
またしても星崎の行動を予測していた朝美が放った魔術が命中した。
星崎は更に加速――ハウンドウルフと獣人剣士が体勢を立て直すのに先んじて肉薄する。二体の魔物に向けて迅速に剣を振るい、刃にまとった炎が空気を焼き裂くような音を立てて、二体の魔物をまとめて灰に変えてしまう。
「これで終わりね」
首をめぐらせて周りを見まわすと、星崎の握る剣に灯った炎が消えていく。もう魔物の気配はないようだ。
結局、いいところはぜんぶ星崎に持っていかれてしまった。俺あんまり活躍できなかったな。
嘆息しつつ顔をあげてみると、蔵のなかに剣を仕舞っている星崎と目が合う。
「……っ」
星崎は唇を引き結ぶと、なんだか恨めしそうな目でこっちを見ていた。かと思えば、プイッと顔をそらしてくる。
さっきぶつかっちゃったこと、よっぽど気に障ったみたい。
いいところを見せて好感度をあげるはずだったのに、かえって悪い印象を与えちゃったかも。
せっかく一緒に行動しているのに、このまま好感度をあげられずにレベルアップもできない、なんてことだってありえる。
そんな一抹の不安が胸をよぎった。
このままではよくないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます