卒業
第57話
*
そして翌日。晴れて進路も決まり、鳴海は清々しい気分で卒業式を迎えた。桜のつぼみはまだ硬いが、鳴海の心はもう新しい生活へと半分飛び立っていた。勿論残りの半分は、由佳との別れを惜しむものだ。
卒業式もつつがなく終え、教室で担任から最後の挨拶を聞いたあと、由佳と一緒に校門を目指した。あそこを超えてしまうと、もう今までのように毎日会うことはなくなる。寂しかった。
「メッセ送るね」
「時々手紙も書くわ」
「一人暮らしの部屋、遊びに行っても良い?」
「いいわよ、大歓迎!」
くすくすと笑いながらゆっくりと校門に近づく。校門の脇に植えられた大きな桜の木の下に、梶原が佇んでいた。その視線がこちらを見る。その表情が真剣で、……ただ卒業式だったから、という真面目な顔ではなかった。
(お……っ、いよいよ覚悟を決めたのかな……。そうだよね、私と違って、梶原はもう、由佳と繋がりがなくなっちゃうんだもんね……)
それならもっと早くに行動に移せばよかったのに。そう思ったけど、じれじれと焦らされながら、別れの機会にならないと行動を起こせない優柔不断なキャラも、二次創作でかなり読んできた。
ホクホクとしながら、鳴海が由佳と歩いていると、桜の下に立っていた梶原がこっちへ向かって歩いて来た。
(キタワアーーーーーーー-!!!)
いよいよここで梶原の一世一代の告白か!! そう思って半歩、由佳の後ろに控えた。そのとき。
「い……、い、市原!」
……、…………。
ぽかんと立ち尽くした鳴海に真っすぐの視線を向けているのは、間違いなく梶原だ。その光景を、頭の中で理解できない。
WHAT? なんつった? 今?
由佳は、半歩後ろに居た鳴海を振り向いてきらきらとした笑顔を浮かべている。
鳴海は慌てて梶原に声をかけた。
「梶原? 落ち着いて? あんたがこの場で声を上げるなら『生田』であって、『市原』じゃないでしょ?」
最初の発音が『い』で、同じであったために、緊張のあまり混乱したのかと思った。しかし梶原は視線をそらさず鳴海を見る。
「おっ、俺は……っ、憧れの子よりも、ありのままの俺を受け入れてくれた市原に、改めて交際を申し込みたい!」
ざわざわざわっ。
名残惜しそうに校門付近で記念撮影をしていた卒業生、見送りに並んでいた在校生。その全ての目が鳴海と梶原に注がれた。
ええええ!? あんた、今まで言ってたことと、全然違うじゃん!!
そう戸惑いつつも、何故かじわじわと嬉しさが込み上げてくる。
「梶原、マジで言ってる? 私は『市原』で、由佳が『生田』だよ? それに、交際って、契約じゃなくて?」
「おう! 本気と書いてマジだ!!」
「マジなの!? どうしちゃったのあんた、ホントに!! 男子が支えたくなる女子が好きって言ってたのに!! 私なんて、全然支えたくなるキャラじゃないじゃん!!」
鳴海が混乱しながら言うと、梶原はそうでもない、と真剣な顔で鳴海を見る。
「昨日、俺のこと思って身を引こうとしてた、頭が良すぎて気が回りすぎる市原は、何としても誤解を解いて、余計なことを考えるその頭から守ってやりてーって思った」
はあ? そんなの、気にするに決まってんじゃん!! だって仮にも、……す、好きになった相手を、困らせたくないっていうのは、恋する乙女だったら誰でも思う事じゃないか。
「お前はも少し、栗里や清水を見習えばよかったんだよ」
梶原の言葉で、栗里か清水が、三人が会したあのデートで鳴海が言ったことを、梶原に知らせていたことが分かった。
参ったなー。全部つつぬけなの……。
「お前みたいな才女には、俺みたいな野生児で丁度バランスが取れるんだよ。黙って彼女になりやがれ」
「自分を推すのにそんな言い方しかできないの……」
こんな口説き方、ウイリアムだったら絶対にしない。でも鳴海の心はメープルシロップたっぷりのホットケーキを食べたみたいな幸福感に包まれていた。
「わりぃかよ。俺の頭ではこれが精いっぱいのグッドチョイスだ。さあ、市原の最推し、交代の瞬間だぜ」
「呆れた。図書室で勉強した時間は無駄だったのね……。それに最推しはこれまでもこれからもウイリアムとテリースだけだから。其処はどんだけ頑張っても譲れないから。っていうか、梶原ごときの顔でウイリアムとテリースに取って代わろうなんて千年早いわ。私の推しを軽く扱わないでくれる?」
ちっちっちっ、と舌を鳴らすと、梶原はむっとした顔をして、鳴海に選択を迫った。
「強情張んなって。んで、どうすんの? ホントのところ、彼女になる? ならない?」
