第34話
*
おしゃれしてきてね。
そう言って栗里は、鳴海と梶原が偽カップルであることを黙っている代わりに、鳴海とデートすることを要求した。鳴海は金銭に絡まなかっただけ良かった、と胸をなでおろした。以前梶原が『リッツカートルトンをおごらされるぞ』と脅したのに対して『そのくらい』と応えた栗里だ。生活レベルが鳴海や梶原と違うことなんて想像に難くない。金銭目的だったら一体いくら巻き上げられていたのかと、その方が恐ろしい。デートに付き合う事なんて、梶原に連れまわされていることもあって、男子と歩く事にも耐性が出来た。だから問題はなかった。
最初に梶原にピーロランドに連れていかれた時に、洋服に散々ケチをつけられたから、あれから鳴海も私服をそこそこ揃えた。だからその、手持ちの服の中でまあまあおしゃれになる筈のコーディネートで待ち合わせ場所へ向かった。
改札を出ると、駅舎の柱に背を凭せ掛けていた栗里が鳴海を見付けて歩み寄ってくれた。
「やあ、かわいいね。制服姿の市原さんも良いけど、私服も可愛い」
おお、流石リア充男子。開口一番に女子をさらっと褒めるなんて、梶原と違ってウイリアムがテリースに朝一番に会った時みたいだ。
「栗里くんもかっこいいよ。クラスの女の子たちが見たら、私恨まれちゃうね」
「あはは、そうだと良いけどね。さて、何処に行こうか? 市原さん、行きたいところはない?」
えっ? ノープランなの? 梶原は何時もデートコースを決めてきたけど……。
そんなことを思っていると、栗里はさらに続けた。
「前にも言ったと思うけど、市原さんはテーマパークではしゃぐよりも、ゆったりしたデートの方が合ってるんじゃないかと思ってるから、べたに映画とかどう? それでなければ、まずは適当に歩いて気になった店に入ってみるとか」
成程、リア充男子はこうやって女子に寄り添ってプランを立ててくれるのか。流石デキる男子、栗里。梶原とは違うな!
「市原さんは、普段どんな本を読むの? テレビとか漫画とかでも、ジャンルってあるでしょ? 洋服はシンプルな方が好き? 今日着てるのなんて、割とさっぱり目だよね?」
ほう、こういう誘導尋問で、相手の趣味を聞き出すのか。巧みな話術だな、栗里! さりげなく相手の趣味を聞き出そうとし、意向に沿ったおもてなしをする!! これが日本の「お・も・て・な・し」か!!
などと考えながら、栗里に応じる。
「そうだなあ、好きなのは(男同士の)恋愛ストーリーかな。やっぱり(腐)女子は(男同士の)恋愛ストーリーが好きだよ。キュンキュンするもん」
鳴海の脳内で、二次創作のウイリアムとテリースが見つめ合っているシーンが展開される。ああ、あの神絵師さんの描いた夜のシーンは良かった。普段冷静なウイリアムがテリースに愛を告白するときの燃え滾るような熱いまなざし……!! あの描写に鳴海は萌え滾ったのだ。
「そっか。じゃあ、映画でも観に行こう」
栗里がそう言って、駅ビルの上階にある映画館に連れて行ってくれた。チケットを買ってくる、と言った栗里を待っている間、鳴海は悩んだ。
梶原は最初のデートとだましていた罰のデザートブッフェこそおごってくれたが、その後は割り勘だった。それどころか、この前の限定ショップでは鳴海がお金を貸している。果たして栗里がチケットを買って戻ってきた時には、お金を払うべきなのだろうか、どっちだ?
などと考えていたら、栗里が戻ってきて、鳴海にチケットの片方を渡しながら「これはおごりね」と、鳴海の悩みを消し去った。
「財布は仕舞って? デートに誘ったのは僕なんだから、おごらせてよ。っていうか、梶原はおごらなかったの?」
「最初はおごってくれてたけど、そのうち割り勘になったから。私も、ずっとおごられっぱなしは悪いなあって思ってたから、丁度良かったよ。身の丈に合った出費なら、払うべきだと思ってるし」
鳴海が言うと、栗里はにこりと微笑んだ。
「そういう考え、すごく良いね。女の子の中には絶対おごられたい、っていう子も居るから、市原さんの考え方は好感度高いよ」
いや、栗里に好感貰っても別に嬉しくないけど。
とは思ったけど、ぐっと口を噤んだ。
「そういう女の子が好きな男子もいるでしょ、きっと」
「そうだね。でも僕はそうではないかな」
話しながらスクリーン室に入る。入り口で栗里が棚からブランケットを取り出していて、座席に座るとそれを鳴海の膝に掛けてくれた。ブランケットを押さえるようにと鳴海の手を取って膝に置くようにさせられて、不意の体温の接触にどきりとする。
「ワンピースの裾が膝から浮くからね。本命の男には見せても良いと思うけど、一応エチケットとして掛けておいて? 勿論、僕に見せたいなら、取っても良いけど」
いちいちやることが紳士だな!! でもこういう気遣いはきっとウイリアムでもするんだろうな。彼も紳士中の紳士だから。どきどきが続く暇もなく、そんな風に栗里の整った横顔をウイリアムに重ねて見ていたら、栗里が鳴海の視線に気づいて、鳴海を見た。
「何かついてる?」
「……目と鼻と口が付いてる……」
まさか推しと重ねて見ていたとは言えずにそう言うと、栗里は軽く笑った。
「あはは。そういうのはね、見とれてた、っていうのの言い訳だから、気のない相手に言っちゃ駄目だよ? 僕に気があるなら、別に言ってても良いけど」
栗里が微笑みながらそう言うのを、鳴海はぽかんと聞いていた。
……そうなのか。ありがたい忠告だ、気を付けよう。まあ、今後そんな場面に出くわすことはないと思うけど。
ブザーが鳴って、映画が始まる。スクリーン上で繰り広げられる恋愛ストーリーの脇役でBL妄想出来るなら楽しいのに……。ああ、梶原とだったらそんな軽口も叩けるんだなあと思うと、擬態したままの状態で男子とデートすることの重みを、改めて感じてしまった。
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