第31話




「驚いたわね。こんな狭苦しいところで人間って生活できるものなの?」


 土曜日の昼下がり、俺が暮らすアパートを訪れた星崎は扉を開けて玄関に入るなり、不機嫌そうな面持ちで辛辣な感想をかましてくれた。


 うぅ、ひどいよぉ。星崎がウチに来るからって、昨夜はお部屋を片づけて、ドキドキして待ってたんだからね。


 お金持ちの感覚からすれば、光城涼介の暮らす安アパートは人間の生活するところじゃないみたい。


 そのマナカさまが、どうしてウチを訪れたのかというと。


『星崎も実際にゲームをプレイしたら、ダンジョンやステータス能力をもっと理解して、いろいろと冒険者としての活動に役立てられるんじゃないか? だから俺と一緒にゲームをプレイしようぜ』


 と、俺のほうから携帯端末でメッセージを送ったからだ。


 星崎はゲーム機の類に触れたことがほとんどない。RPGゲームなんかの知識は、朝美から聞かせてもらったものばかりだそうだ。それについては、昨日アサミンから話を聞かされていた。


 俺がメッセージを送ると、予想していたとおり星崎は断ってきた。『イヤよ』って。マッハだった。予想してても傷ついちゃったぞ。


 そこで俺の協力者となった朝美の出番だ。 

 

『おもしろそうなので、わたしは光城さんと遊んでみたいですね』


 朝美は俺たちのトークに加わってきて、乗り気であることをメッセージで示した。


『朝美、正気なの? この男はキレたら何をしでかすかわからないわよ?』


 そしたら案の定、星崎はうろたえたよ。まさか朝美が誘いに乗るとは思っていなかったんだね。文面からでも動揺が伝わってくる。


 ていうか俺のことを誤解しているよね。キレたら何をしでかすかわからないって、まるっきり危険人物だよそれ。涼介そんなことしないもん。


 それから星崎と朝美は何度かメッセージでやりとりして、ようやく星崎が折れてくれた。


『仕方ないわね。朝美を一人にはしておけないもの』

 

 不本意だけど、朝美に同行する。そういった体裁で星崎もやっと了承してくれた。


 というわけで、今日はウチのアパートで仲間たちとゲームをするんだ。


 こんないい年した男の部屋に女子高生二人を招くのはどうかと思ったが、俺がどちらかの家に行くのは星崎も朝美も頑なに嫌がったから、しょうがないよね。


 もちろん俺にやましい気持ちなんてない。ただ好感度をあげたいだけだ。これってやましい気持ちじゃないよね、たぶん?


 一応、星崎も朝美もパーティメンバーの家に遊びに行くことはご家族に伝えているみたい。そのパーティメンバーが男だという詳細までは、明かしていないようだけど。


『わたしと光城さんが仲良くなったら、自分だけ除け者にされているみたいで寂しいから、マナカさまも来ることにしたんですよ』


 星崎が了承したあと、こっそりと朝美からそんなメッセージが届けられた。


 いつもはツンケンしているくせに、かわいいところがあるじゃないの。


 残りは六日。今日で星崎の好感度をいっぱいあげて、目標レベルまでいってやる。


 そう気炎を燃やしていたんだけど、星崎は玄関の扉を開けるなり、さっきの辛辣な感想をかましてくれた。出だしから不安だらけだよ。


「狭いだろうけど、三人で遊ぶには問題ないはずだから我慢してくれ」


 とりあえず、星崎たちを部屋に招き入れる。星崎の発言をいちいち気にしていたら、切りがないからね。


 俺が笑顔を向けると、星崎は物言いたげな目つきでジーッと見てくる。


「どうしたんだ?」


「……なんでもないわよ」


 星崎は無感情な顔つきになって、亜麻色の長い髪を右手でなであげると、玄関周りをやたらと見まわしてくる。框に沿うようにきれいに靴をそろえて脱ぐと、狭い室内にあがりこんできた。


「マナカさまは、わたし以外の人と遊ぶのは初めてですからね。あぁ見えて、緊張しているんですよ」


 玄関をあがってきた朝美が、ひそひそと耳打ちをしてくる。


 なるほど。不機嫌そうにしていたのは、緊張を隠すためなのね。ホント素直じゃないんだから。


「そういえば、昨日は朝美が学校から帰るのがいつもより早かったけど、今日のことを二人で企んでいたのね。光城くんからメッセージが届いたときも、朝美は妙に肩入れしていたし」


 星崎は薄目になって俺たちのほうを見ながら、指摘してくる。


 バレちゃってたか。


 言われてみれば、昨日のメッセージのやりとりで朝美が俺の誘いに乗るのは不自然ではあった。


 その朝美は「しまった」という顔をしている。


 俺も「えへへ」と笑いながら誤魔化す。


「光城くんのその笑顔、ぜんぜんかわいくないわよ」


 ちょっ、ひどいよ! 別にかわいいって思われたいわけじゃないけど、そんな面と向かって言わなくてもいいでしょぉ!


「ま、かまわないけどね。わたしも実際にゲームをプレイしてみたら、冒険者としての視野がひろがるかもって、思ったわけだし」


 星崎は肩口から垂れる髪の毛先を指先でつまんでいじると、今日ウチに来たのは自分の意思だと主張してくる。


 本気で反対しているのなら、ダンジョン以外で俺との時間を過ごそうとはしないってことだ。


 最初に出会ったときに比べて、星崎との距離を着実に縮められている。




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