「……でも梶原、東京行くんでしょ?」
鳴海は地元に残る。梶原との距離は、結構遠い。鳴海がそう言うと、やっと梶原が不安そうに瞳を揺らした。
「……遠距離は、無理か……?」
遠距離になったら、今までみたいに顔は見れなくなる。当然、寂しい。……と思う。しかし、鳴海は腐女子だ。二次創作を大量に接種している為、妄想は得意だ。
「大丈夫! 梶原の一人暮らし、毎日妄想するから! エブリデイエブリタイム妄想で補完するから!」
どん! と胸を叩くと、梶原は不安そうな顔を一転させて、この春の青空みたいに晴れやかに笑った。
「お前、本当に残念な、真性腐女子美人だな!」
「お互い様よ!」
破願した鳴海が言うと、いつの間に来ていたのか、栗里が梶原の隣に立ち梶原にピンクの花冠を渡した。
「文化祭ではこいつに盗られちまったからな。やり直しだ」
梶原は、にかっと笑って言うと、その可憐なピンクの花冠を鳴海にそっと被せた。
ピンクは由佳のイメージだって言ってたのに……。
急に頬が熱くなる。私、梶原にかわいいって思われてんのかな……。そうだったらどうしよう。やだ、なんか嬉しい……。
「心残りだったんだよ、これ。やり直せてよかった! 夏休みにお前が東京に来たら、二人でピーロランド行こうな!」
そう言って梶原が笑った時、校門付近に集まっていた卒業生たち、それから見送りの為にその場にいた在校生たちが、一斉に叫んだ。
「Congratulation!!!」
わあん、と生徒たちの声がその場に響き、それと同時に何か丸いものが空高く投げ上げられた。……まるで防衛大学の卒業式みたいな、そんな光景で、高く高く投げ上げられたそれらは、鳴海たちの周りにぽとんぽとんと降って来た。それは沢山のウイリアムとテリースのうつ伏せぬいたち、そしてクロピーのぬいぐるみだった。
嬉しい……。鳴海が腐女子でも、梶原がゆめかわオタクでも、みんなは受け入れてくれた。隠すことはなかったのだ。
「市原さん! もっと一緒にウイリアムとテリースについて語りたかったよう!!」
叫んで話し掛けに来てくれたのは、香織。
「ごっ、ごめん!! 私ももっと早くから一歩踏み出してればよかったって思ってる! メッセ交換して!!」
「勿論よう!!」
さっとスマホを取り出して、ID交換をして、香織がぎゅっと鳴海に抱き付いてきた。ああ、こんな幸せな卒業式は想像していなかった。嬉しくて、同志と笑い合う。その様子を見ていた梶原が鳴海に右手を差し出してきた。香織が、お邪魔したね! と言って去って行くと、鳴海も梶原を向き直った。そして固く握手をする。その様子を少し離れたところに居た栗里が穏やかに微笑んで見つめ、その表情を見た清水が、ぐっと堪えた表情をしたのち、やや俯き、少し口もとに諦めの微笑みを浮かべた。
「
「そうだ。俺ら、ずっとみんなを騙してたろ。だから、最後にみんなに知ってもらえたら良いかなって思ったんだ」
得意げに笑う梶原に、突っ込むことを忘れない。
「実は卒業しちゃうから出来たんでしょ」
「まあ、そういう面もあるな。でも、隠さなくてもこんなに晴れやかな気持ちで、お前という心と心を分かり合える真の恋人は出来たし!」
恋人、と言われて、ちょっと照れる。鳴海にとって、梶原とは、オタ活仲間の時間が長かったから。
「毎日、妄想日記送るわ。添削して」
「ホンットーに、お前って、残念美人!! でも、お前となら遠距離でも大丈夫って自信持てるわ!」
二人の笑い声が青空に吸い込まれて、周りからも一斉に爆笑が起きた。その賑やかな光景の中、梶原がふと、鳴海の指に、指を絡めて握った。……ちょっと、恥ずかしいじゃないか。でも、どっか胸の奥がぽかぽかして、頬に熱が集まるのを止められない。今までとは違った接触に照れくさくてもぞもぞとした鳴海の手を、梶原がしっかりと握りしめた。……ああ、梶原、ホントに私のこと……。そう思ったら、胸の中にじんわりとした甘いメープルシロップが満たされてきて、甘い匂いに溺れて酔ってしまいそうだった。
「改めて、卒業生の先輩方、おめでとうございます!!」
校門前に集まっていた卒業生たちが在校生たちの声に応じて、わあーっと腕を振り上げ、賑やかに校門を出ていく。
卒業だ。卒業だ。学び舎からの卒業、そして。
契約カップルから卒業して、本当の恋人になる――――。
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